小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

Tread

INDEX|8ページ/9ページ|

次のページ前のページ
 

 高落が言うと、絹山は肩をすくめた。階段を使う律儀な委員長と、エレベーターに向かって松葉杖で歩いていく補佐役。ガリ勉とスポ根。眼鏡と裸眼。黒髪と茶髪。何もかも違うはずなのに、三階で不器用に別れて一階で再会し、揃って会議室へ向かうこの時間が待ち遠しいと思ってしまう。
 今日の議題は、生徒のSNS使用状況について。進行役はいつも通り、学年主任の山城先生。
「注意喚起をするほどではないかもしれないが、まあ参考までに」
 プリントアウトされたSNSの画面には、アカウント名こそ伏せられているものの、見せつけるような悪口や写真が並ぶ。高落はスマートフォンを取り出して、見覚えのある景色を探った。SNSに上がっているのは、ソフトボール部の部室だ。外されたリストバンドが映っている。山城は続けた。
「あまり続くようなら、校内の写真をアップしないように指導しないといけない」
「ソフトボール部の部室ですね。このリストバンドは、夏原さんのやつです」
 高落がそう言って顔を上げたとき、絹山がすぐ横で呟いた。
「数日前の投稿ですね」
 印刷されて滲んでいたが、確かに日付は近い。高落はプリントの最後のページに目を向けて、小さくため息をついた。
「まあ、これはわたしに向けてだろうね。後半は夏原さんかな」
 書き込みは、『学校の迷惑とかなんにも考えない人もいる中、真面目に練習お疲れさまって感じ』という内容だった。実際、怪我をした理由はケーキ屋さんに寄ろうとしたからだし、そこについては言い訳できない。最後まで目を通して、半分印刷が途切れている書き込みを見た高落は、それを投稿したアカウントと、自分に向けた悪口を発信したアカウントが同じだということに気づいた。
「そっか」
 思わず呟くと、絹山が顔を向けた。
「大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫。てか、ソフトボール部ならわたし目が利くから。ちゃんと見とくよ」
 委員会が終わり、駅までの道を歩きながら、高落は言った。
「地獄の蓋は、具体的にいつから開くの? あ、試験勉強って意味ね」
「明日から、取り掛かるつもりです」
 絹山はそう言うと、腕まくりをする手振りをした。そして高落の方を向くと、十五分前と全く同じトーンで言った。
「大丈夫ですか?」
「え? いや……、まあ」
 高落はそう言って、目を逸らせた。絹山は以前ならそれ以上追い打ちをかけてこなかったが、最近は違う。ロックオンしたミサイルのように目で追ってきて、顔を覗き込んだのが気配で分かった。高落は目を伏せた。あの、SNSの書き込み。最後の一文は半分に途切れていたが、『なにごとも、文武ほどほど』と書かれていた。
 悪口を書いたのは、ネムだ。これで同じ大学に行くとか、そういう話をせずに済むのかもしれない。そう考えると、体が軽くなる気もする。
「わたしさ。友達って、本当はひとりもいなかったのかも」
「あれを書いたのは、丸尾さんか、その友人ということでしょうか?」
 絹山は千枚通しのような目で突き刺すように前を見据えたまま、言った。高落は観念したようにうなずいた。
「あの子は、恐らくああやって生き残ってるだけなんだと思う」
「SNSで校内の状況を発信することは、原則禁じられています」
 絹山がルールを暗唱するように口に出して、高落は思わず笑った。
「出たな、公平な絹山委員長。でも絹山さんだって、ネムとか取り巻きには甘かったじゃん。完全に公平にするのは無理だよ」
 言い終えて絹山の横顔を見たとき、風がふっと吹いて前髪をなびかせた。くっきりとした鋭い目を高落に向けると、絹山は言った。
「それは、取引が成立しているからです」
 その冷徹な言い方に、高落は心臓を掴まれたように感じた。絹山の口調には、今までに感じたことのない力があった。
「今日、野上結愛が日直の手伝いに来て、譲らなかったでしょう。あれは、そうする理由があるからです。彼女は、ただ気弱なだけの金魚のフンではないんですよ」
 この毒に満ちた言葉は、頭のどの部分から発されているのだろう。高落は目を丸く見開いて、続きを待った。絹山は信号待ちで足を止めると、息継ぎをしてから再び話し始めた。
「野上さんは成績が悪く、このままでは進級できなくなるはずでした。そして、松川佳音と楠田美優は成績が悪いだけでなく、補導歴もあります。足を引っ張るのは好きにしたらいい。でも、何かの役に立て。私はそう言いました」
「それ、言ったんだ?」
「はい、高落さんはソフトボール部のエースで忙しいから、日直を代われと。あなた達のような役立たずが三人がかりで一人前の生徒のフリをできるとしたら、雑用か手伝いぐらいしかないよとも、言いました」
 絹山の冷たい口調は、首筋に氷を当てられたように全身を冷やした。でも何故か、嫌な感じはしない。自分の代わりに、心の奥底にある何かを代弁してくれているような気すらする。高落が相槌を打てないでいると、絹山は呆れたように笑いながら締めくくった。
「だから、丸尾さんは日直を一切やらなくなりましたが、そこは私が代わることで受け入れています」
「ありがと……、絹山さんがそういう風にしてくれてたなんて、知らなかったよ」
「高落沙也加さん。あなたは、学校の顔です。それは卒業まで変わりません」
 絹山は宣言するように言うと、青に変わった信号を見上げて歩き始めた。高落は隣を歩きながら、思った。住む世界は対極でも、絹山の目には高落沙也加の姿がはっきり見えていたのだと。話も全部聞いて頭に留めているし、答えだって持ち合わせている。
「絹山さん、いずれ大学に行って就職したらって話。したの覚えてる?」
 高落が言うと、絹山は小さくうなずいた。
「あの日は眠れなかったので、忘れようがありません」
「そんなに? 不安になった?」
「高落さんの、勉強のために全力で自分の頭を空けたという言葉が、ずっと残っていました。そんな風に考えたことは、今までなかったので」
 蜃気楼のように、探し当てられなくなっていた言葉。自分を空っぽにするということ。高落は端の一番広い改札を抜けながら、後ろを続く絹山に言った。
「絹山さんは、自分を空っぽにして頑張った。わたしも今はこんなだけど、そうしてきたって、胸を張って言える」
 電車を待っている間はまた無言になったが、絹山がぽつりと呟いた。
「経験が、大事なんでしょうか」
「思いつきなんだけど。わたしも絹山さんも、何にもならない窮屈な世界の中で、マジで悩んで考えてきたでしょ。これが大事なんじゃない? なんか、部活辞める気もなくなってきたよ」
 高落が言ったとき、電車が目の前で停まった。絹山と並んで座ったとき、ふと思い出して高落は言った。
「そういや、夜うるさいって言ってたじゃん。あれって、どうなったの?」
「相変わらずなので、防音シートを買おうと思っています」
 絹山が肩をすくめながら言い、高落は小さくため息をついた。最近、スマートフォンで防音シートを検索しているのは知っていたけど、本当に買おうとしていたなんて。
「どんな公園か、見たいんだけど。いいかな?」
作品名:Tread 作家名:オオサカタロウ