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オオサカタロウ
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novelistID. 20912
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Moonlighting

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 大学の近くにできたばかりのショッピングセンターは、瞬時に学生のたまり場になった。スターバックスに行けば、ほとんど大学附属の図書館に思えるぐらいに知った顔が勉強をしているし、三階のレストラン街に行けば、どこかの店でサークルの飲み会が開かれている。雪原と土生はできるだけ人が集まらないエリアの洋食屋を選び、お腹を抱えながら会計を済ませた。
「やばい、このまま寝そう」
 土生が言うと、雪原は同じようにお腹をさすりながらうなずいた。
「わたしも」
「休憩する?」
 土生が顔を覗き込みながら言い、雪原は鼻息を一度吐き出して、首を横に振った。
「いいえ、帰りの運転ぐらいはできます」
 ミラジーノは好評だった。土生は外見を褒めてくれたし、意外にスピードが出るということにも驚いていた。営業が心配そうに言っていた『ターボなんで出ますよ』は、伊達ではなかったらしい。
「佳世、結構踏むよね。ジーノちゃんも機敏やし。あ、帰りのガソリン代は任せてな」
 土生は駐車場の案内矢印を目で追いながら、軽い足どりで言った。
「ありがと。速いんかどうか、比べるものがないから分からんかった」
 雪原は鍵をくるくる回しながら応じると、立体駐車場に入ってミラジーノの鍵をキーレスで開けた。
「燃費は今イチやけど、なんだかんだいい買い物したかも」
 雪原が運転席に座るのと同時に助手席へ滑り込んだ土生は、車内を見回して笑顔を見せた。
「この子、発言は素直ちゃうけどな。心は綺麗やから。うまく付き合ってあげて」
「誰に言うてんの」
「ジーノちゃん。佳世をよろしくお願いします」
 土生が頭を下げると、雪原はエンジンをかけながら笑った。
「今起きたから、もう一回言うてあげて」
 出口と書かれた方向にひたすら進み、他の車に合わせて立体駐車場のスロープを下りきったとき、雪原はハンドルをぐるぐると回しながら呟いた。
「あの、方向感覚死んだかも」
 土生は体を前に乗り出して看板に目を凝らせた後、メーターに目を向けて笑った。
「ほんまにガソリンないな。帰りの時間やし、車が多い方についていったらどうやろ」
 雪原はしばらく周囲を見回した後、後ろから車が追いついてきたことに気づいて、土生の提案に従って車列の多い方に並んだ。
   
   
 夜の八時十分。青木は、出番を待つように隅で立っている佐藤の方を、横目で見た。運転手を募集したはずだ。賑やかしに女子大生を呼んだわけじゃない。赤井はスカイラインのエンジンをかけて、運転席のドアを開けたまま青木の方を向いた。
「行くか」
 青木はうなずくと、ルートバンの運転席に乗り込んだ。赤井はスカイラインの前に立ったまま、佐藤を手招きした。積荷の少年は空気穴を何ヶ所か空けたスカイラインのトランク内にいて、いかにもな風体のルートバンは囮だ。打ち合わせの通りなら運転手にはルートバンを運転してもらうつもりだったが、そもそもマニュアルの車を運転できるのかも怪しい。手招きに応じて目の前まで来た佐藤に、赤井は言った。
「佐藤さんで合ってる?」
「はい、よろしくお願いします」
 佐藤は小さく頭を下げると、青白い排気ガスを上げるルートバンに目を向けた。
「わたしは運転手だと、聞いていたのですが」
「まあ……、いいよ。山道に入ってからで」
 市街地で変にぶつけたりされたら、たまったものではない。赤井はスカイラインの運転席に乗り込み、助手席に向かって顎をしゃくった。佐藤が素直に乗り込んだとき、咳ばらいをしてから言った。
「あのさ、めっちゃ基本的なこと聞くけど。車は運転できるよな?」
 佐藤はうなずくと、財布から免許証を取り出して掲げた。赤井は呆れたように笑うと、シフトレバーを一速に入れて、クラッチをゆっくりと離した。ルートバンがのろのろと後ろをついてくるのが見えて、流れの速い国道に合流したとき、唯一の仕事を与えるように佐藤に言った。
「バンが信号で離されたら、教えてほしい」
 青木は、スカイラインの四連テールランプを追いながら、今日の昼からずっと忘れていたことを思い出した。ガソリンだ。待ち合わせ場所まではギリギリ走れるが、この残量では戻れなくなる。ディーゼルだから、スカイラインのガソリンを分けてもらうわけにもいかない。
「くそっ」
 思わず呟くと、青木は渋いシフトレバーを操作して四速に入れ、アクセルを踏んだ。車体が揺れてベルトに挟んだコルトM1903が動き、思わず姿勢を正した。薬室は空けてあるが、弾倉には32ACPが八発入っている。取引先と揉めたことは、一度もない。待ち合わせ場所はいくつかあって、今日は山道を上がった先にあるゴルフリゾート跡の手前。山道の分岐点から私有地が続き、広場がある以外はがらんとしていて、全ての終点のような雰囲気がある。いつも通りなら、現れるのは二人。ひとりはいつも銃身を切り詰めたM870をペットのように持ち歩いていて、もうひとりは手ぶらだが、銃を携行しているのは上着の形からなんとなく分かる。正直、怒らせたくない相手だ。二人とも神経質だから、桃井がいなければ当然怪しむ。新しい仲間があの出で立ちの女なら、余計に。
 青木は心配事を脇へ追いやると、地図を頭に呼び起こしながら、数台空けてスカイラインの後を追い続けた。ここから幹線道路に入って、長い山道が始まる手前の角にセルフのガソリンスタンドがあったはずだ。


 オーディオの時計が『09:00』を指したとき、土生は携帯電話の小さい画面で地図を見つめながら、首をかしげた。
「ごめん、全然分からん」
 ショッピングモールの出口に並んでいた車の、ブレーキライトの赤色。それが広い道路に出てすぐに少しだけ減り、大きな交差点でばらばらに散って、さっき宇宙船のように浮かぶ信号で最後の一台が曲がっていって、ついに自分たちだけになった。雪原は意に介する様子もなく、笑い飛ばした。
「夜は怖いけど、なんかドライブって感じせん?」
「する。道が分からんと、こんな感じになるんや」
 土生はそう言うと、視線を外に向けた。携帯電話では現在地が分からないし、外の景色に頼ろうにも、時折登場する青い看板に書いてある地名は、聞いたことがない名前ばかりだ。
「どんどん暗くなってるってことは、明らかに山に向かってるな」
 土生はそう言うと、一周したアヴリルラヴィーンのCDを取り出して、小さく息をついた。雪原は信号待ちでミラジーノを停めると、土生の方を向いた。
「DJ土生ちゃん、がんがん回していこうや」
 土生はCDを引っかけた指を揺すって、笑った。雪原は窮地に強い。どんなことだって笑い飛ばす余裕があるし、すぐにパニックになって手当たり次第に助けを求めたくなる自分の性格に、ブレーキをかけてくれる。
「じゃあ、これいこう」
 土生はスピンドルから抜いたCDを入れると、二曲目から再生した。信号が青に変わり、雪原はゆっくりとアクセルを踏みながら言った。
「曲紹介をどうぞ」
「ストロークス。モダンエイジ」
 土生が低く作った声で言い、雪原は曲の速いテンポに合わせて、アクセルを踏み込んだ。ちょうどそのとき、タイミングを合わせたようにガソリンの残量警告ランプが点き、雪原は眼鏡の後ろで目をぐるりと回した。
作品名:Moonlighting 作家名:オオサカタロウ