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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Savage Reflection

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 真山は先頭に立って林の中に入り、身を低くして歩き始めた。白猫は数歩後ろを歩きながら、グロック17のグリップを握り直した。実感が湧かない。今までに、何度も夢に出てきては掴む寸前で消えていって、起きたときには取り返しのつかない涙の跡になっていた。このときを待ち望んでいたからこそ、完璧に終わらせたい。でも、真山さん含めて全員が口を揃えて言うのは、『計画は絶対に失敗する』というジンクス。一番好きなのは、車をずっと待機させていたらすぐ下がぬかるみで、いざ逃げようとしたときにタイヤが空回りしたという陳のエピソード。絶対失敗しないよう早くから待ち過ぎたと言って、笑っていた。早すぎても遅すぎてもダメで、時間ぴったりでも何か予想外のことが起きる。白猫は左手で、腰のポーチに一度触れた。中にはアイスピックが入っている。
 赤茶色の屋根の近くで灯りが点き、真山は身を低くして白猫に止まるようハンドサインを出した。白猫は左手をポーチから離し、静かに姿勢を下げた。真山はPA7のグリップを握り直すと、目を凝らせた。一台、車が上がってきた。年代物のルノー21ターボで、中には二人乗っている。林から道路までの高さは十五メートルほどで、木々が間に並ぶ急斜面の上から見下ろしている形になるから、撃ち下ろすのは容易い。このルノーが迎えで、今から相手が出てくるなら、ここは絶好のポジションだ。真山は小声で言った。
「ここで、出てくるのを待つ。距離は二十五メートル。お前なら拳銃で殺せる」
 白猫は微かな動きでうなずき、グロック17を胸の前に構えた。真山がPA7を構えたとき、ガレージの電動シャッターがゆっくりと開き、ルノーがその場で転回した。真山はかぶりを振ると、白猫に言った。
「中止だ。車で出てくる」
 ガレージのシャッターが開き切り、中からマセラティクワトロポルテが姿を現した。真山は小声で続けた。
「車のナンバーが分かったから、陳に情報を送れば後は追いかけられる」
 言い終えて視線を向けた真山は、白猫が立ち上がって息を吸い込んだのを見て、目を見開いた。
「待て」
 真山の手が届く寸前で、白猫は木々の隙間を狙って急斜面を滑り下りた。真山はPA7を構えなおし、クワトロポルテに向けた。
 白猫は転げ落ちるように斜面を滑り終えると、砂埃を巻き上げながら立ち上がった。ルノー21に乗る二人組は呆気に取られて顔を見合わせ、その後ろでクワトロポルテが車庫の中へ急発進して戻るのが見えた。白猫は、顔を見合わせていたルノーの二人が前を向くのと同時に、その頭に向けて一発ずつ撃ち込んだ。ガレージのシャッターがのろのろと閉まっていく中、残りの十五発をクワトロポルテに向かって撃ち続け、弾切れになるのと同時に次の弾倉へ入れ換えた。
 真山は斜面を駆け下りることなく、元々計画していたルートを走り始めた。家の中に戻られたら、相手の方が有利だ。
 シャッターが閉まり切ったとき、白猫はルノーに戻って運転席から死体を引きずり下ろした。助手席の死体がスリングにAKS74Uを吊っていることに気づき、フックを切り離すと、薬室に弾が入っていることを確認してからセレクターをフルオートの位置に合わせて、ルノーのシフトレバーをバックギアに入れた。真山が本来の進入ルートに辿りついて二階から中へ飛び込むのと同時に、白猫はルノーを猛スピードで後退させて、シャッターを突き破った。クワトロポルテから出ようとしていた男は、ルノーに激突された勢いでドアごと飛ばされ、車庫の隅まで転がった。白猫は白煙が上がる中、AKS74Uを持って運転席から降りた。男は煙幕に隠れるように白煙の中を縫い、ドラム缶の後ろから銃身の短いモスバーグM500を手に取った。白猫が煙を抜けたとき、男は散弾銃を一発撃ち、さらに奥へ逃げた。撃ち返せば、相手は銃声でひるむ。それは今までに経験してきた銃撃戦でのお約束で、数秒どころか、数分が稼げることすらあった。そう思って足を緩めたとき、銃声と共にモスバーグの銃身が弾けた。
 白猫はAKS74Uの引き金を引き続けた。男はルガーKP85をショルダーホルスターから抜くと、振り向きざまに引き金を引いた。鳩尾にハンマーで殴られたような衝撃が走り、白猫は息が止まったように感じてよろめいた。男は肘と脇腹を5.45ミリ弾で抉られ、KP85の引き金を引こうとして顔をしかめた。薬室からグリップにかけて、大きなヒビが入っている。白猫は気づいた。男の銃は、こっちの弾を受けて壊れた。そして、その集中力は自分が持つAKS74Uに向いている。だとすれば、力でねじ伏せようとしてくる。ふと、ホテルの真っ暗な部屋が頭に浮かんだ。アイスピックの先端が木にぶつかったように、固い感触を残した。逃げ道があったはずなのに、腕に刺してしまった。
 もう、失敗はしない。
 反対側から追いついた真山がPA7を構えるのと同時に、白猫はがら空きになった男の右耳にアイスピックを突き刺した。男の右目がぐるりと回り、左手が痙攣を始めた。そのまま横向きに倒れた男は、自分の耳に触れようとして右手を伸ばした。白猫はその顔を見下ろすと、呟いた。
「再見」
 その目が光を取り戻したのを見た白猫は、足を振り上げた。たった今、この男は思い出した。あの檻の中にいた少女だと。顔は忘れても、わたしの声は覚えていたのだろう。
 父を傷つけないでくださいと、同じ声であれだけお願いしたのだから。
 白猫は、耳から飛び出したアイスピックの柄をまっすぐに蹴り込んだ。柄がほとんど見えなくなるぐらいに刃が深く突き刺さり、男は全身を短く痙攣させると、動かなくなった。真山は駆け寄ると、プレートキャリアの中心に残る二発の弾痕を見て、ストラップを外した。
「死ぬところだぞ!」
 真山は白猫の両腕に視線を走らせ、傷がないことを確認してから大きく息をついた。銃を構えている腕に当たらなかったのは、ただの偶然だ。白猫はプレートキャリアの裏地を見下ろし、弾が貫通していないことを確認すると、笑った。
「これなかったら、死んでました」
 そう言ってストラップを締めなおすと、白猫はひしゃげたシャッターの方向を振り向いた。
「あれ、わたしがやったんですね」
「そうだよ。他に思いつく奴はいないだろ」
 真山が呆れたように言うと、白猫は自分の両手を見下ろした後、真山の顔を見上げて言った。
「ありがとうございます」
 その手の中に、自分で運命を切り開くだけの力がある。真山は小さくうなずくと、目を逸らせた。
「車に戻ろう」
 現場から充分に離れた後、市街地に入る直前で路肩にM3を寄せると、真山は言った。
「この道を逆に走ると、港に着く」
 白猫は首をぐるりと回すと、後ろを見たままうなずいた。真山はハンドルに片手を置いたまま、続けた。
「おれは明日、日本側の知り合いに連絡を取る。段取りが整うまで一週間ぐらいだ。同業だが、ここでずっと過ごすよりはマシだぞ」
 白猫は後ろを向いたまま、眉をひそめた。真山は、その理解が追いついたことを期待して顔を向けたが、言葉を発する前に白猫は首を横に振った。
「戻る場所なんて、ないです」
「ここにずっといたら、長くは生きられない」
作品名:Savage Reflection 作家名:オオサカタロウ