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オオサカタロウ
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novelistID. 20912
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Moonlighting

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 佐藤はヘッドライトを消して、サイドブレーキをかけるとエンジンを止めた。周りに光源はひとつもなく、車内が瞬時に真っ暗闇になった。熱を帯びたエンジンが冷えていく金属を鳴らし始めたとき、赤井は言った。
「マニュアル、運転できるんやな」
「はい。電話の時点で、言ってましたよね?」
 佐藤は背もたれに頭を預けると、前を向いたまま呟くように言った。青木は背中の痛みを思い出したように顔をしかめると、ひゅうと息を漏らした。
「見た目で損をしてるよ、あんたは。その見た目じゃ、誰もプロだって思わないだろ。何歳だ?」
 佐藤はバックミラーの角度を調節しながら、呟いた。
「十九歳です」
 赤井がわざとらしく口笛を吹き、運転席に顔を近づけた。
「今まで、どんな仕事をしてきた? ゆうても、数年ってとこか」
 赤井だけでなく、青木も聞き耳を立てていることに気づいた佐藤は、言った。
「運転手役は、初めてです」
「人を殺したことはあるん?」
 赤井が呟くように言うと、佐藤は振り返った。
「わたしが得意なのは、殺しよりも特殊な環境に順応することです」
 赤井が相槌を打つよりも前に、佐藤は青木の方を向いた。
「例えば、暗い場所に目を慣らせる速さとか。青木さんは、ちょうど瞬きしましたよね。今、追加で二回」
「この真っ暗な中で、もう見えてるのか?」
 青木が驚いて興奮気味に体を起こしたとき、佐藤はうなずいた。
「あとは、読唇術です。声が届かなくても、口の形で言葉を読み取る技術です」
 佐藤が荷室を振り返ると、赤井がテストをするように口を動かした。
「すごい、で合ってますか? 濁音の区別はつかないので」
 佐藤が言うと、赤井はへらへらと笑いながら拍手をした。
「おい、青木。プロの仕事人を雇ってしもたな。あんた、単価がひと晩で三十万って、安すぎんか?」
「まだ、見習いなので。お金さえ積んでもらえれば、わたしはなんだってやりますよ」
 佐藤は愛想笑いを浮かべると、前に向き直った。背もたれに体を深く預けると、バックミラー越しに雪原の顔がよく見えた。
 沈黙が数分間流れた後、小さく息をついた佐藤は、決心がついたように赤井の方を振り返った。
「わたしが初めて人を殺したのは、十五歳のときです。場所は海外で、相手は自分の父親でした」
 赤井が年齢から逆算して『五年目』という数字を弾き出したとき、青木が喉を鳴らしてから言った。
「悪い奴だったのか?」
「いいえ。麻薬で、わたしのことが分からなくなっていただけでした」
 佐藤は淡々と言うと、青木の顔をじっと見据えた。
「そこからは、復讐のために殺しの訓練を積みました。向こうで使っていた銃は、AKS74U。クリンコフと呼ばれる銃です」
 青木が暗闇の中で咳ばらいをして、体を揺すった。
「カラシニコフの短いやつか。5.45でも、結構な反動だろ? どんな弾を使ってた?」
 佐藤は青木の方に顔を向けて、愛想笑いを浮かべた。
「7N10です。ドア越しに撃つことが多かったので」
 赤井が少しだけ身を乗り出して、青木と佐藤の会話に割って入った。
「専門用語ばっかやな」
 青木が弁解するように肩をすくめ、再び話すことがなくなって十五分ほど経った後、ベージュのハイエースが上がってきて、対面するように車体をぐるりと回した。ヘッドライトが消えて車幅灯だけが残り、赤井が言った。
