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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Savage Reflection

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 名前を呼ばれて、真山は鋭い目線を林に向けた。林は尋問するような据わった目を向けて、言った。
「分かってると思うけど、命取りになるぞ」
「何の話だ?」
「あの子のことだよ。おれ達の顔なんて、こんなちっさい国なら、すぐにバレる。民間人を助けたなんて、上役が知ったらどうなる。もう相手にされないぞ」
 林が早口で言うのを、真山は頭に留めながらも応じることはしなかった。この少女は、自分の身を守った後、その銃口を自分に向けた。次の弾が入っているか分からないまま、一発で相手を仕留めて、次は自分。この状況でそこまでの機転を利かせられるのは、元々頭の回転が速いのだろう。真山は言った。
「目が合った」
「誰と?」
 林は言葉に出して、すぐにその相手が誰か理解した。真山は前を向いたまま、呟いた。
「おそらく、おれが森田の頭を一枚剥いている間、あの子はずっと見てた」
「あー、やりたいことが分かった。あんた、あの子を引き入れるんだな? どうやって普通に戻すんだよ」
 林がストッパーの外れた声量で言うと、真山は抑えた声のままで応じた。
「香織なら、薬を抜けるはずだ。人の殺し方は、おれが教えられる」
「もうそこまで考えてるならお手上げだよ。マーさん、本当に知らないからな」
「これを考え付いた奴は、戻ってこなかった。あの子には、復讐する権利がある」
 真山はそう言って立ち上がると、車の鍵を林に手渡した。諦めがついたように林が出て行き、真山は私物を探した。父親のビジネスバッグとスーツの上着、娘のものと思しきグレーのリュックサックが机の端に寄せてあり、リュックサックを取って戻ってきた真山は、少女の前に屈みこんで言った。
「これ、自分のやつだな?」
 焦点の合わない目でリュックサックに視線を向けた少女は、震える指で外ポケットのファスナーを指した。真山はファスナーを開いて中を探り、手帳を取り出した。日本の中学校の学生証が入っていて、そこには緊張した面持ちの顔写真が貼り付けられている。生年月日から逆算して少女が十五歳だということを知った真山は、すでに死んでいる森田に目を向けた。頭の皮を元に戻せるなら、もう一度同じことをしてやりたい。
 林がアウディ200を後退させながら工場の中に戻ってきて、そのブレーキランプが消えたとき、真山は言った。
「おれは、これをやった奴を探す。見つけたとき、引き金を引けるか?」
 それまで鈍く光っていた少女の目が、少しだけ晴れた。その首がほとんど分からないぐらいに少しだけ縦に振られたとき、真山はぼろきれのようなその体を担ぎ上げた。
「行こう」

 
二〇〇二年 十二月 台北市
 
 洗い物や後片付けを全て終えた鹿野は、陳がやっているゲームに少しだけ付き合った後、電気の消えたダイニングに戻った。さっきポークローストを食べたのが嘘だったように静まり返っていて、香織がフィリップモリスに火を点けて宙を見上げているところだった。外から入ってくる青色のネオンの光に顔を半分照らされながら、香織は鹿野の方を向いた。
「お疲れさま」
「寝ないんですか?」
 鹿野は、香織がピンで留めるような視線で自分を追っていることに気づき、その圧力に負けて向かい合わせに座った。ようやく話す準備が整ったように、香織は呟いた。
「寝ないというか、待ってる」
 香織の目は、元々大きくて鋭い。しかし、いつもの突き刺すような冷たい光はなく、鹿野は本当に待っているのだろうと解釈した。
「何をですか?」
「分からない。でも、いつもと違うことが起きてるのは確かだから。旦那は、お酒が入ったら絶対に車に乗らない。バイマオに運転させるとも思えないし」
 鹿野が想像したことを先回りするように、香織は煙を細く吐き出しながら笑った。
「旦那を疑ってるわけじゃないよ。誰もわたしに、目的とかそういうことを教えてくれないってだけ。だから、受け身で待つしかないっていう話」
「自分は、最近の身内狩りはあんまりだと思ってます。今日撃った相手だって……」
 鹿野が思い切って言葉に出すと、香織は口角を上げた。
「組織が崩壊するときってのは、そういうものだよ。前触れみたいなものかな」
 何も聞かされずに空っぽのダイニングテーブルで何かを待つ姿が、その象徴なのだろうか。鹿野は少しだけ身を乗り出して、香織を照らす青色のネオンのお裾分けを頬に浴びながら、言った。
「自分は、裏切りません。恩がありますし」
「外に出さない方がいいよ、そういう言葉は。一度出ちゃったら、コインみたいなものだから」
 香織はそう言うと、からかうように笑った。鹿野が相槌すら打てないでいると、続けた。
「コインには必ず裏側があるでしょ。言葉に出すってことは、聞いた相手にその裏側を想像させるってことだよ。旦那もわたしも、それで散々失敗した」
 赤く光る煙草の先で灰がうなだれはじめたとき、鹿野はテーブルの端で裏返しになっていたアルミ製の灰皿を手に取り、すかさず差し出した。香織は平手打ちのような音を鳴らしながら灰を落とすと、微笑んだ。
「ありがと。とにかく、抜け出すなら早い方がいいよ。わたしは旦那についていくって決めたから、もう地獄まで一蓮托生でいいけど。鹿野くんはまだ若いからね。バイマオにも言いたいことがあるだろうし」
 鹿野が咳ばらいをして俯くと、香織は煙草を灰皿にねじ込んで消し、笑った。
「バレてるよ、あの子が好きでしょ。仲人役をしたいわけじゃないけど、バイマオも鹿野くんといるときは明るいからね」
 鹿野は特に否定する理由も見当たらず、小さく息をついてからうなずいた。自分と話すときは明るい。そのことも気づいているし、いい関係を築けている自信はある。香織との共通認識が生まれた途端、体が少しだけ軽くなった気がした鹿野は、奥から陳のいびきが聞こえることに気づいた。
「陳さんと林さんは、どうなるんです?」
「足を抜くには、もう遅いんじゃない。今さら普通の刑事には戻れないよ。檻の中か、海の底だな」
 香織は背もたれに軽く体を預けながら言うと、鹿野の目をまっすぐ見た。
「バイマオに告白するなら、知っておいてほしいことがある」
 陳のいびきが一瞬止まり、鹿野は香織と目を合わせて笑った。香織は新しいフィリップモリスを抜きかけたが、外を通過する車のヘッドライトの光が店内をぐるりと照らしたとき、元に戻した。
「陳さん、起きてんのかな。まあ、いいや。バイマオがここに来たときの話だけど。わたしは正直、助からないって思った。針の跡がなかったからね」
 麻薬のことを指している。鹿野が直感的にそう思ったとき、思考の続きを引き取るように香織は自分の腕を見下ろした。
「これはわたしの持論だけど、血管はお遊び。経口は元に戻れない。バイマオは、ダウナーのカクテルをめいっぱい飲まされてた。体に変なことされてなかったのは、ラッキーだったよ」
 鹿野が神妙な表情を浮かべたまま耳を澄ませている様子に、香織は笑った。
「ワルに見えて純粋なとこあるよね、君は。ホッとした表情をしたら、この話はここで終わってた。とにかく、わたしが言いたいのはね。あの子と接するときは、変に小細工しない方がいいってこと」
「直球でってことですか?」
作品名:Savage Reflection 作家名:オオサカタロウ