イン・シトゥ
「それは本当に申し訳ないと思っています。重症の三人は私が責任を持って処置させていただきました。今は容態も安定しています。回復するまで、昼夜惜しまずに様子を診させていただきますので……」
「いいえ、結構です」芹澤は鷺沢の言葉を待たずに言い放った。「貴女に診てもらうと、残った三人の命も奪われかねない。仲間の三人はこれからは私が診ます」
「しかし、最初の処置をした私が一番状況を理解しています。私にも診させてください」
「駄目です。決して、近づかないでください。死に染まった貴女の手で触れて欲しくありません。もし近づくようであれば、私は彼らを全力で守るでしょう。医師の名誉にかけて」芹澤からは、あからさまな鷺沢に対する侮辱が感じ取れた。「私達の班は殆ど壊滅状態です。院内の食料ストックも底をつきつつあります。次の探索は、鷺沢班だけで対応してください」そう言い放って、部屋から出ていった。
看護師の女が耐えきれないように声を出した。「何なんですか、あれは! 彼の探索班で怪我人が出たのは、彼が危険を想定することなく、崩れかけた建物に足を踏み入れたからではないですか。余震で崩れて、土人となってしまった彼女が怪我した時も、自分のせいではない、と喚いていたらしいですね。彼女を助けようとした鷺沢先生を侮辱するなど許せません。彼女が土人と化した時も、鷺沢先生と、重症を負った三人で何とか倒したと聞きます。奴一人だけ、逃げ惑ってたんですよ。それが、あの言い様。本当に腹が立ちます」
「まあまあ」と鷺沢は宥めた。「全身麻酔を選んだことに関しては、完全に私の落ち度だ。彼の言うことも理解できる。私は十分に反省しなくてはならない」
「鷺沢先生! どこまでお人好しなんですか。あんな奴はここから追放でいいですよ」
「こら、物騒なことを言うんじゃない。この状況で争い事は良くない」それから僕達に向き直って、ばつが悪そうな顔をした。「すまないね。情けないところを見せてしまった。私は、こんな状況では誰もが互いに支え合って生きていくことが重要だと考える。けれども、人が多ければ多くなるほど、それを実現することが難しくなってくる。そう。それは、まるで積み木を積み上げれば積み上げるほど、小さな歪みがやがて大きな歪みとなり、バランスを崩して崩壊していくのと同じだ。なかなかどうして。難しいものさ。皆、二歳児にもなれば積み木を器用に積んで遊んでいたのにね」それから紘一に目を落としてから、僕達に訊ねた。
「彼のこと、きっと救ってみせるから、詐欺師に騙されたと思って、私に任せてくれないか?」
「そんなこと、勿論です」と僕と亜衣は即答した。