Savage Reflection
真山さんはレンジからグロック17を拾い上げると、戻ってきてスライドを開いた。飛び出してきた不発弾は、いつもの弾と少しだけ色が違った。
『不発弾の対処を練習するための、ダミーカートだ。不発だったときは、ダメな弾を抜け。投げるのはもったいない』
そこから、忘れたころにダミーカートが装填されていて、少しでも迷うと耳元で金属バケツをガンガン叩かれるという訓練が始まった。ヨウに弾の装填を自分でやらせてくれと言っても、歯を見せて笑いながら『意味ナイヨ。おれじゃないし』と返してくるだけだった。結果的には、銃を投げる代わりにトラブルを瞬時に解決できるようになった。だから今でも、訓練用の弾は別の人に装填してもらっている。白猫が欠伸を噛み殺したとき、真山がまたヘッドホンを首から外して、地図に赤いマーカーで大きな丸を書いた。
「分かった」
白猫が返事する間もなく、真山はテープレコーダーを止めた。その手の形が銃のグリップを握るときのように少しだけ丸まり、白猫は言葉を待った。相当嬉しいことが起きている。
「何が分かったんですか?」
待ちきれなくなって言うと、真山は手の平を猫のように開いて、地図上に描かれた真新しい丸印を指差した。
「復讐すべき相手は、ここにいる」
白猫は地図から少しだけ身を引くと、訓練を手に呼び起こすように拳を固めた。真山は腕時計に視線を落としながら言った。
「一度動いたら、また数ヶ月かかる。今すぐに動いた方がいい」
白猫は椅子から跳ねるように立ち上がると、部屋の隅にまとめられた『襲撃セット』に目を向けた。真山は棚の上からブラックホークのプレートキャリアを引きずり下ろすと、露骨に浮かない表情を浮かべた白猫に言った。
「一応だ」
「それ、重いんですよね……」
白猫が言うと、真山は首を横に振った。セラミックのプレートが前後に入っているから重いが、拳銃弾なら止められる。
「命を大事にしろ。ぴょんぴょん飛び跳ねたって、胸に一発食らったら意味ないだろ」
「はい」
白猫は笑顔を噛み殺しながらうなずくと、リュックサックからグロック17を取り出した。ターゲットに向かって投げたときの擦り傷はそのままだが、錆が浮かないようにあちこち補修されている。ヨウは『こんな傷だらけのグロックは見たことない』と言って、笑っていた。白猫は弾倉を四本を掴み取ると、言った。
「これ、ダミーカート入ってたら現場でクリアしないといけないんですね」
真山は白猫の手から一本を抜き取ると、テーブルの上に置いた。
「これに一発入ってる。十四発目だ」
「分かるんですか?」
「自分でやったことぐらい、覚えてるよ」
真山が種明かしをするように言うと、白猫は目を丸く見開いた。
「いつ不発になるか、真山さんは知ってたってことですか?」
「そういうもんだ」
真山はM1911A1の薬室を少し開いて金色の薬莢が覗くことを確認してから、安全装置をかけてホルスターに戻した。ロッカーに立てかけられたフランキPA7を手に取ると、箱からバックショットを取り出して装填し、残りを上着のポケットに押し込んだ。
「行くぞ」
真山は片手にプレートキャリアとPA7を持ったまま、ダイニングを横切った。豚足を食べていた笹川と香織が顔を上げ、林がゲームをする手を止めた。スーツ姿の陳が驚いた表情で言った。
「会合は? すっぽかすのか?」
「代わりに行け」
真山が言うと、ポーズ画面をじっと見つめていた林が白猫に目線だけを向けて、事情を理解したようにうなずいた。
「パーソナルな仕事だろ。しゃあない」
陳は大きくため息をつくと、BMWM3の鍵をくるくると回した。真山は手を差し出した。
「そのBMWを使いたい」
「なんだよ、どこまで大事なんだ」
陳は文句を言いながらも、鍵を投げてよこした。真山はそれを片手で受け取ると、白猫を連れて車庫に出た。トランクを開けてプレートキャリアとPA7を中へ寝かせたとき、白猫が隣にリュックサックを置いた。
「何人いるんですか?」
「声から判断する限り、ひとりだ。車は、変わっていなければダークグリーンのクワトロポルテだな」
真山が言うと、白猫は頭でシミュレーションするように、宙を見つめながら目を忙しなく動かした。助手席に座ってからもそれは続いており、エンジンをかけた真山は笑いながら言った。
「二人かもしれないし、十人かもしれない」
場違いなひと言に思考を断ち切られたように、白猫は真顔に戻った。真山はその表情を待っていたように、クラッチを踏み込むとシフトレバーを一速に入れた。ナトリウム灯が彩る広い道路に出たとき、前をじっと見つめる白猫に言った。
「寝とけ、一時間ぐらいかかる」
座席を倒して数分の内に寝息が聞こえてきて、真山はオーディオのボリュームを下げた。ソドムのマジックドラゴンは陳のお気に入りだ。今夜は特別で、上役が一堂に会する珍しい会合だから、景気づけにこの曲を入れていたんだろう。こんな集まりがあるとすれば、次は何年後だろうか。もしかしたら、それまでに何かが起きて、もう二度とそんな機会は訪れないかもしれない。しかし、白猫を殺しかけた相手が目の前にぶら下がっていると考えれば、正しい方を選んだという自信は深まる一方だった。
そう思って視線を向けた真山は、白猫が寝息に似せた呼吸を繰り返しながら自分の方を見ていることに気づいて、笑った。
「紛らわしいんだよ、起きてんのか」
「そんな、急に眠れないです」
白猫は座席を起こすと、紅潮した頬に両手を当てた。真山はアクセルを深く踏み込んでスピードを上げた。
一時間きっかりが経過したとき、真山は入り組んだ坂道の途中にBMWを停めた。白猫は暗い場所でも暗視装置のように利く目をきょろきょろと動かし、呟いた。
「どの家ですか?」
「頂上の、屋根が赤茶色の建物だ。家というより、工房だな」
白猫は返事の代わりに小さくうなずくと、グロック17と弾倉二本の位置を服の上から確認し、助手席から降りた。真山はトランクを開けると、プレートキャリアを差し出した。白猫は顔をしかめたが、根負けしたように頭を通し、ストラップを腰の位置で締めた。
「重い……」
「慣れろ」
真山はそう言うと、PA7を右手に持ってトランクを閉めた。白猫はグロック17を右手に持つと、身を低くして赤茶色の家に目を向けた。
「このまま、まっすぐ上がるんですか?」
「いや、整備用の通路が林の中をぐるっと通ってるから、そっちだな。家の真横に出る」
作品名:Savage Reflection 作家名:オオサカタロウ