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剣豪じじい  2章

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覆面の一人が両手をひろげ、縁台から跳び下りてきた。
その間にも菊乃は、三人の賊に小刀で抵抗していた。
しかも菊乃は、片腕に雪之丞を抱いていた。

寅之助は、菊乃が捕らわれたときに名乗った男の名前を、ふいに思いだした。
「おい、源兵衛」
一人がちらっと覆面の顔を向けようとした。
「いやあ」
菊乃の黄色い声が響いた。
小手をとられたその男が、手から刀を落とした。

寅之助も、目の前の男に樫の杖を打ち込んだ。
杖を突いた老人だと油断をしていた男は、脳天を討たれ卒倒した。
「おれが相手だ」
寅之助は、源兵衛たち三人に向かい、叫んだ。

と、背後から、しゅしゅっと風を切り、なにかが飛んできた。
おっ……。
あっ……。
うっ……。
三人の男たちが両手で顔を押さえ、うずくまった。

寅之助の背後のお鈴だった。
手裏剣は相手を傷つけ、戦意を奪うときに使う。
顔面や頭部を狙うのだ。
顔に手裏剣を突き立てられた二人が、濡れ縁から跳び下り、逃げだした。

菊乃に立ち向かっていた一人だけが残された。
寅之助は、濡れ縁に跳び上がった。
樫の棒で男の喉を突き、背後の扉に押し付ける。
男の頬にも十字の手裏剣が深く突き刺さり、顎から血をしたたらせていた。

「こら、おまえ、源兵衛だろ」
菊乃が片手に雪之丞を抱き、頭巾の男に小刀を突きつけた。
寅之助が男の頭巾を剥がした。
手裏剣がひっかかり、びりっと布が破れた。
下から、『へ』の字眉の髭面の丸顏が現れた。

「やっぱり源兵衛じゃないか。わたしはちゃんと顏、おぼえてんだよ」
菊乃が雪之丞を抱えなおしながら、その顔をのぞく。
寅之助と同じように、頭のてっぺんに結った髪が揺れる。
ううっと源兵衛がうめく。
菊乃との斬り合いで、手にも傷を負っている。

「おい。答えろ。なんで菊乃と子供の命をねらう」
「……」
「菊乃の屋敷を燃やしたのもお前たちだな?」
「……」

源兵衛は傷の痛みに耐え、血だらけの顏で二人を睨む。
「観念してなにもかも喋るんじゃい」
しゃがれた女の声だった。
背後のお鈴だ。手裏剣を手にしている。

「命令だ……」
源兵衛が怯えた目で、ぽつりと答える。
「だれの命令じゃい」
「知らない」
手裏剣の刺さった顔を左右に振る。

「話すことがないならもう用はねえな。動くな。これを深々と眉間にぶちこむ」
お鈴は手裏剣を握った手を、胸元に構えた。
源兵衛は、おどろいて髭面の口をぱくぱくさせた。

「命令は紙に書かれたものだ。だから相手が誰なのかは分からない。でも、仲間うちの噂だったら話せます。もちろん、事実かどうか分かりません」
根は真面目な男なのか、断りを入れて語ろうとする。
「なんでもいい。話せ」
寅之助がうながす。

覚悟をした源兵衛が、意外な情報を口にする。
「徳川幕府の有力大名の一人に、病弱な一人息子を抱えた殿様がいる。その殿様は当然のことで、息子が亡くなってしまえばお取り潰しになるので、他にも男の子が欲しい。しかし、二人の間に子供ができない。

だが正妻は、わが子を世継ぎにしたいのと新しい子供を造るための側室への嫉妬とで、他の女を許さない。それでもその殿様は、正妻の目を盗んで女中に手を出した。女中は妊娠し、密かに女の子を産んだ。お役目で出仕中の江戸表で知り合った会津の殿様に事情を話し、遠い会津藩の城下に住まわせた。やがてその女の子が大きくなり、最近になって男の子を産んだという話が正妻に伝わった。

