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オオサカタロウ
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novelistID. 20912
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Moonlighting

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「スピード上げろ。もう一台後ろから来てる」
 電話を切り、赤井はギアを一段落としてアクセルを踏み込んだ。ルートバンのシルエットが小さくなったとき、佐藤は首を横に振った。
「このペースでは、追いつかれます。分岐までに撒けなかったら、やり過ごして山頂展望台の駐車場へ入ってください。そこで交代できます」
 真っ暗な夜道を見つめながら言い終えた佐藤の横顔を見て、赤井は感心したように息をつくと、手を伸ばした。
「よう、頭に入ってるな。結構、勘が利くタイプ?」
 頬に触れられて、佐藤は顔を横に引いた。赤井は、ガソリンスタンドで見たミラジーノと、不器用にガソリンを入れていた二人組の女の顔を頭に浮かべた。おそらく、免許を取ったばかりの大学生で、佐藤と同じぐらいの年齢に見えた。
「まあ、変に動き回らんとこか」
 赤井は分岐を折れて、私有地に続く山道へと入った。
 青木は少しずつ距離を詰めてくる丸いヘッドライトの正体が、さっきガソリンスタンドで遭遇したミラジーノだということに気づいた。赤井の運転するスカイラインが分岐を折れて待ち合わせ場所へ上がっていくのを見て、同じようにハンドルを切った。さすがに真っ暗な道をついてくることはないだろう。そう思った青木がギアを落としてアクセルを踏み込んだとき、ほとんど停車するぐらいにスピードを落としたミラジーノは、少し迷ったようにふらつくと、分岐を同じように折れて坂道を上がり始めた。
「どこまで行く気なんやろ。なんか、カントリークラブって看板あったけど」
 雪原が言うと、土生はクレジットカードを手に持ったまま首を傾げた。
「いや、待って。止まりそうじゃない?」
 ルートバンが左に指示器を出し、雑草がまばらに生える平地に寄ると、ブレーキランプを真っ赤に光らせながら停車した。指示器が消えて運転席のドアが開き、青木が降りてくるのを見た雪原は、先に運転席から降りた。土生は助手席から出て雪原の隣に立つと、クレジットカードを掲げた。
「さっきはありがとうございました。これ、落とし物です」
 青木は、土生の手に握られているクレジットカードを見たとき、胃が重く沈むのを感じた。まさか、それを届けに追いかけてきてくれたとは。
「ごめん、わざわざ」
 雪原と土生が愛想笑いで応じる中、青木はクレジットカードを受け取って、財布に仕舞いこんだ。
「本当にごめん」
 青木が改めて謝ったとき、甲高いギアの音を鳴らしながら後退してくるスカイラインが見えて、雪原は体を強張らせた。
「彩子、あの車……」
 赤井は、ルートバンのすぐ前でスカイラインを停めて、運転席から降りた。携帯電話を耳に当てたまま青木の隣まで来ると、ミラジーノのヘッドライトに照らされる雪原と土生を交互に見た。しばらく間が空いた後、携帯電話を耳から離してマイクを手で押さえながら、赤井は言った。
「こんばんは」
 青木は赤井に顔を向けると、気まずそうに言った。
「おれがクレジットカードを落としたから、追いかけてきてくれたみたいだ」
「それは、ほんまにすんません。親切にありがとうございました」
 そう言って赤井が笑顔で頭を下げると、青木はスカイラインの方を体ごと振り返り、小さく息をついた。雪原が土生の体に触れてミラジーノの方へ押し返そうとしたとき、赤井は言った。
「この大男の名前、知ってる?」
 土生は愛想笑いを崩すことなく、答えた。
「青木さん……。ですよね?」
 その言葉で青木が向き直ったとき、赤井はうなずいた。
「正解。青木、撃て」
 青木がコルトM1903の薬室に32ACPを装填して構えたとき、土生は何かお礼を差し出してきたのだと勘違いして、遠慮するように右手を掲げた。一発目は土生の右手薬指の付け根を貫通し、右耳を半分以上削り取った。二発目は右頬、三発目は下顎を砕き、四発目を撃つ前に土生は糸が切れたようにその場へ崩れ落ちた。雪原は後ずさろうとして足がもつれ、ミラジーノの車体に後頭部をぶつけた。青木が銃口を向けたとき、赤井は携帯電話のフラップを閉じながら、空いている方の手で制止した。 
「めがねは殺すな。ひとりやったら、買い取るってよ」
 スカイラインの助手席から降りていた佐藤は、ルートバンのスライドドアを大きく開きながら言った。
「何をしてるんですか?」
 赤井は、その物怖じしない態度に気圧され、咳ばらいをしてから言った。
「こっちの仕事。まあ、ちょっと見張っといてや」
 青木は雪原の頭を掴むと、片腕で体ごと持ち上げて引っ張った。雪原はあまりの怪力に声を出すことすらできず、体を捩って抵抗しようとしたが、青木は小動物を扱うように雪原の体を強く振り、その勢いで眼鏡が振り落とされ、地面に落ちた。
「じっとしてくれ。ほんとに申し訳ない」
 青木はそう言いながら雪原の体を軽々と持ち上げて、ルートバンの中へ叩きつけるように押し込んだ。赤井は観音開きのリアハッチを開くと、ダクトテープを青木に投げて、言った。
「養生しとけ」
 青木は雪原の手足をテープでぐるぐる巻きにすると、仕上げに口元へ一枚を貼り付けた。赤井は仰向けに倒れて死んだ土生を引きずると、ミラジーノの後部座席に折り畳むように放り込んだ。
「こいつは、後で片付けよう。とりあえず、いこか」
 血の跡や薬莢の位置を確認していた佐藤は、ルートバンの荷室に寝かされた雪原の方を見ると、地面に落ちた眼鏡を拾い上げてハンドバッグに仕舞いこんだ。青木が運転席のドアを開けて、乗り込むために大きな体を浮かせたとき、佐藤は体重が掛かっている踵の付け根を軽く蹴って襟首を後ろに引いた。青木がバランスを崩して地面にどさりと落ち、赤井が後ずさった。佐藤は何も言うことなくルートバンの運転席に上がると、よろめきながら立ち上がった青木に言った。
「わたしが運転します」
 赤井が小ばかにするように笑い、青木は誰とも目を合わせることなく助手席に乗り込んだ。赤井がスカイラインに乗り込んで、その車体が動き出したとき、佐藤は子供に飴を渡すように丸めた手を差し出した。青木が手を開いて受ける準備をすると、まだ熱を帯びた薬莢を三つ手に落とした。その熱さに青木が思わず手から薬莢を払いのけたとき、佐藤はシフトレバーを二速に入れて、ルートバンをゆっくりと発進させた。
「口元にずっと巻いてると、窒息しますよ」
 佐藤が雪原の話をしていることに気づいた青木は、振り返った。確かに顔が紅潮していて、息が苦しそうだ。前に向き直ってしばらく経ったとき、ゴルフリゾート跡の手前にある待ち合わせ場所がヘッドライトの帯に照らされて、反射板が白く浮かび上がった。赤井が広場の崖側へスカイラインを寄せたのに合わせて、佐藤はその真横にルートバンを停めた。赤井がスカイラインのエンジンを止めて、ルートバンの荷室に乗り込んできたとき、青木は言った。
「このままだと、窒息するってよ」
「何が?」
「そいつだよ」
 青木は目で雪原を指した。赤井は鼻で笑うと、雪原の口元からテープを力任せに剥がした。
「どんだけ叫んでも、無駄やで。ここは私有地やからな」
作品名:Moonlighting 作家名:オオサカタロウ