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ススキノ レイ
ススキノ レイ
novelistID. 70663
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ウィタセクスアリスー言の葉の刃

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 屈託ない嫁は受話器を受け取り、盆を持ってキッチンにいる妻に報告しにいった。
 俺が自分で言うより、嫁が伝えてくれたほうが気が楽ではある。
 会うとはいってしまったものの、彼女はなぜ今頃になって?女は昔の男になどかかわりあいたくもないのではないのか。彼女は旧姓では、と名乗ったのだから結婚はしたのだろう。外国に住んでいる、と風のうわさで聞いたこともあったのだが。
 興味はあるのだが、会うのが恐ろしくもある。というのも、俺が彼女にしてきたことは恨まれても仕方がないことだと思っているから。彼女が俺に好意を持っていたのは薄々わかっていたが、つい深入りしてしまった。ずばり言えば彼女の処女を奪ったのは俺だ。年に数回しか会わなかったが、彼女との関係は数年続き、彼女の適齢期の一番おいしいところを俺が独占してしまっていたともいえる。彼女の青春を無駄遣いさせたようなものだ。その間にいい人でも見つけて結婚して幸せになってほしいと常々願ってはいた。が、そうもいかなかったようだ。彼女は既婚者とばかり恋愛した。完全に俺のせいだと思った。
 俺と別れたいと言ってきたとき、彼女は「好きな人がいる、その人は今はまだ既婚だけど私と結婚したいといってくれている」と指輪を見せた。そんなことは全くあてにならない、俺は男だからそいつのこともよくわかる。自分がそうだから。やめたほうがいい、と言いたかったが、俺が彼女をどうにかしてあげることもできない。俺には引き止める権利はない。ただ、賛同する気にはなれなかった。「そうか、どうだろう、難しいんじゃないのか?うまくいけばいいが」彼女は「そうかもしれない。でもとにかくこれで、先生とはもう会わない」と宣言し、そして俺から卒業していったのだった。
 彼女はわかっていて、俺に別れを告げる口実にその男との話を持ってきたのかもしれない、と後から思った。俺と別れるきっかけにしたかったのだろう。でないといつまでもずるずると俺たちの関係が続き、彼女にとっては際限のない地獄が続く。彼女はなんとか打破しようともがいていたのだろう。ずるいのは俺だ。俺はその間、俺から別れようと言えずにいた。俺を慕ってくれる彼女を無下にできなかったといえば聞こえはいいが、彼女を抱けることに執着し彼女を手放さなかったのは俺なのだ。彼女のためを思えば、早々に見切りをつけて、解放してやるべきだったのに。「はやくいい人を見つけて結婚してくれ」などと口では言ってはいたが、俺が別れてやらなければ、彼女は新しい恋人を見つけることさえできなかったというのに。
 だから、俺が手放さない状況で、彼女は変なもがき方をして余計傷つくようなことになったようだ。彼女が何をもがいていたのかは知らなかったが、とてもこれから結婚するのを楽しみにしているような表情ではなかった。むしろ諦観というか、解放されてさっぱりしたというような。全部俺の責任だと思った。
 彼女は最後に何か質問したような気がする。それに対して俺は「それについては君には本当に申し訳ないことをした」と謝ったと思うが、肝心の質問をよく覚えていない。
 とにかくそんな別れ方をしたのだ。
 
 その彼女が、これほどの時を経て、今更なぜ会いたいなどと連絡をしてきたのか。
 お互い一時的に接点はあったにせよ、それぞれが全く別の世界で生きてきたにも拘わらず。懐かしいというより俺にはむしろ不気味に思えた。復讐だろうか。少なくとも今更俺と寝ようとは思わないだろうし、俺も勃たない。
 そんな気味悪さを抱えながら、とりあえず当日、俺は駅に向かった。街の人口は当時と大差はないが、この駅周辺は彼女がこの地を去ってから区画整理され見違えるようになった。彼女は戸惑うかもしれない、と一瞬思ったが、今はネットで事前にチェックできる時代だ。彼女もそのくらいはしているだろう。
 車をパーキングに停め、駅構内へ向かう。初夏の日差しが眩しい。改札付近にいって待っていると、サングラスをして淡いグリーンのワンピースに生成りのジャケットを羽織り、髪をアップにまとめた女性がまっすぐこちらに向かってきた。女性は歩きながらサングラスを外し微笑む。彼女だった。長い年月を経た再会だが、彼女のまとう雰囲気は昔と変わらなかった。
 その時間帯、駅はさほど混んでいないため待ち合わせをする人間もほとんどいなかったのですぐにわかったのだろう。
 「先生ですね。ご無沙汰してます」
 とにっこり笑いかけてきた。
 若いころは化粧した姿をあまり見たことがなかったので、化粧しパンプスを履いて歩く大人の彼女は新鮮だった。実年齢を知っているが、それよりはるかに若く見える。
 「ああ、ご無沙汰です。君は昔と変わらないね」
 「そんなことないでしょう、だいぶ年はとりましたよ、お互いね」
 「そうだね、俺ももう孫がいるよ。とりあえず、車へ行こう」
 「はい」彼女は周囲を見回し、
 「この辺もだいぶ変わりましたね。もう知り合いがその辺にいる可能性は低いですよね」
 「ああ、そうだね、みんな仕事にでている時間だし、多くがここを離れて都会にでていったりしているからね」
 彼女の姿は目立つので、確かに俺は周囲の目を気にしてはいた。それを察したのだろう。素早く車に乗りこむと、彼女は
 「あの、時間はありますか?」と聞いてきた。
 「ああ、今日は元生徒が来るからファミレスかどこかにいって話すといってあるから、夕方までに帰ればいい」
 「じゃあ、二人だけになれるところに行ってもらえませんか?」
 「え?」
 一体なにを言い出すんだ、彼女は。俺は焦ってくる。
 「ちょっと離れたエリアのホテルとか。あ、こそこそ入るようなところでいいですから」
 「ちょっと、待って。それって」
 俺は完全にパニックになってきた。
 「ええ、ラブホとか、っていう意味です。お金は持ってますので」
 「いや、そういう問題じゃなくて、俺たちはそういうことはもう」
 「ええ、わかってます。よりを戻すとかじゃないですよ。そういうことしなくていいんで、あ、してもいいですけど、そういう場所にいってみたいんです。昔みたいに」
 「君は結婚してるんだよね?」
 「ええ」
 「いいのかい?」
 「先生だって同じでしょう」
 「まあそうだけど、どうしてまた」
 「確認してみたいんです。昔の私はいっぱいいっぱいで何もわからなかったから」
 「ええと、何を確認したいの?」
 「色々です」
 「それはファミレスとかでメシ食いながらとかでは」
 「ダメです。それじゃ意味ないんです。二人だけで会いたいんですから。嫌ですか?もう私とは会いたくなかったですか?」そして彼女は俺の顔をじっと見つめてから目を伏せ、
 「だったら仕方ないですね。諦めます」と彼女はドアに手をかけたので俺は慌てて止めた。思わず止めてしまった、というべきか。この状況で去られても後味が悪いではないか。
 「いや、そうじゃない。君には会いたかったよ、ただ、どうして今、と不思議だったんだ。それに君がもし、俺とそうなることを求めていた場合、俺は答えられない可能性が高いし」