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オオサカタロウ
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novelistID. 20912
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Moonlighting

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二〇〇三年 五月

 青木がテレビを見るために居間を占領すると、単身者向けのワンルームマンションは余計に手狭になる。身長百八十五センチ、体重百キロの巨漢。比較すると小人向けのようにすら感じるシステムキッチンの前に立ち、赤井はブラウン管の小さなテレビ画面を青木の背中越しに見下ろした。
「テレビ、釘付けやな」
 赤井が言うと、青木は親に悪事がバレた子供のように、少しだけ背筋を伸ばした。
「ずっと、同じ映像ばっかだけどな。進展がないか、気になるだろ」
「確かにな」
 赤井は呟くと、青木の肩を迂回するように手を伸ばして、テーブルの上からバドワイザーの缶を取り上げた。さっき、ハンバーガーを買いに行くまで飲んでいたやつで、まだ半分は残っている。
「これからの季節、砂漠は暑そうや」
 赤井は呟いた。イラク戦争が始まって、二ヶ月が経つ。世界情勢から分断されたようなこの部屋の中でも、外との唯一の接点であるテレビ越しに中東の映像が流れ込んでくる。
「我が国も、人を出せって言われんじゃねーの」
 青木が嘲笑するように言い、ハイネケンを飲み干した。赤井は紙袋からハンバーガーを二つ取り出して、餌を与えるように青木の前へ投げた。青木は片方の包みを破いてひと口で半分ほどを齧り取ると、もうひとつの包装紙を見て顔をしかめた。
「テリヤキか、これ。マヨネーズ苦手なんだけど」
「好き嫌いすんな」
 赤井が呟くと、青木は首を横に振った。
「いや、マジであの油っぽいのが無理なんだって。こいつはガキにやれ」
 太い首がぐるりと風呂場の方を向き、赤井は同じように振り返った。このコンビを結成して、四年。今年、揃って三十歳になった。青木が食べ物の好みにうるさい点を除けば、うまくやっている。赤井はテリヤキバーガーを紙袋に戻すと、自分が食べる予定だったチーズバーガーを取り出して、青木の前に置いた。テレビでは赤く燃えるバグダッドの夜空が映し出されていて、青木の言葉を思い出した赤井は言った。
「自衛隊が砂漠に出動か。これだけ規模がでかいと、あるかもしれんな」
 赤井は、高校を出てから数年間を『陸自』の隊員として過ごした。身長は青木より少し低いがそれでも百八十センチあり、体重は七十キロとアスリート型の体型。隊で活躍できるだけの身体的条件は揃っていたが、飽き性な性格が邪魔をする形で終わった。入隊時に身元保証をしてくれた友人には悪いと思いながらも、隊と縁切れしてから三人を殺している。青木は大学にアメフトの推薦で入り、在学中に二人殺した。こうやって組むようになったのは偶然で、同じ雇い主のために仕事をしていたからだ。
 バドワイザーを飲み干すと、赤井は空き缶を握り潰してゴミ箱に放り投げた。次は、風呂場に青木が食べなかったテリヤキバーガーを放り投げる番だ。紙袋を持って風呂場を覗き込んだとき、空気が揺れて、後ろで青木が立ち上がったのが分かった。赤井は浴槽の電気を点けて、中で体をくの字に折って横たわる少年を見下ろした。ランドセルの中身を見る限り、九歳。つまり、小学校三年生。
「メシやで」
 赤井は呟くと、紙袋からテリヤキバーガーを取り出して、顔の真横に落とした。少年が体全体で拒否するように身を捩ったのを見て、浴槽を力任せに蹴りつけたとき、ハイネケンの缶を持つ青木が背中に手を置いて、首を横に振った。
「腹が減ったら、勝手に食うだろ」
 振り返った赤井の目を見て、青木は言い聞かせるようにゆっくりと瞬きをした。こうやって依頼の品を顧客に引き渡したのは、今のところ二人。片方は全国ニュースにまでなったが、今ごろはどちらもこの世にいないだろう。あるいは、この世に未練がなくなるぐらいの思いをしているか。後のことは知らない。こっちの仕事はあくまで、かっさらって、引き渡すことだ。
 青木はチーズバーガーの残りを飲み込むように口へ放り込むと、ハイネケンで流し込んだ。受け渡しは今日の深夜。おそらく、これで『この手の仕事』は最後になる。先月、ずっと運転手として雇っていた桃井がビビって、電話を取らなくなった。今は、魚釣り用のネットでぐるぐる巻きにされて、本当に電話の電波が届かない海底にいる。店仕舞いの日は近いし、赤井を説得しなければならない。充分な金を得たし、そろそろカタギに戻るときだと。心残りがあるとすれば、靴箱に大切に保管している32口径のコルトM1903を使う機会が、結局一回もなかったということだ。
 赤井は、考え事を始めて文鎮のように動かない青木の巨体をやり過ごして、先に居間へ戻って真ん中に腰を下ろした。
「で、運転手はいつ来るねん」
「夜の八時」
 青木はそう答えながら、赤井と立場が入れ替わったように、システムキッチンの前に立ってテレビを眺めた。さっき初めてプリペイド携帯で声を聞いたが、相手は女だった。桃井を生かしておくわけにいかなかったのは、間違いなくそうなのだが。ただ、いつもの流れが変わるのは気に入らないし、ずっと何か大事なことを忘れている気がする。
    
