悠々日和キャンピングカーの旅:⑪信州の旅
苔むしたような屋根の施設で入浴料を支払い、中に入ると、梓川の支流の谷川の横に、10人くらいで一杯になりそうな円形の石造りの湯船があり、周囲の緑が写り込んだ薄い乳白色の湯が源泉掛け流しの状態だった。そこに身を沈めて、改めて周囲を見渡すと、先ほど覗き込んだ場所は遥か上に見え、湯はそれほど熱くなく、ゆっくりと長湯をしてしまった。
白骨温泉の湯は、湧出時は無色透明だが、時間の経過によって白濁するようで、つかった湯船の湯の量は多くないため、少し薄い白濁色なのだろう。
ここまで上って来た道を引き返し、R158に戻り、松本方面に向かった。
その地点からも、幾つものトンネルが続いた。トンネル内の照明の種類や数はそれぞれに異なっており、明るさもかなり幅があり、暗いトンネル内は注意を要した。
このR158では多くのバスとすれ違った。これは上高地がマイカー規制をやっているためで、コロナ禍の中で、これだけのバスの台数を見たのは久し振りだった。
松本電鉄上高地線の終着駅の新島々駅を通過した。その駅前の駐車場には多くのクルマが停まっていて、多分、先ほどのバスに乗って上高地に向かったのだろう。
松本市の中心街までは下らず、途中から、北アルプスの東側の前衛の常念山脈の麓を走って北上することにした。あとで知ったのだが、その道は「日本アルプスサラダ街道」で、塩尻から安曇野までつながる農道のような雰囲気が続く道だ。
それにしても、塩尻から北上すれば、わずか15kmの道のりを、隣の岐阜県までぐるーっと250kmを1泊2日で走り、上って下って、また上って下って、上った累積高度を計算してみるとおよそ1,600mもあった。
飯田から駒ヶ根もそうだったが、この「日本アルプスサラダ街道」でも、リンゴ園の中を走った。リンゴの種類は同じかどうか分からないが、7月の今、ここでも赤いリンゴは数えるほどだった。
生まれ故郷が九州で、今、静岡在住の私には、収穫時期のみかん畑は見慣れている風景だが、収穫時期のりんご畑は見たい憧れの風景だ。それは、南国の人が雪を見るとはしゃぐように、りんご畑の中の赤い色を見ると気分が高揚してくる。その頃にまた信州を訪れたい。
「日本アルプスサラダ街道」はやがて扇状地を下って扇端部の安曇野に下ってゆくが、「ジル」は常念山脈の山麓を走り続けた。そこは、常念山脈を水源とする幾つもの急な川が形成する扇状地が重なり合う複合扇状地の地形なのだが、走っている時はよく分からなかった。
道の山側に温泉が見えた。そこは妻と二人、妻のクルマで信州を1泊2日の旅行に行った時に立ち寄った場所で、まだキャンピングカーのオーナーになる前のことだ。
妻が訪れたかった神社や観光地を巡り、時々、私好みの信州の山々の展望が見える場所にも行ったりして、夫婦共々、満足した旅行だった。少しだけ、この旅を思い出してみる。
静岡県西部から信州までは、東名、新東名、東海環状自動車道、中央自動車道の4つの高速を使って、諏訪湖が見えるSAに到着。湖を眺めながら、釜めしの昼食を取り、諏訪ICから下道へ。
そこから「諏訪大社上社本宮(すわたいしゃ かみしゃ ほんみや)」に参拝し、その参拝道の店で心太(ところてん)を食べ、そぼ降る雨の中、諏訪湖の湖畔を走り、「諏訪大社下社秋宮(すわたいしゃ しもしゃ あきみや)」にも参拝した。それぞれで柏手を打って祈ったのは、もちろん旅の安全で、これは「ジル」で旅をしている今でも、同じ内容だ。
「下社秋宮」で聞こえていたのは祝詞、その直後、たった今、幸せを誓った二人が出てきた。私たちを含む参拝客から、幾つもの「結婚おめでとうございます」との声が掛けられていた。
そのあとは、松本駅近くの繁華街にあるホテルに直行してチェックイン。
夕食のため、一旦はビヤガーデンに入ったものの、気温がかなり下がっていて、寒さを感じて、すぐに出て、居酒屋に入り、地のものを味わった。確か、イナゴの甘露煮のようなものも食べた記憶がある。
翌朝は天気予報どおりの晴天、カフェの朝食も美味しかった。
松本市内の女鳥羽川(めとばがわ)に面した「縄手通り商店街」でのそぞろ歩きのあとは、松本城に向かった。天守閣への階段で妻は、なんでこんなに急なのとぼやきながらも、手すりをしっかりと握って、一歩一歩、確実に登っていった。天守閣からは松本市内や北アルプスの素晴らしい展望が広がっていた。
そのあとはクルマで安曇野の穂高神社(ほたかじんじゃ)へ、参拝後、神社の入口の対面にあったそば屋に入り、妻はそば、私は山菜うどんの昼食を取った。
安曇野にある日本最大のわさび園の「大王わさび農場」へ。まずは、その入口の手前にある蓼川(なでがわ)の三連水車のある日本の原風景のような情景に心が洗われた。そこは、黒沢明監督の映画「夢」の舞台になった場所で、私個人の日本のお気に入りの景色のひとつに加えた。時折、上流から観光客が乗ったゴムボートが下ってきた。涼しそうだ。そして、大王わさび農場に入り、その広大な美しい水が流れるわさび農場に感激した。見終わったあとのわさびソフトは格別で、あれは安曇野の味なのだろう。
そして穂高温泉郷の「安曇野しゃくなげの湯」につかり、ワインを買ったのは安曇野ワイナリー、そして一気に美ヶ原高原へ。そこの道の駅「美ヶ原高原」のレストランでゆっくりとした時間を過ごした。
ここは日本一高い道の駅とのことで、調べると標高2,000mだった。それにしても、駐車場には多くのバイクが停まっており、ツーリングには最高のロードだ。そして、白樺湖を回って帰路に着いた。
このように、訪れた場所を列記すると、どことなく忙しい旅行だったような・・・、走って、見て、そして走っての繰り返しだった気がする。今、その時の思い出をたどる手段は、撮った写真と妻との会話しかないのが残念だ。
話を今回の「キャンピングカーの旅」に戻そう。
ともあれ、この常念山脈の麓の道を走っていると、かつて、この安曇野に来た時の記憶の断片との再会が続いた。つかった温泉、キャンプツーリングの時に泊ったキャンプ場につながる道、八面大王足湯もあった。それら全てが懐かしい。
という訳で、今回は、安曇野らしい場所には立ち寄らず、ただただ、この山麓を北に向かって走り続けた。それにしても、常念山脈を源流とする河川や用水路を流れる豊富な水量に再び驚かされた。
何やら、古めかしい電車が見えたので、小休止も兼ねて立ち寄った。美しい芝生が広がり、花壇もある気持ちの良い公園だ。
そこの「トットちゃん広場」の電車の中は教室のようで、「窓ぎわのトットちゃん」の世界を再現しているとのこと。黒柳徹子さんの幼少の頃を垣間見た気がした。
この公園は「安曇野ちひろ公園」といって、子供をテーマにした、いわさきちひろの作品や、世界の絵本画家の作品と触れ合える美術館もある。しかしながら、その分野はあまり興味がなかったため、広い芝生の中をゆっくりと散策しただけで「ジル」に戻り、さらに北に向かった。
作品名:悠々日和キャンピングカーの旅:⑪信州の旅 作家名:静岡のとみちゃん