「佐藤さんは、中におってくれや。とりあえず、元々の依頼品を渡してくる。おまけはその後や」
 青木は助手席から降りて、薄暗く光るハイエースの車幅灯に目を向けながら近づき、手を振った。荷室から降りた赤井は、スカイラインのトランクを開けた。ハイエースから降りてきた二人組の内、銃身を切り詰めたM870を右手に持った方が、青木に言った。
「こんばんは。追加もあるって話だね? 桃井くんは?」
 沈黙が流れたとき、赤井が子供を肩に担ぎ上げて運んでくると、二人組の前に座らせた。二人組の内手ぶらの方が、顔を覗き込んでうなずいた。
「元気そうだね。オッケー」
「桃井くんは?」
 M870の男が再度質問し、青木はコルトM1903が挟まっているベルトの位置を意識しながら、愛想笑いを返した。
「今回は、お休みです」
「そうか」
 M870の男が歯を見せて笑ったとき、銃声が鳴った。頬骨を貫いた357マグナムが歯をばらばらに砕きながら反対側に抜けていくのを、青木はぽかんと見つめた。真横にいたもうひとりが血と骨の破片を浴びて瞬きをしたとき、その頭に二発目が着弾した。
 赤井が伏せようとして体を低く下げたとき、青木はベルトに手を伸ばしてコルトM1903を抜いた。親指が安全装置を解除したとき、フレームに沿わせて伸ばしていた人差し指に三発目が着弾し、第二関節から先をスライドごと吹き飛ばした。
「青木! 伏せろ!」
 血まみれになった手を押さえながら後ずさる青木に向かって、赤井は叫んだ。かつて受けた訓練通りの動きで低く伏せると、地面に落ちたM870に手を伸ばして、引き寄せた。そのとき、真上から覆いかぶさるような気配を感じて、赤井は手の動きを止めた。佐藤はM13の銃口を赤井の右手首に向けると、引き金を引いた。銃声が赤井の鼓膜を破り、357マグナムが手首と腕を繋いでいた骨を粉々に砕いた。
 佐藤はM13をハンドバッグに戻してM870を掴み上げると、先台を操作して薬室を半分ほど開き、すぐに元に戻した。間合いを取ると、立ち上がろうとした赤井の膝に向けて引き金を引いた。バックショットが関節を吹き飛ばし、二発目を装填した佐藤はそのままもう片方の膝にも散弾を撃ち込んだ。両足を膝下から失った赤井がその場に崩れると、佐藤は三発目を装填し、座り込んだ青木の手に張り付いたM1903を右足で蹴り飛ばした。青木は横向きに倒れると、激痛に体をくの字に折ったまま叫んだ。
「なんだよ、お前! ふざけんなよ!」
「わたしは、お金さえ積んでもらえれば、なんだってやります」
 佐藤は青木の右足首にM870の銃口をくっつけると、引き金を引いた。四発目で左の足首を吹き飛ばすと、先台を開放して弾がなくなったことを確認し、地面にM870を捨てた。
「お前、運転手のはずやろ!」
 血が流れ出す膝を庇いながら、赤井が言った。その言葉に同調するように青木が顔を上げたとき、ハンドバッグからM13を取り出した佐藤の隣に、雪原が並んだ。
「もう、違います」
 ほとんど力の残っていない雪原の言葉を聞いた青木は、瞬時に理解した。口元のテープを剥がせと言ったのは、佐藤だった。だとすれば、ルートバンの中で仕事の話は営業活動だ。雪原に、真っ暗闇でもやり取りができるということを伝えていた。だとしたら、佐藤を今雇っているのは、雪原だ。
 佐藤はM13のシリンダーを開き、呟いた。
「二発、残ってます。どうしたいですか?」
「もう、銃は使わないでください。簡単すぎます」
 雪原が言い、佐藤は指示を受け入れて小さくうなずいた。そして、M13のシリンダーを閉じてハンドバッグの中へ戻し、少し顔をしかめたまま中を掻き回した。その手が何かを引き当て、赤井と青木の緊張が最大に達したとき、佐藤は雪原に眼鏡を差し出して、言った。
「よく見たいなら、どうぞ」
作品名:Moonlighting 作家名:オオサカタロウ