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イン・シトゥ

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 マウスを手術台に仰向けで固定する。腹部の皮膚をピンセットで持ち上げ、それから皮膚切開用の鋏で切る。そうすると、やや赤身を帯びた筋肉層が露出される。今度は筋肉層切開用の鋏で切り込みを入れる。そうすると、赤黒い肝臓とやや褐色の小腸が露出される。小腸をピンセットで掻き出し、僕から見て、右側にある、背中側にある臓器を探し出す。そうすると、蛭のような形状の臓器を見つけることができる。これが脾臓だ。それから僕らの研究室で開発している移植用の基材を注射器に充填し、脾臓の表層を覆う薄い膜、つまり被膜のなかにそれを打ち込む。多少脾臓の表面がぷっくりと膨らむ。それから注射器をゆっくりと引き抜く。脾臓をピンセットで元に位置に戻し、小腸も傷つけないように腹腔内に戻す。
「移植はできた」と僕は言った。「後は、筋肉層と皮膚層を縫合するだけだ。こないだ、亜衣は縫合糸での縫合練習はしていたよね。やってみる? 覚醒までにはまだ時間がかかるから少し手間取っても大丈夫」
「わかった。挑戦してみる」と亜衣は言った。
 亜衣は縫合針に縫合糸を取り付け、ピンセットと鉗子を使いながら、筋肉層の閉腹作業を行った。まず右側の筋肉層に縫合針の先端を差し込み、それから左側に通す。それを引き抜くことで、糸が筋肉層を横断することができる。これを縛り上げることで、切開した層を閉じられる。これを繰り返し、筋肉層を閉じることに問題なく成功した。続いて、皮膚層も同じように作業し、亜衣は閉腹を完了させた。
「亜衣も上手じゃないか」と紘一が言った。
「ふう。緊張した。意外と上手くできた気がする」
「上手だったよ」と僕は言った。
 僕はマウスを手術台から外し、ケージのなかに戻した。それから麻酔による体温低下による死亡を防ぐため、白熱灯の下に置き、覚醒を待つことにした。

 しかし、その瞬間である。それは突然起こった。研究室内にけたたましい音が鳴り響いた。東日本大震災を思い起こさせる、あの特徴的なメロディだ。僕と亜衣と紘一のスマホが一斉に緊急地震速報のメロディを奏でたのだ。そして時間を空けずにすぐさまに今まで感じたことのない大きな揺れが研究室を襲った。あまりにも大きな揺れだったため、声を出すこともできなかった。視界が大きく揺さぶられ、皆立っていることが出来ず、床に倒れこんだ。マウスのケージも床に叩きつけられた。瞬間、木屑のチップと固形餌が舞い散り、まだ覚醒していないマウスも床へと投げ出された。実験台を掴みながら、揺れる視界の中で窓の外の風景を見た。そして、その瞬間、またしても驚愕する。
「あれは何だ!?」紘一も外の様子が見えたようで、そう声をあげた。
「え? 何?」亜衣もそう言って、外に目をやった。

 驚かずにはいられなかった。何故なら、そこには数十機にも及ぶおびただしいほどの、航空機のようなものが空を埋め尽くしていたからである。あくまで「航空機のようなもの」と表現するのは、僕がこれまで見たことのある飛行機や軍用機とも形態が明らかに異なっていたためである。それはまさしく異様な形をしていた。左右非対称でいびつな形状をしており、まるで巨大な岩石のようであった。そして、また次の瞬間、視界が大きく崩されることになる。再び、スマホがけたたましい音を立てて、先ほどよりも大きな揺れが僕らを襲ったのである。何か凄まじい衝撃が僕の頭を襲い、瞬間的に視界がブラックアウトした。これは大地震なのか、何処かの国からの襲撃なのか。いったい何が起きているのかまったく理解できないまま、僕は色も音もない世界へと落ちていった。
作品名:イン・シトゥ 作家名:篠谷未義