Savage Reflection
落とさせるわけにはいかない。可燃性なら一巻の終わりだ。真山はバンの陰から離れると、使われていない巨大なコンプレッサーの後ろへ身を隠した。積み込みなら、バンの後ろまで来るはずだ。
しばらく待っていると、五十リットルサイズのポリタンクを前後から抱えた二人の男が、視界に入った。ひとりが片手を離してバンのドアノブを掴み、金髪坊主頭にアイコンタクトを取った。ツーポイントのスリングにMP5A3を吊っているが、両手は離れている。もうひとりはショルダーホルスターに大型の拳銃を入れているらしく、服のシルエットがいびつになっていた。二人はバンの荷室にポリタンクを置くと、ひと仕事終えたように大げさなため息をついてから、バンのドアを閉めた。MP5A3を背中に吊った男が、金髪坊主頭に言った。
『連れていくのか?』
『もったいない。こいつは残す』
一体、何のやり取りをしているんだ。真山は疑問に思いながらスウェディッシュKのグリップを握り直すと、反対側で待機する林に小さくうなずき、MP5A3を吊った男の後頭部に一発を撃ち込んだ。そして、もうひとりがショルダーホルスターに手を伸ばして拳銃を掴んだとき、その左耳にもう一発を素早く撃ち込んだ。籠った銃声と共に飛び出した林が、真山の方を向いた金髪坊主頭の後頭部に強烈なバットの一撃を食らわせると、返す手で黒髪の腹に柄をめり込ませた。前のめりに倒れた金髪坊主頭が朦朧としたまま体を起こしたとき、林は追加の一発を頭頂部に叩き込んだ。かき氷のシロップが染みこんでいくように金髪が真っ赤に染まっていき、その体は横向きに倒れたまま動かなくなった。真山は、糸を切られたように倒れて死んだポリタンクの二人をやり過ごすと、腹を押さえてうめいている黒髪の男に近寄った。
「名前を聞け」
林はベルトのポーチから手錠を取り出し、黒髪の後ろに回って両手にかけた。そして、ほとんど同時に頭を掴んで引きずり上げると、耳元で名前を尋ねた。そして、小声で答える黒髪の男に耳を傾けながらうなずき、親指を立てた。
「名前は、モリタだって。日本人だ。大当たりだね」
タレコミ屋の噂話は、本物だった。真山は小さく息をついたとき、地面に広がる血だまりに気づいた。ついさっき撃ち殺した二人とは全く違う方向から流れ出したもので、その色はほぼ黒色に変色して乾いている。同じことに気づいた林が檻に目を向けて、目を見開いた。真山はその目線を追って、すぐ森田に向き直った。
「仕事か、遊びか?」
「知らないよ、これがこいつらのやり方だ」
森田は黒髪を横に振りながら否定した。真山は鼻で笑った。
「お前らの、だろ」
「おれはただの仲介役だ。あんたが撃ったそいつらが、親だけじゃなくて娘も捕まえたんだ」
真山は、猛獣用の巨大な檻に再び目を向けた。その言葉だけで想像はつくが、説明は何ひとつ果たされていない。林は血の跡を辿り、檻に背中を預けて死んでいる男に目を向けた。
「ど真ん中を撃たれてる、正面からだ。撃ったやつは腕がいいな」
真山は、森田の首を掴んで立たせると、実況検分に付き合わせるように檻の前へ押しやった。林は扉を強く揺すり、鍵がかかっていないことに気づいて小さくため息をついた。
「マーさん」
真山は、森田の体を押して林に預けると、首を横に振った。
「まだ、分からない」
死んだ男の向かいに、青いパジャマ上下の少女が倒れている。上半身の半分は血で変色していて、体をくの字に折り、その手には弾切れになった拳銃が握られていた。銃口は自分の首元に向いており、その人差し指は引き金を絞り切っている。背中が微かに上下しており、息があるということに真山は気づいた。
「おい、聞こえるか」
床に向けられた目は見開かれていて、薬が全身を巡っているのか焦点が合っていない。真山は、その右手が握りしめる拳銃に弾が残っていないことを目で確認してから、言った。
「これは、危ないから。力を緩めてくれ」
言葉で何を言っても無駄だろう。そう思っていたが、ずっと強張っていたその指先から力がするりと抜けて、真山は少女の手から拳銃を取り上げた。最新型のグロック19で、弾倉には十五発入る。しかし、死んでいる男は一発だけ撃たれていた。
真山が説明を求めて目を向けると、森田はグロック19に全ての責任があるように、指差した。
「あいつらは、頭がいかれてる。すぐに始末すりゃいいのに、おもちゃにしたんだ。まず、その男を薬でハイにした。普通のやつじゃない。帰ってこられなくなるやつだ」
林がうんざりしたように宙を仰いだ。
「めちゃくちゃだなー、あれかよ。娘が誰か分からなくなるぐらいにラリッてたのか」
真山は林を小突いた。その『娘』は死んでいなくて、おそらく耳も生きている。林が気まずそうに肩をすくめたとき、真山は森田の方を向き、抑えた声で言った。
「娘に銃を持たせたのか」
「一発だけ装填して、撃てるか試したんだ。暴れるから、ダウナーのカクテルで大人しくなってる。放ってたら、今日中に死ぬと思う」
森田は、真山が音量を落として話している意味を理解し、さらに抑えた声で答えた。林が舌打ちし、死んだ男のショルダーホルスターからS&WM66を抜いた。
「まったく、人間じゃないな」
「これを考え付いた奴は、ここにはいない」
森田は慌ててそう言うと、時計を指差した。
「あと一時間ぐらいで帰ってくる」
森田の言葉を黙って聞いていた真山は、少女の握る拳銃の銃口が自身の胸に向いていた理由を悟った。まず、自分の身を守るために父親を撃った。次に終わらせようとしたのは、自分の命だ。立ち上がると、真山はMP5A3を持っていた男の体を探り、ナイフを抜いて戻ってくると、森田に言った。
「人間、一番怖いのは、次に何が起きるか分からない状態だ。そうだろ?」
森田が話を合わせるようにうなずくと、林は思い当たる節があるように眉をひょいと上げた。真山は続けた。
「そいつが戻って来るのだとすれば、この子は次に何をされるか分からなくて、相当怖い思いをしていたはずだ」
林が咳ばらいをしたとき、真山は森田の後ろに回ると、首に手を回した。
「だから、あんたにはちゃんと教えてやるよ」
森田が血走った目でその顔を追いかけようとしたとき、真山はナイフをその頭に当てた。
「今から、頭の皮を剥ぐ」
刃が食い込むのと同時に悲鳴が上がり、おおよそ三十分が経ったとき、森田は血まみれになった頭を中心に痙攣しながら死んだ。
「待ちが長いんだ。もうちょっと遊ばせろよな」
ナイフを地面に捨てながら真山が言うと、林は苦笑いを浮かべた。
「あんたも、ときどき人間か怪しくなるね」
真山は愛想笑いを返したとき、檻の中でうずくまっている少女と目が合ったことに気づいた。すぐにでも檻から解放したいが、それはまだできない。これを考え付いた奴がまずやることは、檻のチェックだろう。目当てが消えていればその時点で大騒ぎになる。林と肩を並べて床に腰を下ろし、残りの三十分が過ぎるのを待った。
しかし、森田の言っていた男は、それから一時間が過ぎても帰ってこなかった。真山は言った。
「張り込み失敗か」
「マーさん」
作品名:Savage Reflection 作家名:オオサカタロウ