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死神と魔法使い1

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深夜、灯りを落とした室内を、ヴィクトルは滑るように歩く。音もなくキッチンに向かうと、隙間から体をねじ込んできたネズミを取り押さえた。もがくネズミの顔を手の平で覆うと、途端に大人しくなる。それは、死神が生者に与える安寧。

「へえ、これが使い魔って奴か。しかし、ネズミ……ネズミねえ。割合目立つんじゃないか? 街中にネズミは」

珍しいわけではないが、姿を見られれば騒ぎになり、しつこく探される。無関係なネズミが不運にも捕まるまで。
手の中ですやすやと寝入るネズミの尻尾をいじりながら、ヴィクトルは小さく息を吐いた。

「ルイスの言った通りだな。魔道士ってのは碌でもない」

寝る前、おやすみの挨拶と共にルイスが口にしたのは、「他の魔道士が研究を盗みにくるかもしれませんので、殺しちゃっていいですよ」という言葉。
魔道士絡みの事件に、警察は介入しない。魔道という特殊な知識が必要なのと、魔道士そのものが世間からは忌避される存在だからだ。神の理を解き明かす大罪人。関われば、神の咎が及ぶと信じる者は多い。身内で対処せざるを得ないせいで、対応が過激化していくのは至極当然とも言えた。

「まあ、魔道士が罪人なのは間違いない。地獄に落ちるか、死神になるかだ」

ネズミの背を撫でながら、ヴィクトルはそっと玄関へ向かう。死神に休息も睡眠も必要ない。ネズミを適当に解放したら、勤めを果たしに行かなければ。地上に留まってしまった善良な魂を、神の御許へと送り届けるために。
戸締まりをしっかり確認し、ネズミを落とさないよう、手の平で包む。この後、侵入する不埒者は、もしかしたらルイスの手にかかるかもしれないが、そこまでは知ったことではない。
街灯に照らされながら、ヴィクトルは夜の街へと滑り出した。



「おはようございます、ヴィクトル。いい朝ですね」

リビングに響く朗らかなルイスの声に、ヴィクトルは顔を顰めた。

「朝からうっせえな、お前は」
「夜に騒ぐと迷惑ですからね。ああ、昨夜はありがとうございました。生かしたまま帰すなんて、優しいんですね」
「…………」
「大丈夫ですよ、使い魔には手出ししませんから。むしろ、解放されて喜んでいるかも」
「…………」
「あ、誤解のないよう言っておきますけど、僕は通報しただけですから。ちゃんと専門の方に任せる決まりですし」
「……そうか」

ヴィクトルは盛大に溜め息をつきながら、届いたばかりの封筒をテーブルに乗せた。

「お前宛だ」
「わあ、指令書。これ、嫌なんですよねえ」

ルイスは顔を顰めると、テーブルにグラスと牛乳の入ったピッチャーを置く。

「朝はシリアルとトースト、どちらがいいですか?」
「俺はいらん」
「じゃあ、トーストと目玉焼きにしましょう。ベーコンかハムは?」
「いらねえって」
「ベーコンですか! 奇遇ですね、僕も焼いたベーコンが好きですよ」

信じられないものを見るような目つきのヴィクトルに構わず、ルイスは手早く皿を並べた。目の前に滑らされた手紙に目をやり、はあっと息を吐いて手に取る。封蝋を弾くと、キラキラした光が舞い散って封が開き、一枚の紙が宙に広がった。ルイスはさっと目を通し、手元に飛んできたペンで渋々サインをする。終わると手紙は勝手に封筒の中へ戻り、溶けるように消えていった。
ルイスは首を振って、ヴィクトルに視線を向ける。

「はあ……ヴィクトル、旅は好きですか?」
「いきなりなんだ」
「午後から出掛けなければなりません。ちょっとした小旅行ですね。数日戻らないので、一緒に来てくれると嬉しいです」
「なんで俺が」
「留守の間は罠を仕掛けておくので、あなたが引っかかると大変なことに」
「……魔道士ってのは、本当に碌なのがいねえな」


列車の一等客室である個室にスーツケースを置いて、ルイスはヴィクトルと向かい合わせに座る。

「指令書は、魔道士と一般人の間で事件が起きたときに、調査員を指名するものなんです。指名されたら現地で事情を調べ、真偽を正さないといけないんですけど、正直、興味ないんですよね。罪人の事情なんて」

ルイスはやれやれと首を振った。

「僕は下っ端なので、よく押し付けられるんです。面倒くさいんで、もう有罪でいいと思うんですよね。身の潔白は、本人が証明すればいいんです」
「お前な」

呆れた様子のヴィクトルに構わず、ルイスはとうとうと文句を述べる。

「大体、罪を犯すならきちんと揉み消すのが魔道士の嗜みですよ。露見したら周囲が面倒じゃないですか。その程度の配慮も出来ないなんて、全くなってない」
「……お前に調べられる相手が気の毒だな」
「魔道士であること以外の罪を犯すような輩に、同情は無用ですよ、ヴィクトル」


スーツケースと共に駅に降り立つと、牧歌的な風景が広がっていた。
降り注ぐ日差しの元、周辺に建物はなく、青い草原を突っ切るように、舗装されていない道が伸びている。
ルイスは青空をふり仰ぐと、両手を広げて深呼吸し、

「わあ、絵に描いたような田舎ですね。本当になにもない」
「お前、失礼だな」

ヴィクトルの言葉に構わず、ルイスはスーツの内ポケットに手を入れた。

「歩くのも面倒くさいんで、とっとと移動しましょう」

取り出したのは一枚の紙片。そこには複雑な計算式が書き込まれていた。
ヴィクトルが、興味を引かれたように覗き込む。

「なんだこれ。魔法式?」
「よくご存知で。僕、魔法陣苦手なんですよね。あれ、ミミズの這った跡に見えて、ゾワゾワします」
「気持ち悪いこと言うな」

嫌そうなヴィクトルに、ルイスは笑顔で紙片を振り、

「魔法式でも同じ効果が得られるので、大丈夫です。宿まで、これでひとっ飛びですよ」
「宿? いつ? 誰が?」
「指令書が来た時点で。僕が。よく押し付けられるんで、手順も慣れたものです。あ、僕の名刺、渡しておきますね」

スーツの内ポケットを再び探り、カードケースから名刺を取り出す。受け取ったヴィクトルは、そこに印刷された保険会社とルイスの名前を眺めて、「偽名にしないのか?」と聞いた。

「いいんですよ、本名で。会社もちゃんと存在してます。社員、僕しかいませんが」

つまり社長ですね、と胸を張るルイスに、ヴィクトルは諦めたように溜息をつく。

「保険会社の調査員に扮するわけか」
「扮するというか、そのものですから。魔道士専門の保険会社ですよ。僕ら、普通の保険には入れませんので」

カードケースを内ポケットにしまい、ルイスは朗らかに続けた。

「まあ、今回の調査対象は、僕の保険に加入してませんけど。細かいことはいいんですよ。さ、行きましょう」


一瞬で、見慣れない室内へと視界が切り替わる。
小さな木製のテーブルと椅子。衣裳戸棚に支度の整ったベッド。無地の壁に小さな窓。殺風景な、必要最低限の物だけが置かれた部屋。
ヴィクトルは周囲を見回しながら、

「こんな芸当ができるなら、直接来たらいいんじゃねえか?」
「嫌ですよ。この魔法式、距離で消耗度合いが変わるので。自宅からここまでなんて、二日は動けなくなります」
「ふうん。いきなり部屋に入っていいのか? 受付は?」
作品名:死神と魔法使い1 作家名:シャオ