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イン・シトゥ

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第二章 醒めない夢ならば、それは現実と為りうるか



 僕は大声をあげながら目を覚ました。身体中から気色が悪い汗が溢れ出しており、喉は枯れた花のようにひどく乾いていた。ぼやけた視界が徐々に色づいていき、僕は周囲をようやく確認することができる。
「ここは、いったいどこだ?」気が付けば、そう呟いていた。その空虚な言葉は周囲に漂って、誰にも拾われることなく消えていった。
 まるで見覚えのない景色がそこにはあった。僕は錆びついた金属パイプで組み立てられた簡素なベッドに横になっていた。シーツはボロボロで、赤褐色の染みが至るところに付着していた。天井には小さな豆電球が取り付けられており、時折明滅しながら、頼りない光を部屋にもたらしていた。脚の欠けたベッドサイドテーブルには少し欠けた花瓶に萎れた花が活けられていた。壁はコンクリート打ちっぱなしで冷ややかな印象だった。窓はあったが、すりガラスで鉄格子で阻まれており、外の様子はうかがい知れなかった。
 突然、外から声が聞こえた。僕は身構えた。それはそうだ。目を覚まし、こんな訳のわからない場所にいるのだから。混乱もせず、身構えない方がどうかしている。
「目を覚まされましたか。ドアを開けてもよろしいでしょうか?」と女性の声が聞こえた。若そうな声だ。僕は返答することなく、沈黙することを選択した。
「もしもし、聞こえていらっしゃいますか」と女性が言った。「声が聞こえたものですから。ドアを開けてもよろしいでしょうか?」
 僕はまだ沈黙を選択する。いったい何なのだ。これは夢なのか。
「もう一度お伺いしますね。目を覚まされましたでしょうか? お声が聞こえた気がします。ドアを開けてもよろしいでしょうか、少佐」
 少佐? どういうことだ。
「……少佐はここ一ヶ月、目を覚まさなかったのです。その間の看病は私、霧島キリンが行っておりました。もし起きていらっしゃるなら、勝手に入室することは失礼にあたりますので許可をお願いいたします」
 僕は混乱することしかできない。しかし、何かしら声を発するしかなかった。
「……すみません。今日の日付は分かりますか?」と当たり障りのないことを聞いてみることにした。
「ああ、少佐! やはり目を覚まされたのですね。これで私たちの勝利に一歩近づけます。大佐にも報告しなくてはなりません。あ、申し訳ございません。日付ですね……。鴉の暦二十五年、八の月、八の日になります」
 鴉の暦? 意味が分からない。
「申し訳ないのですが……」と僕は言った。「僕の名前は何というか分かりますか?」
「ああ、なんと……!」キリンは落胆の声をあげた。「昏睡状態が続いておりましたから覚悟はしておりましたが、記憶への障害が出ているようですね。口調も以前と少し違っておいでです。でも、心配ございません。私がこれからも献身的に看病させていただきますので」そこで言葉を区切ってから、「少佐のお名前は、刈谷オルカでございます」
 刈谷オルカ? キリンといい、オルカといい、名前が動物か。全くもって意味がわからない。
「少佐、上官のお名前は覚えておりますか。大佐のお名前ですが、藤沢パンダでございます。大佐も少佐が目を覚ましたこと、きっとお喜びになるでしょう」
 ふいに外から誰かが走ってくる音が聞こえてきた。その足音の主は声をあげた。
「キリン! もしかして、オルカが目を覚ましたのか?」野太い男の声だった。
「あ、はい! 大佐! 目をお覚ましになりました。しかし……」
「どうしたんだ」とパンダは言った。
「それが……」とキリンは言い淀んだ。「大佐。少佐には記憶の障害が出ておいでです」
「そうか……」とパンダは言った。「いや、しかし目を覚ましただけでも有難いことだ。また行動を共にすれば、記憶が戻ることもあろう」
「そうですね。私もそう思っております」
「オルカ、部屋に入らせてもらうぞ」パンダはそう言って、部屋のドアを勢いよく開けた。
 四十代後半くらいの男だろうか。見た目も普通の人間だ。白髪が混じりかけた短めの黒髪で、意志の強そうな目つき、口髭をたくわえていた。その後ろにはキリンが立っていた。二十代前半か? 僕と同年代くらいのように見えた。少しふっくらとしていたが、それが柔和な印象を与えていた。黒髪のロングヘアをポニーテールで結んでいる。
「目覚めて、本当に良かった」パンダは僕の手を力強く包み込み、そう言った。「あの困難な任務に参加し、よく無事に戻ってきてくれた」
「……任務とは?」と僕は言った。
「……うむ、どうやら君の記憶障害は深刻のようだ。馬鹿にするつもりはないが、当たり前のことも一から話させて頂こうか。我々の街は今、戦争状態にある。街の外から奴らが突如攻撃してきたのだ。我々は街の外には決して出ず、何物にも干渉せずに平和に暮らしてきたが、外からの攻撃により、それに立ち向かわなければならなくなった。しかし、我々にとって街の外に出ることは禁忌だ。したがって、街内部で反撃することは可能だが、外に出て奴らを直接攻撃することはできない。ただ、防戦する一方では、戦いに終結はない。そこで、我が軍では街の民には知られぬように、極秘裏に少数精鋭を組織し、敵地に派遣することにした。禁忌ではあるがやむを得ない。そして、それを担当した一人が君だ。そして私はその作戦の指揮官だ。君たちの任務は敵地に向い、奴らの居所を突き止めること。そして、その位置情報を街に持ち帰ることだ。君たちは見事それに成功し、一ヶ月ほど前に街に帰還した。しかし、皆が激しい負傷をしており、まずは早急な手当が必要だった。しかし、その甲斐もなく皆次々と死んでしまったのだ。情報を聞きだすこともできず……。その唯一の生き残りが君だ。そして、ようやく目覚めてくれたのだ」
 この場所の状況について、おぼろげながらも理解する。それから僕は答える。「……しかし、僕にはその情報の記憶がないということですね。それでは、全く役に立てないかと思います」
「いや、生きてくれているだけで私は構わない。君をこれ以上、戦闘に参加させることはない。一番安全なこの街の中枢で暮らしていてもらう。私が全力で君を守ろう。君には、奴らの位置情報を思い出してくれることを望むが、それを重荷にしなくても構わん。上にも話はつける」
「きっと、思い出せるように、私が少佐の支援をこれからもさせていただきますので。何でも仰ってくださいね」とキリンが言った。
「君も今日、目覚めたばかりでひどく疲れたろう。今日は休んでくれたまえ。体力が完全に回復したら、街を案内しよう。忘れていることをふと思い出せるやもしれん」パンダはそう言って、部屋を出て行った。キリンは手に持った何かをベッドサイドテーブに置いた。それから「ご飯、置いておきます。それでは失礼いたします」と言って部屋を後にした。
 彼らがいなくなった部屋は深い静寂に満たされた。僕はベッドに寝転がり、見慣れない天井を見つめた。豆電球は変わらず、時折明滅を繰り返している。僕はいったい何に巻き込まれているのだろうか。僕は目を閉じ、耳を澄ませた。そうすると、さっきまでは気が付かなかったが、遠くから乾いた銃撃のような音が断続的に聞こえてくる。街の外の奴らとの戦いが今も行われているのだろうか。
作品名:イン・シトゥ 作家名:篠谷未義