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剣豪じじい  3章

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「ここはな、将軍様の野菜を育ててる畑だ。見ろ。めちゃくちゃにしやがって。明日献上する長芋も絹さやも、みんな踏み潰しやがった。将軍様の畑に侵入し、作物を荒らしたらどうなるか分かってるのか。全員不敬罪だ。捕縛されてお裁きを受け、打ち首だ。そこの二人は侍だから切腹だ」

まるでお裁きの奉行のごとく、言い放つ。
五人の男たちは刀を握ったまま、なんだって?と互いに顔を見合わせた。
寅之助はとっさに、背を丸め、つらそうに五、六歩はなれた樫の木までよろけてみた。
か弱わそうなじじいを、演じてみたのだ。

「それっ」
合図があった。
「捕まえてお奉行にさしだせ」
竹槍をかまえ、お百姓たちがなだれ込んでくる。
一対一ならば、突いてくる最初の一撃が打ち払えれる。
そして、からだを反らし、脇に逃げ、相手になれる。

だが、そうもいかなかった。
一人が突きだす竹槍を払い除けても、次々と竹槍が突きだされる。
おおよそ一対八である。
竹槍は、山芋の蔓を絡ませている作物の用具だ。
しかし、その先は尖っている。
長さは刀の四倍ちかくもある。

お百姓たちは必死だった。
犯人を捕まえなければ、自分たちが罰せられる。
将軍の畑を守るためならば、相手を殺してもかまわないのだ。
お百姓たちは残った下半身を狙い、次々に竹槍を突きだす。
ぎゃっ、と叫び声があがる。

「とどめは刺すな。生き証人だ」
顎長の頭が命じる。
お百姓側も斬られ、五、六人が倒れた。
薬持ちの男も二人の会津藩の侍も抵抗したが、前後左右から長い竹槍で太股を刺された。

残るは、樫の木の幹にしがみ付き、必死に這い上がっていた寅之助だけになった。
「おい、そこのじじい。腰に二本差して木に登る侍なんて初めて見るぜ。おりてこい」
顎長の頭が、六メートルほどの高さの寅之助に呼びかけた。
お百姓たちが、ぐるっと樫の木を取り囲んでいる。

この人たちはただのお百姓ではない──と寅之助はふとそう思った。
「おまえ、骨っぽいじじいのくせに、こいつら堂々と斬り合っていたな、何者だ」
顎長の男も、寅之助を只者と思わなかった。
竹槍を持ったお百姓たちが、油断なく木の上を見守る。

「おい、答えろ。その歳であいつらとやりあったおまえは、剣術遣いか」
「そうだ」
答えられる質問だった。
「名を名乗れ」
「松下寅之助」
まさに五人の男たちが追ってきた男の名前だった。

「伊藤一刀斎かとおもったぜ」
なにも知らないお百姓の何人かが、笑った。
なつかしい名前だった。
「剣術遣いの寅之助とやらが、なぜここにいる」
「この先の旗本のお武家様に用があった」
「だれだ、そのお武家さまとやらは」

次郎兵衛の名を告げていいものかと、寅之助は口ごもった。
「言えねえじゃやねえか。おりてこい。ここは御用地だ。徳川様の樫の木に無断で登れば罪になるぞ」
「無断じゃない。許可書をもってる」
とっさに寅之助は、おもいつきで返した。

「おりて、今その許可証を見せる」
寅之助はゆっくり、幹をすべった。
お百姓たちが、不思議そうに顔を見合わせている。
根元に着くと、懐に片手を入れて鼻紙をつまみ出す。
顎の長い男が背後に立ち、じっと寅之助を見守る。

寅之助は、一刀斎の形見の刀をしっかり腰に差しなおし、突破できる箇所がないかと見渡す。
山で一刀斎が前後斬りをやったその刀で、頭(かしら)をぶった切ろうとしたが、相手はなにかを感じ、すっと離れた。
「さあ、許可証だ」
寅之助は懐から半分鼻紙を出し、叫んだ。