    
 二回生に上がって、ゼミが始まった。すでに懐かしいのは、自由に大学を訪れて講義に出て、友と語らい、バイトを経由して家に帰るという優雅な生活。今思えば、有難がる間もなく終わってしまった一回生は、特別だったのだ。雪原佳代は、巨大な図書館からキャンパスまでの道を歩きながら、隣を歩く土生彩子に言った。
「忙しすぎん?」
「忙しすぎる。五月やのに暑いし」
 土生は紙パックの紅茶を飲みながら、自分に呆れたように笑った。
「飲み歩き、食い倒れ、何でもありですわ。この二ヶ月で急激におばちゃん化してる気がする」
「ゼミとか、一回生の途中ぐらいから始めさせてほしいよな。四月から急に変わりすぎよ」
 そう言うと、雪原は銀縁眼鏡をひょいを持ち上げて、定位置に収めた。土生は法学部だから、自分が属する文学部よりも忙しいのかもしれない。本当はもっと突っ込んだ話をしたいが、まだ自分が答えられる段階にない。今は情報が次々入り込んできて、溺れかけている状態だ。
「佳世はバイト入れ過ぎ」
 土生はそう言うと、笑った。雪原は自分自身に呆れたように笑った。二つ掛け持ちしていて、大学にバレたら退学になるだろうけど、もうひとつ夜のお店のバイトもやっている。
「暇なんは、落ち着かんから」
 雪原が言ったとき、ちょうどキャンパスの分かれ道に来て、土生は他の学部生に手を振りながら言った。
「ほな、また後でね」
 雪原は、他の仲間に合流する土生の後ろ姿を見送ると、ゼミの『部室』に向かった。土生と知り合ったのは、勧誘を断り切れなかったサークルの新入生歓迎会。場の空気に今ひとつ馴染めず、トイレで偶然出くわした。それとなく会話を交わし、土生の『わたしも同じく、楽しんでない』という言葉をきっかけに、二人で脱出した。逃げ込むように入った居酒屋では年齢確認をされることもなかったが、結局背伸びしてアルコールを飲むこともなく、ただご飯を食べるだけに終わった。その辺の価値観が合っているから一緒にいても疲れないし、この友人関係もちょうど一周年。服のセンスは最初全く違ったのが、少しずつお互い歩み寄って、でこぼこコンビ感は少しずつ薄れてきている。
作品名:Moonlighting 作家名:オオサカタロウ