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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Savage Reflection

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 笹川はそう言って上着の裾をぴんと伸ばし、拳銃を完全に隠した。香織は唇を固く結んだ。旦那は酒が弱い。真山さんが見たら、絶対に止める現場だ。そう思って香織が腰を上げかけたとき、笹川は目だけを向けた。ハートビートが流れる中『次は、あいつか』と言っていたときと同じ目。つまり、これは『裏切り者掃討作戦』の一環なのだ。香織が体の動きを止めると、笹川はウィンクをしてから言った。
「ヨウと連絡が取れない件、もうちょっと頑張ってくれないか」
「分かった。気をつけてよ」
 香織が言ったとき、私物のリュックサックを持って戻ってきた白猫は、笹川に手招きされるままに外へ出た。セントラの運転席側に回った笹川は、白猫のリュックサックに吊られたベースボールキャップに目を向けながら、言った。
「途中で車を入れ替える。帽子を被ってろ」
 白猫は言われた通りにカラビナから帽子を外すと、目深にかぶった。助手席に乗り込むのと同時にエンジンがかかり、シートベルトを締める直前に笹川はセントラを発進させた。白猫は笹川の横顔をちらりと見た。ここ数日、本当に眠ろうとしない。それは、香織の言う通りなら、闇市場に流通している『眠気を飛ばせる悪い薬』を飲んでいるからで、外科医時代からの悪癖だったし、結果的に、常習していた夫婦揃って職を追われるきっかけになった。睡眠薬を飲まないと眠れない白猫からすれば、真逆の薬があるのは不思議だった。
「運転、代わりますよ」
 白猫が言うと、道路の先をまっすぐ見据えている笹川は、視線を逸らせることなく首だけを横に振った。
「大丈夫だ。薬が切れたら言うよ」
「わたしは眠れないので、寝そうになる笹川さんとちょうどいいのかもしれないです」
 白猫が言うと、笹川はうなずきながら笑った。車中の空気が軽くなり、白猫は勢いに任せて続けた。
「どうして、仲間を殺して回るんですか?」
「簡単に言うと、裏切りだよ。おれ達が今までに対峙してきたのは、敵だ。敵ってのは、おれ達とは反対側に立っていて、銃口をこっちに向けてる。そういうもんだろ」
 笹川は早口で言うと、白猫の相槌を待つことなく続けた。
「今回の敵は、全く違う。おれ達と同じ側に立ってて、その銃口をおれ達の背中に向けてるんだ」
 白猫はシートの背もたれから背中を浮かせると、唇を固く結んだ。笹川はシフトレバーを操作しながら、結論付けるように言った。
「さっきのメルセデスの殺し、そのきっかけになったのは倉庫の手入れだったろ。おれは、一週間前から別で見張りを雇ってた。下見が来たらしいが、私服と制服の両方がいたそうだ。しかもそいつらは、裏口やら天井やら、建物の構造をあちこち調べて回ってたらしい」
 学校の先生がやるように言葉を切ると、笹川は白猫の方を向いた。そこから繋がる答えを求められていることに気づいた白猫は、首を少しだけ傾げて、明後日の方向に目を向けた。
「内通者がいる場合、警察はその人が指定した入口から静かに来ます。建物を見てたってことは、突入の準備をしていたってことですか?」
 白猫は早口で言い終え、良い反応を期待するように笹川の方を向いた。笹川は口角を上げてうなずくと、前を見たまま言った。
「冴えてるな。そう、手入れが目的じゃない。あれは多分、おれと香織と鹿野を殺すためのお膳立てだった」
「行かなかったですよね。でも、警察は決行したんですね」
 白猫が言うと、笹川は大きく開いた目を向けた。
「そう、そこが応用問題だな。正解はない。どう思う?」
「今回は普通の手入れを装って、次に揃うチャンスを待つってことですか。だとしたら、相当余裕のある組織ですね、相手は。次もあるし、次の次もあります」
 白猫がつらつらと言い、笹川はハンドルをコツコツ叩きながらうなずいた。
「いい考え方だ。お前と話すのは、いつだって面白いよ」
 誉め言葉にくすぐられたように、白猫は首をすくめながら口角を上げて微笑んだ。笹川は続けた。
「三年前からすれば、信じられないことだ。真山さんが連れて帰ってきたとき、言葉すら話せなかったろ」
 白猫はうなずくと、今は長袖の下に隠れている治療跡をうっすらとなぞった。
「香織さんが頑張ってくれたおかげです」
 薬でそのまま命を落とすか、薬を抜いている間に禁断症状で死ぬか。その間を狙って治療するのは至難の業だったらしい。
 ここに来る前に起きたことは、誰にも話してはならない。聞かれたらただひと言、『覚えていない』と答えろと、真山さんからは言い聞かされている。
 
 
一九九九年 十月 台北市 ― 三年前 ― 
 
 真山は、サプレッサーが取り付けられたスウェディッシュKを構えて、神経質な仕草で肩から離した。
「リン。これ、発射炎は出ないんだな?」
「ハッシャ……? なに? マーさん、簡単な日本語でたのむよお」
 警察官の制服に身を包んだ林は、金属バットを素振りしながら笑った。麻薬精製工場。エーテルが満たされたドラム缶に当てたら、工場全体が火に包まれて一巻の終わり。発射炎すら命取りになりかねない。
「火だよ。ファイヤー。フラッシュ」
 真山が銃口を指差しながら言うと、林は意味を理解したように口を開けて笑った。
「あー、マズルフラッシュね。だいじょうぶだろー。ハロウィンだから、花火も悪くない」
「仮装して来ればよかったな。しゃあねえ、火だるまになるか」
 真山はスウェディッシュKを片手に持ったまま、木の板が雑に敷かれた通路を歩き始めた。川沿いに開いたコンクリートのトンネル。その先に階段があって、工場のど真ん中に出ることは分かっている。林と陳がタレコミ屋を使って、かき集めた情報。新進気鋭の麻薬密売組織で、日本人の手引き役がいる。資産家を誘拐して資金集めをしている危険な組織だ。構成員はまだ少なく、噂では八人。この工場には四人いる。
 林は肩が強く、バットのひと振りを首筋に当てる技術も持ち合わせている。前情報では、武装しているのは四人の内二人。真山がトンネルの終点で足を止めたとき、林は小声で言った。
「マーさん、お守りは?」
「あるよ」
 真山はジャケットの裾を持ち上げて、デサンティスのレザーホルスターに収まったコルトM1911A1を見せた。シリーズ70と呼ばれるモデルで、いわゆるコレクター向けの銃だが、現場で使っている内にあちこち傷だらけになった。林は小さくうなずくと、足音を殺して階段を上り始めた。真山はスウェディッシュKを構えて後ろにつき、林が素早くドラム缶の後ろまで移動して隠れるのと同時に、反対側に停められたバンの真後ろに移動した。猛獣を入れる檻のような鉄の塊が置かれていて、その前に丸腰の構成員が二人いる。その会話を耳に留めながら、真山は息を殺した。かろうじて聞き取れた単語。金髪の坊主頭が『奴らにはもったいない』と言い、長い黒髪がやや拙い口調で『連れて行かないのか?』と応じた。林が反対側のドラム缶脇から少し顔を出し、真山は指を二本立てて、手を左右に振った。林にはこれで二人が丸腰だということが伝わる。真山はバンの背後に隠れたまま、音の出元を探った。液体がタンクの中で揺れるような音が、奥の方で鳴っている。その音に二人分のすり足が混ざったとき、気づいた。何かを運んでいる。
作品名:Savage Reflection 作家名:オオサカタロウ