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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Blindfold

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 情報を組み合わせると、あの高校生の店員は『片狩みお』で、よく働くというのは動きを見ているだけでよく分かる。店内を自分の体の延長のように見渡していて、客がグラスを空けたり、爪楊枝を探して目を泳がせたり、そういう細かな動きを見逃すこともない。
 十年前と変わらないお通しが出る、地元民と観光客が半々で訪れる居酒屋。変わったことと言えば、前はいなかった店員の片狩美緒が二人分ぐらいの働きをしているという、前向きな事実ぐらい。山野彩菜なんて、初めからいなかったみたいだ。そう思ったとき、加藤はハイボールの味が歪むのを感じた。自分でもよく理解しているが、嫌な味だ。こういうときは、ろくなことを思いつかない。
 例えば、勢いに乗ってもう何人か、ここで殺していた方が良かったかもしれないとか。
 今思い返せば、チャンスはあった。数日後に、事件現場をぼうっと眺めている女の子を見た。後ろ姿しか見えなかったが、山野彩菜と同級生ぐらいで、いいカモにすら見えた。結構な勢いで流れる川面を眺めながらピクリとも動かず、ランドセルは土手の斜面に寝かされていた。その右手に小さな花束が握られていることに気づいたとき、目的に気づいた。山野彩菜の友人で、献花に訪れたのだ。静かに近寄ってランドセルの蓋をそうっと開くと、中はぐちゃぐちゃだった。飛び出したプリントが気になり、端に詰め込まれたペンを抜くと、ちょっとした書置きを残して元に戻した。
 そんなちょっかいをかけたのは、山野彩菜が早々に事故死と断定されたことが不本意だったのもある。ただ、二人目を川に突き落としたいという欲求だけは、どうにか抑えた。名残惜しかったのは事実で、足音を立てずにその場を離れ、髪をお団子にまとめた後ろ姿をもう一度振り返ったときに思ったことは、今でも鮮明に覚えている。
 それは、一体どんな表情をしているのだろうということ。
 これだけ凝視されたら振り返るのではないかと思ったが、しばらく経っても女の子は動かず、車のエンジン音が近づいてきたから、結局その場から退散した。
 当時のことを思い出しながらハイボールを半分ほど空けたとき、客が二組帰っていき、加藤は突然閑散とした店内を見渡した。奥でエプロンを脱いだ片狩が、学生鞄を肩にかけて山野夫妻に頭を下げた。
「あがりまーす」
「お疲れさま」
 山野夫妻が合唱のように声を合わせて言い、片狩は厨房越しに加藤にも頭を下げた。
「ごゆっくりー」
     

『もしよければ、バイトしたいです』
 地元民が同じ時間帯に集うスーパー。レジで並んだ山野祥子と世間話をしていて、そう言ったのがきっかけだった。そして、もう一年半続いている。片狩美緒は自転車にまたがり、骨伝導のイヤホンを耳にひっかけると、スマートフォンを操作して音楽をかけた。無音の空間には耐えられない。自分がそういう性格だと分かったのは、居酒屋で様々な『音』に囲まれるようになってからだった。知らない人たちの会話、邪魔にならない程度の音量で流れる有線の音楽、色んな食材を包丁が刻む音に、フライパンの中で何かがぱちぱちと爆ぜる音。触れると火傷するかもしれないけれど、遠くで囲んでいる分には体を温めてくれる何か。
 家にもそういう音はあるけど、あまりにも静かだ。
 四歳のとき、ショッピングモールで友達の麻由里ちゃんとばったり出くわした。もちろんお互いに家族が一緒で、不思議に思ったのは、麻由里ちゃんとママの隣に、もうひとり大きな男の人が立っていたことだった。絵本でもよく登場するから、その存在はなんとなく知っていた。『パパ』と呼ばれる家族の一員で、その日、自分にはいないのだということと、『離婚』という単語を理解した。
 ママは四十二歳。昔は美人で有名だったらしいけど、今は疲れた顔をしていることが多い。ただ、本当に色んなことに気が付く。だからわたしも、バイト中はできるだけ真似をしている。とにかく過保護で、このアルバイトが許されているのも、家まで自転車で五分半の距離だから。コンビニに立ち寄って帰ったときが最長記録で、八分かかった。二分半の間に三回着信があって、三回目はコンビニから家までずっと会話が続いた。
 今日はペダルを漕ぐペースが速いから、四分台で着きそうな気がする。片狩はマンションまでの緩い下り坂でペダルから足を緩めると、ブレーキに触れた。このブレーキだって、細い金属の線で繋がっているだけだ。もし千切れたら、この自転車はどんどんとスピードを上げて、隣の一戸建てのブロック塀に激突する。人の命なんてものは、それぐらいにあっけない。だから過度な心配は、体に悪いだけだ。
 ブレーキを握り込むと、ワイヤーはいつも通りの仕事をして、自転車は急激に減速した。自転車置き場に立てかけてロックし、片狩はオートロックを解除してロビーへ入ると、すぐにエレベーターを呼んだ。ママ曰く、人の出入りを確認してからの方が安全らしい。誰かが待ち伏せている可能性もあるからだ。でも、一年半のバイト生活で、住人以外の人間を見たことがないし、住人もほぼ固定メンバーだ。今日は誰もおらず、片狩はひとりでエレベーターに乗り込むと、六階のボタンを押した。
 六階に着き、エレベーターを降りていつも思うのは、青白い蛍光灯で無機質に照らされる廊下の方が、一階よりよほど薄気味が悪いということ。誰も気にしないけど、ぜいたくを言うならもっとオレンジがかった、暖かい色合いにしてほしい。片狩は早足で廊下を歩き、六〇三号室の前に立った。表札は『片狩』と書かれていて、その下に小さく『かたかり』とフリガナが振ってある。周りを一度確認した後、片狩は鍵を回してドアを開き、中へ入るなりすぐに閉じて、ロックした。
「ただいま」
 外から帰ってきたときにしか分からないが、いつも通り焼きたてのパンのような香りがする。今日も同じで、ママはテレビの音量を下げると居間から顔を出した。
「おかえり」
 そう言って鞄を部屋の前に置くと、片狩は洗面所で手を洗い、部屋に戻って手早く部屋着に着替えると、居間に滑り込んだ。
「なに見てたの?」
「ニュース」
 その表情は、相変わらず何かを心配している。ママ、お母さん、色んな呼び方があるけど、外の世界での片狩恵令奈は建築資材を扱う業者の正社員で、いわゆるバリキャリだったが、ここ十年は一線から引いて、残業の少ない部署を渡り歩いている。
「明るい話題はあった?」
 片狩が言うと、ママは首を横に振った。
「来週から、大雨だって」
「最悪じゃん」
 相槌を打つと、ママは両手で持ったカップからココアをひと口飲んで、言った。
「バイト、どうだった?」
「いつも通りだよ。佐々川さん夫婦と、山手さん。一見さんがひとりいたかな」
「どんな人?」
 ママの目が険しくなった。ココアから上がる湯気で元々細めていたから、瞬きしたようにすら見える。片狩は営業スマイルを作った。
「ハイボール、とん平焼き、タコさんウィンナー」
 笑ってもらおうと思って、敢えてふざけた口調で言ったが、ママは笑わなかった。
「その飲み方は、給料日前の男だね。話しかけられた?」
作品名:Blindfold 作家名:オオサカタロウ