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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Savage Reflection

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「夕方から、じっくり炙ってましたよ」
 香織はそう言うと、青いフレームの眼鏡をぐいっと持ち上げた。鹿野は皿を並べたとき、部屋の中をぐるりと見回して、言った。
「ヨウさんがいませんね」
 香織はサラダボウルにプチトマトを空爆のように放り投げると、困ったように眉を曲げた。
「ヨウさん、電話に出ないんだよねえ」
「今日に限って、か」
 笹川はそう言うと、冷蔵庫からハニーラガーのボトルを二本取り出した。一本は自分用、もう一本は唯一酒を飲む真山のためだが、真山は首を横に振った。
「後で上役と会うから、酒は遠慮する」
 笹川は肩をすくめると、二本とも自分の席の上に置いた。そして、電子レンジの上に置かれた安物のCDプレイヤーを起動すると、再生ボタンを押して香織に手を伸ばした。バディホリーのハートビートが流れ出して白猫が手拍子をすると、香織は呆れたように目をぐるりと回した。
「ちょっとお、食べる前にやめてよ」
「いつも、食べた後はやめてって言うだろ」
 笹川はそう言うと、香織の手を引いて即興のダンスを踊った。鹿野が肉を切り分けていく間、白猫の手拍子が続き、全く関係のないテレビを見ている林と陳の笑い声が混ざる。ヨウはぎりぎりまで我関せずといった様子で銃を整備しているのが常だったが、今日はその姿すらない。二分程度の曲が終わり、笹川は香織の手を離しながら小声で呟いた。
「次は、あいつか」
 香織は口角を上げて、首を傾げた。
「かもしれないね」
 ヨウを除いた全員が卓につき、食事が始まってからも、白猫はがらんとした席にちらちらと目を向けていた。後片付けが始まったとき、真山は白猫を手招きした。ヨウが住みこんでいる二階に上がると、真山はマスターキーを部屋の鍵穴に差し込んで回した。そして、口元に人差し指を置き、静かにするよう促した。白猫が素直に息を止めたとき、真山はドアを開けて、手で中を示した。荷物すらなくなっていることに気づいて、白猫は目を見開いた。
「ヨウさん、逃げたんですか?」
「あいつらには言うなよ。疑心暗鬼になってる」
 真山の言葉に、白猫はその顔を見上げた。なら、どうして自分に言ったのか。その心情を汲んだように、真山は小声で言った。
「この組織は、もうすぐ終わる。本格的に危なくなる前に、出て行く準備をしておくんだ」
「ヨウさんがどこに逃げたか、知ってるんですか?」
 白猫が首をかしげながら言うと、真山は小さくうなずいた。
「なんとなく、想像はつくよ。お前も別の方法で、ここから抜け出せる」
 救急車のサイレンが窓の外を通り過ぎていったとき、真山はポケットからシルバーのネックレスを取り出し、ロケット部分を持ち上げて白猫に見せながら、言った。
「中に、ロッカーの場所と暗証番号のメモが入ってる。ロッカーの中身は、リュックサックだ。開けたら、中身のどれがどういう意味を持つか、お前なら分かるはずだ」
 白猫は受け取ろうとせず、真山はため息をついて手を掴もうとしたが、体ごと素早く避けた白猫は、笑いながら言った。
「受け取りたくないです」
「真面目な話をしてるんだ」
 真山はそう言うと、自分が教えた通りの動きで避けて回る白猫を何度か取り逃がし、ようやく肩を掴んで壁に追い詰めると、押し込むようにネックレスを手渡した。
「遊んでいる場合じゃない。本当に大事な話だ」
「みんなで、逃げるんですよね?」
 念を押すような言葉に、真山は首を横に振った。確かに、白猫からすればこの小さなコミュニティは家族だ。しかし、全員が逃げ出すことはできない。それができるのは、別の場所で必要とされている人間だけだ。そして、そんなことを細かく言えば言うほど怒らせてしまうということも、理解している。真山は姿勢を正すと、言った。
「日本に、人を欲しがってる組織がいるんだ。そこなら、その腕前をもっと生かせる」
「別に、わたしじゃなくても」
 白猫は口を尖らせたが、ようやくネックレスを自分の持ち物と認識したように、手の中に包んだ。真山は隙を逃すことなく、言った。
「とにかく、それは肌身離さず持ってろよ。少しでも危ない空気を感じたら、すぐに使え」
「はい、そうします」
 白猫はそう言うと、ネックレスを綺麗に伸ばしてから丁寧に畳んでポケットへ仕舞いこみ、真山に小さく頭を下げてから階段を下りた。さっき二階に上がる前に見えていたのと同じ景色なはずなのに、膜が張ったように全員が別人に見える。表情に出してはいけない。そう思いながらソファに腰掛けると、香織が言った。
「大丈夫?」
「えっ、はい。大丈夫です」
 声が裏返りそうになり、白猫は咳ばらいをした。隣に座った香織は細く整えた眉をひょいと上げると、笹川に言った。
「怖い思い、させてないよね?」
「おれが? そんなわけないだろ。こいつと一緒にいたら、怖い思いをするのは相手の方だよ」
 笹川は呆れたように笑いながら言うと、通りがけに白猫の頭をぐしゃぐしゃに撫でながら物置に入っていった。あちこちに跳ね返った白猫の茶髪を元に戻しながら、香織はため息をついた。
「ごめんね、ほんと。旦那だけど、たまに殺したくなる」
 香織の口調は、真剣なときと冗談の区別がない。白猫はくすりと笑うと、香織の方を向いた。
「そんなこと、冗談でも言ったらだめです」
「優しいなあ。実際、どうだったの?」
 銃の扱い方をほとんど知らない香織は、現場に出ることがない。白猫はソファに深くもたれかかって軽く横になると、ライフルを構える仕草を再現しながら、言った。
「こうやって、後部座席に横になって。信号で相手が並んだときに撃ちました」
 香織は目を丸くして、小さく拍手をした。白猫は横になったまま、歯を見せて笑った。現場に出ている仲間は、誰も褒めてくれない。面白がって、怖がるだけだ。
 初めて『バイマオ』と呼んだのは、香織だった。漢字で『白猫』と書くことを知ったとき、不思議な感じがした。習ったことのある文字だったし、すぐにシロネコという読み方が頭に浮かんだから。
 過去に繋がる線は、一本しか残されていない。それは私立中学校の生徒証明書で、顔写真のフレーム内にはぼんやりとした目つきの少女が収まっている。もちろん、それが自分だということは目や顔の形ではっきりと分かる。ただ、制服姿の自分はあまりにも弱々しく、その表情は緊張している。正直、今の自分と同一人物だとは認めたくない。同じように考えているからなのかは分からないけど、真山さんにも誰にも見せるなと言われている。だから言う通りにしているし、これからもそうするつもりだ。
 白猫が横になったまま香織と目を合わせたとき、笹川がセントラの鍵をくるくると回しながら戻って来て、言った。
「バイマオ、三日ぐらい空けられるか? 誰も死なない、探偵みたいな仕事だ」
「はい」
 白猫は即答すると、体を起こした。香織が心配そうに見つめていることに気づいた笹川は、ルガーGP100をベルトに挟み込みながら笑った。
「急用だ」
「さっき、飲んでたよね? 酔ってないの?」
「あんなの、飲んだうちに入るかよ」
作品名:Savage Reflection 作家名:オオサカタロウ