剣豪じじい 2章
「江戸からも浪人が十人ほど会津にきて、お前たちの仲間とたびたび会っておる。一緒になにかをやろうという魂胆かえ?」
「そのようなことは知りません」
源兵衛の目に、怯えの色が走った。
あきらかになにかを隠していた。
「ではちょっと訊くが、今度の件で成功したらどんな褒賞があるというんじゃ」
「堀主水様のお裁きの再考と、名誉の回復です」
「それは結構なことじゃな。でもだれがそんな約束をしてくれたんじゃい」
「われわれ下っ端は、そこまでは知りません」
と、お鈴の手から手裏剣が飛んだ。
「わあ」
源兵衛の腕に、さらに十字手裏剣が突き刺さった。
「次はおでこじゃい。額から血が吹きでて、お前はあの世だぞ。言え。江戸からきた浪人たちとなにを話した。名誉回復はだれが約束してくれたんじゃい」
お鈴の目が鋭さを増す。
額から油汗を流す源兵衛。
覚悟したようにうなずく。
「今回は、会津の城下を焼き払うつもりだった」
「江戸からきた浪人とか?」
「とにかく、会津若松を焼け野原に……それ以外はなにも知らない」
「しらを切るな」
老婆の声が甲高くなった。
「実は江戸で……」
源兵衛が口を開こうとした。
そのとき、菊乃の腕の中で、雪之丞が手足をもがいた。
「寅之助、あぶない」
菊乃はとっさに叫んだ。
ずり落ちる雪之丞を抱きしめようと、しゃがみ込んだ。
すると菊乃と寅之助が立っていた空間に、それぞれを目がけた小柄(こづか)が飛んできた。
どんどんと音を立て、背後の扉に突き刺さる。
十字手裏剣ではない、小さな二本の小柄だ。
「わあ」
そのとき源兵衛が、額から放物線を描いて血しぶきをあげ、仰向けにひっくり返った。
源兵衛のその額には、深々と小柄が突き立っていた。
「曲者」
お鈴が叫んだ。
着物の裾をひるがえし、背後の藪のなかに飛びこんだ。
もはや、ただの乞食の老婆とは言えなかった。
「菊乃、雪之丞は無事か」
「はい」
返事を聞いた寅之助が、源兵衛を抱え起こした。
「おい、江戸でなにがあるんだ。だれと名誉回復の約束をした」
だが源兵衛は、白目を剝いてこと切れていた。
顔面を赤く染め、眉間に深々と小柄を突き立てていた。
(●3章へ続く)