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オオサカタロウ
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novelistID. 20912
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Moonlighting

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 二人で色んな場所に行って気づいたのは、土生が誰とでも仲良くなれるタイプだということ。ちょっとした旅行先でも、居酒屋でも、ゲーセンでもおかまいなし。とにかく少しでも気になったことがあれば、時間を割く。一番驚いたのは、子供が手を離してしまったヘリウムの風船を、階段の手すりに飛び乗って二段ジャンプで捕まえたことだ。飛び上がって喜んでいた子供の記憶には、一生残るだろう。
 自分はどちらかというと、そういうやり取りを避けてきた。
 あの歓迎会で、あの気分になって、ちょうど同じタイミングでトイレに居合わせなければ、接点がなかった人間。それが土生だ。ただ、性格は真逆でも、境遇は似ている。それは、親が徹底的に無関心だということ。土生の両親が何をきっかけにそうなったのかは聞けていないが、数年前に兄か弟を失くしてから、両親共々糸の切れた凧のようになっているというのは、聞いた気がする。
 もちろん、自分がいつ親の関心ごとでなくなったかは、はっきりと分かっている。雪原はゼミの研究室に続く長い廊下を歩きながら、思い出していた。私立の中学を目指していたときで、小学校四年生。大好きだった祖母が亡くなって休み、復帰した一日目に同級生の女子が『気の毒』と言った。そのひと言が心のどこに火を点けたのか分からないが、気づいたらその顔を叩いていた。周りが一斉に飛びのいたとき、手にペンを持ったままだということを思い出した。確か、清水さんという名前だった。頬に切り傷が残り、親は示談で相当な額の慰謝料を払ったらしい。それからは、私立中学から先のルートが消えて、雪原家の世間体を保つためだけに生かされている状態になった。県外の公立大学に入って一年が経ち、今年の春にようやく学費を親に突き返した。返ってきたメールは短く『お世話さま』とひと言だけ。まだ返したいお金はあるから、気が向いたら自爆テロのように突然振り込むということを続けるだろう。おそらくこれは、自分の気が済むまで続く。
 本来なら、自分のために使う気など全くない、死んだお金のはずだった。
 しかし、先日気まぐれで寄り道をしたときに、ふと魔が差して車を買った。ダイハツのミラジーノで、濃い緑色。一回生のときに取っていた免許が、突然役に立った。しかし、車の選び方は何かを投げ捨てるような大雑把さで、中古車屋の人は若干怖がっていた気がする。担当になった営業マンには『大きい車』と言ったが、『初心者は小型車の方が』と言われた。それで指差したのが、すぐ目の前に停まっていた新古車のミラジーノだった。最初の希望が大きい車だったから営業マンは困惑していたけど、こちらは初心者だから、言うことを聞いだだけの話。後は、車を買ってその場から一秒でも早く立ち去るだけだ。乗り始めて今日で一週間が経つけど、いざオーナーになってみると、可愛いし、小さいから洗車も楽。丸目なのもレトロで、愛嬌がある。そして、急に行動範囲が広くなった。この後も、ゼミが終わったら下宿先に取りに戻って、土生を迎えに行く。お披露目兼、夕食兼、ドライブ。CDプレイヤーもついているから、洋楽が好きな土生のリュックサックには、すでにお気に入りのCDが満載されている。
 あちこちツギハギだらけの精神状態でも、人生は続くし、それなりに楽しい。
 
   
 やり方は問わないから、単発の仕事に入れ。とりあえず、金を稼いでこい。それが大先輩である村岡からの指示で、前の仕事で大けがをした自分に課された宿題だった。能力の高さは買うが、仕事の度に骨を失っているようでは、すぐに命を落とすとも言われた。もっとも、好きで骨を失ったわけではなく、拷問のように肋骨を折られて、傷口から引き抜かれただけなのだが。三カ月が経った今も、闇医者がいい加減に処置した脇腹は、常にナイフを突き刺されているように痛む。
 佐藤はウィークリーマンションの姿見で自分の顔を見つめながら、ゆっくりと瞬きを繰り返した。闇医者には、女性にしては瞬きの回数が極端に少ないと言われた。暗闇でも視界が利くように訓練を繰り返していると、自ずと目は閉じなくなる。
『あんたは、まだ十九だ。回復力がある』
 そう言って、闇医者は励ましてくれた。その回復力も、極端に少ない瞬きも、全ては効率よく人を殺すためのものだ。今までに殺した人間の数は、もう覚えていない。国内では三人で、ひとりは警察官。それまで過ごしていた海外では、何人殺しても顔色ひとつ変えないことと、元々色白だったことから、仲間に『白猫』と呼ばれていた。
 今は、立ち回り自体が全く異なる。海外にいたころのように、毛布でくるんだだけのクリンコフを後部座席に置いて、ドア越しに連射するようなことはできない。国内での仕事は、どちらかというと諜報に近い。銃の射撃能力よりも、日本語に特化した読唇術や、人の注意を引かずに気配を消すやり方の方が、はるかに大切だ。
 自分は、まだまだ馴染めていない。
 例えば、去年の冬に国内で免許を取ったとき。ずっと、左ハンドルの車を海外で運転してきたから、シフトレバーを触るときに右手が反射的に動き、教習所の教官が怪訝な顔をしていた。あれも、今思えば不注意だった。今は徹底して、普通の人間の真似事をしなければならない。一般常識も身につけなければならないから、村岡からは新聞と雑誌を読むのを日課にするように言われている。佐藤は一歩引くと、姿見に全身を映した。
 身長百六十五センチ。細身。ショートボブの茶髪。名前は佐藤沙耶。年齢は十九歳。
 いつも通りなのはエドウィンのジーンズだけで、それ以外は自分からすれば宇宙人のような格好だ。例えば、ロペピクニックのベージュ色のプルオーバー。いつも着ているナイキのスウェットとは、造りが全く異なる。腕時計はユナイテッドアローズ製だが、方角すら分からない。
 そして肩から掛けているのは、ブラックホークのバックパックではなく、バリーのハンドバッグ。中に入っているのは、5.45ミリ弾を洪水のように放てるクリンコフではなく、357マグナムを六発装填できるS&WM13。唯一変わらないのは、柄に滑り止めのリングがついたアイスピックだけ。
「よろしくお願いします」
 佐藤は、はっきりと口に出した。契約が取れた後は、自由にしていい。だから自分の考えに従って、依頼人の住むアパートが見えるウィークリーマンションを選び、一週間動きを観察した。
 移動に使う車は白のダイナルートバンと、シルバーのR34型スカイラインセダン。依頼人は二人とも大柄で、ひとりは横幅も大きい。唇の動きから読み取れた名前はアオキ、アカイ、モモイの三つ。横幅の大きい方がアオキで、消去法で行けばもうひとりはアカイ。モモイは話にしか登場しないから、これが運転手で、姿を消したから代役を募集することになったのだろう。
 腕時計の針が午後八時に迫り、佐藤は深呼吸をするとウィークリーマンションから出て、階段を早足で下りた。
    
    
作品名:Moonlighting 作家名:オオサカタロウ