「そんなもの、あるわけねえだろう。それっ」
頭はひっかからなかった。
待ちかまえていたお百姓たちが、竹槍を構えた。
いくら名刀を携えた剣豪でも、四十人ほどの男に竹槍で囲まれたら勝ち目がない。残るは、青雲斎の得意技である飛跳(ひしょう)の術だ。

しかし、極意を教わり、訓練したわけではない。
見様見真似だ。命が惜しければやるしかない。
刀が杖代わりだ。
「もう一度訊く。年寄りのお前が、なぜここで連中と戦っていた」
頭がまたしつこく聞いた。

「おれがだれと戦おうと、こっちの勝手だ」
「やれ」
頭の号令がくだった。
「いやあ」
男たちがかけ声ともに、竹槍を突きだした。

寅之助は全身全霊で飛び跳ねた。
見事、二メートルほどの高さに舞い上がった。
が、ただ真上に浮いただけだった。
青雲斎は、飛んだら違う場所に着地する。

しまった、とおもったが遅かった。
寅之助は、四十人が同時に突きだして平面状になった竹槍の上に落下した。
だが、つるつるの竹に足を滑らせ、腰から地面に転がり落ちた。
「覚悟しろ。たわけ」
頭のかけ声に、全員が竹槍の先で狙いをつけた。

「まちなさいっ」
それは女の叫び声だった。
いつのまにか樫の木のある畑の道に、着物姿の腰元が立っていた。
びっくりして振り返る、お百姓たち。
その人垣の割れ目から、籠が見えた。

赤や緑の房で飾られ女籠だ。
幕府の女性の関係者しか利用できない、特別の乗り物だ。
籠を担ぐのは男だが、付き添う徒歩(かち)の者は腰元と呼ばれる女性だ。
その籠の簾(すだれ)がめくられ、一人の女性が姿を見せた。

「顎の平蔵」
「はい」
年寄りにしては張りのある女の声だった。
『顎の』と呼ばれた百姓の頭は、かしこまった。

「怪我人が転がっているようだが、騒動か?」
「ごらんのとおり、畑が目茶目茶です。不審者を捕らえ、ただいま最後の一人を取り押さえるところでございます」
「不審者とな。何者であるのか?」
「この者は、年寄りの侍のくせに、五人を相手に斬り合ったり、飛び跳ねたり、かなり怪しげなじじいでございます」

籠からおりた着物姿の女が、お百姓たちが空けた輪のなかを覗いた。
もみじの葉を散らした小紋を着、後ろ帯を締めている。
「お鈴」
叫んだのは寅之助だった。
綺麗な着物を着ていたが、まちがいなくお鈴だった。

「寅之助様」
老婆も声をあげた。
「顎の平蔵、なにがあったのだ?」
お鈴は、お百姓の頭の男に訊いた。
「私の質問に答えてくれなかったので、賊の一人と判断しました」

「おい、危うく殺されるところだったぜ。お鈴、何者なんだこの連中は」
立ち上がった寅之助が、刀を腰に治めなおす。
「この者たちは、私の部下です。この件については、あとでゆっくり説明いたします寅之助様」

寅之助は、もちろんおどろいた。
自分を殺しかけていたお百姓たちを、ぐるっと見渡す。
頬被りの男たちの目が、それでも怪しく光っている。
お鈴がつづける。

「昔、わたしの村が他の忍びの村に襲われ、生き残った村人全員が徳川様にお召し抱えになったのです。本来はお百姓でしたので、ここの土地を褒賞として与えられ、将軍様の野菜を造りながら、お城と将軍様をお守りしておるのです。今日わたしは寅之助の組屋敷のほうに挨拶にでかけたのですが、留守でした。鶯谷の茶の師匠、長谷川治郎兵衛のところに行ったのだろうと、訪ねてきたところです」

寅之助の素性は、とっくに探り終えているようだった。
「おれも聞きてえ。なぜ鶯谷のお百姓さんたちは、こんなにすごいんだ」
お鈴が、顎の平蔵を顎でうながす。
「小さいころから訓練をしているからな」
顎の平蔵が答える。
作品名:剣豪じじい  3章 作家名:いつか京