有力大名の一人息子は、成長したが相変わらず病弱で将来が不安の身である。しかし世継ぎとして認められ、正妻もそれなりの地位を与えられている。そこまで案ずる必要はないのだが、正妻は考えた。『もしその妾の子が大きくなり、健康であれば世継をそっちに変えられる。子供であっても放っておけない。この世から消えてもらわなければならない』──もちろん、これはあくまでも噂話をまとめたものです。事実も含まれているかもしれなせんが、単なる噂の可能性もあります。これが知っているかぎりの情報です」

「だれなんだ。その正妻とやらは」
「たとえで申し上げただけで、具体的な名前などありません。日本全国、世継ぎに事情のある殿様は百ほどもありましょう。とにかく私は、菊乃の母親と子供を殺せとしか命令されておりません」
「じゃあこの場合、父親のおれはどういう扱いになるんだ?」
気になるので、参考までに訊いてみた。

「剣術の修行のために隠居し、生涯独身のはずのその重臣に子がいるということでしたが、すぐに偽情報であり、本当の父親は御家人の松下寅之助であると分かったのです。しかし、その子の母親は大名の妾の子であり、父親がだれであろうと娘の子は大名の血を受け継いでいます。とにかくこの場合、御家人の父親は治世とは無縁なので、本人はどうでもいいでしょう」

「おい、人が真剣になって聞いているのに、含み笑いなんかするな」
寅之助は、おもわず源兵衛の頭を杖で叩いた。
「とにかくだれの命令でやっているのか。そいつの名を言え。こら、こら」
寅之助はつい、つづけて源兵衛の頭を杖で叩いた。

源兵衛は頭を叩かれ、頬から血を流しながら、むっと口を閉じた。
「やい、源兵衛」
背後のお鈴だった。
「いまおめえは浪人の身らしいが、以前はどこの藩に仕えておったんじゃい」

「当地、陸奥会津加藤藩の御家老、堀主水(もんど)殿に仕えておりました」
今度は、真剣な眼差しで応じる。
「ほう、例の会津騒動だな」
堀主水は、旧会津の加藤藩二代目藩主と争った忠臣である。

「はい」
源兵衛が無念そうに唇を噛む。
「殿の堀主水は処刑されましたが、普通であれば藩主の成明も自らを恥じ、切腹するのが妥当であった。しかし先代の功績に免じられ、石見吉永藩に国替えとなった。そうして、石高を四十分の一に減らされながらも、生き延びた」

源兵衛は、恨みつらみを眼光に滾らせた。
さらに、ここぞとばかり熱をこめる。
「そこに会津藩の新藩主として、出羽山形の保科正之が乗り込んできた。正之は家光の異母兄弟として、江戸に詰め、幕政にかかわり、幕府内で隠然たる力を持った。

当然、会津騒動のお裁きにも加わっていただろう。禄を失った多くの家来たちは、会津騒動につけこみ、保科正之になんらかの策略があったと確信した。保科を討とう、天誅だ、と我々は思った。その怨念は、武断政治を行う徳川への恨みと重なります。我々は情報をあつめ、たまたま知った保科の陰の実力者である青雲斎、そして青雲斎が産ませたという子を抹殺すべく行動を開始した。

ところが青雲斎がすでに亡くなっていたので、菊乃という娘とその子を目標に計画を実行しようとした。ほどよく、菊乃が寅之助に守まれながら会津の母に会うため、江戸から旅立った。だが田島の宿まできたとき、われわれは姿を見失った。

あと二日で会津です。会津の屋敷を見張っていた者も屋敷に入るところを確かめ損なった。しかし、田島をでて三日、四日とたって十分に時間があったので、すでに母子は屋敷内にいると判断し、火を放った。だが、母子も御家人の父親もここにいるようで……」
源兵衛は、濡れ縁に立ちはだかる菊乃と寅之助を、無念そうに見あげた。

お鈴がまた問いかけた。
作品名:剣豪じじい  2章 作家名:いつか京