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オオサカタロウ
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novelistID. 20912
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Tread

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 すぐに既読がついて返ってきた文面を見て、高落は苦笑いを浮かべた。自分が言ってたことなのに、全然覚えてないな。それか、冗談が通じなくなっているか。どっちにしろ、この会話は続きそうもない。スタンプでやり取りを終わらせると、スマートフォンを頭の真横に置いて目を閉じ、高落は考えた。たった数時間違う世界にいただけなのに、ネムとのやり取り自体が、何故か昔のことのように感じる。同時に思い知らされもする。こっちが現実なんだと。
 分かっているけど、今はちょっと勘弁してほしい。

   
 次の日からは、何ごともなかったかのようにネムとのやり取りが復活した。絹山はいつもの『お絹』に戻って、唯一変わったのは放課後に委員会の定例報告に出席することぐらい。平穏に三週間が過ぎて、火曜日の診察で医者が言った。『若い人は回復が早い』と。言うことを聞いていた甲斐あって、骨はまっすぐ再生しつつあった。
「これなら、予定よりも早く復帰できるよ」
 医者がそう言ったときに、背後で見守る両親が全身で笑顔になったのが分かった。ほとんど背中を焼くような期待の光。それに対抗するための武器はないし、自分の体が焼け焦げて穴が空くままに耐えるしかないということも、分かっていた。でも、何か抜け道のような言葉があったはずなのだ。三週間前、絹山とシェイクを囲んで二人で話したときに掴めた気がした、蜃気楼のような何か。結局それは掴めないまま、高落は頭を下げた。
「ありがとうございます、先生のお陰です」
 治りが順調なのは、ありがたい限り。どの道、いずれはまた自分の足で歩かなければならないのだから。午前半休を取って付き添ってくれたお父さんは出社して、お母さんは家に帰り、松葉杖なしでも歩けるんじゃないかと密かに考えている娘は昼から学校。
 委員会の仕事を手伝うようになってから、当番には敏感になった。今日は本来なら日直だから、田川くんが二人分頑張っているのだろう。今までならネムの取り巻きが手伝ってくれていたけど、直感でそれはない気がした。まずは、こっちが怪我から立ち直って元の座に返り咲かなければならない。本当に戻りたい立場かは、また別の話。高落はエレベーターに乗ると、三階のボタンを押した。この特別扱いが退屈に感じるぐらいには、足の調子も良くなっている。廊下に踏み出した高落は、松葉杖を脇に挟んだまま、片足立ちでバランスを取った。意外にいけるかもしれない。足を地面にくっつける勇気はなくても、前ほどアンバランスに感じない。やじろべえのように体を揺らせながらその場に立っていた高落は、エレベーターを出てすぐの女子トイレに目を向けた。静かだけど、人の気配がする。
 お昼休みが終わりかけているこの時間帯なら、三階エレベーター側の女子トイレはネムの取り巻きが占領する。静かだからネム本人はいないのだろう。だとしたら、中には佳音と美優、結愛がいる可能性が高い。高落は耳を澄ませた。
「つーか、もういいんじゃね?」
 佳音の声。主語がないから、何のことかはよく分からなかった。高落は片足立ちのまま窓側の手すりを掴むと、何歩か進んで止まった。
「さっきエレベーター開く音がしたけど、あれって沙也加じゃないのかな」
 今度は、結愛の声。三人の中で一番心配症で、成績も悪い。実際、ネムの取り巻きは漏れなく赤点すれすれだ。結愛の声を鼻で笑い飛ばしたのは、美優。
「違うでしょ。あの松葉杖、カッチンカッチンって、百メートル先から聞こえるから」
 それがオチになったように、佳音と美優が声を合わせて笑った。高落は脇に挟んだ松葉杖を掴むと、力を込めた。そんなに耳障りならもう使わないから、その代わり、出てきたところに投げつけてやりたい。
「沙也加、お絹とも上手くやってるらしいじゃん。ほんと器用だよね」
 佳音の声。そこに残りの二人が笑い声で追従し、どんな会話でも最後のひと言を掠めとる美優が言った。
「部活がダメになったら、委員会かー。恵まれてんな、どこまでも。勝ち組は違うわ」
 これ以上聞いていても、悪口しか聞こえてこないだろう。そう思って高落が静かに松葉杖をついたとき、背中に手が置かれた。
「おはよ、大丈夫?」
 振り返ったとき、ネムの笑顔に少しだけ背筋が冷えた。高落はうなずいて、ネムがコツコツと鳴らすローファーの足音に合わせて松葉杖をつき、教室まで移動した。ネムは自席に座ると、スマートフォンを机の上に起きながら呟いた。
「あいつら、好き勝手喋りすぎなんだよな」
 内容も知っているし、止める気もないだろう。高落は鞄を机のフックにひっかけると、言った。
「経過良好だから、部活は復帰できそうだって」
「マジ? やったじゃん」
 ネムはスマートフォンの画面を見ながら相槌を打ち、高落は教卓の位置を調節している田川のところへ向かった。
「田川くん、いつもごめん」
 田川は教卓の上にチェックリストの挟まったバインダーを置くと、首を横に振った。
「全然いいよ、足はどうなの?」
「おかげさまで、治ってきた」
「また、活躍してよ。えーっと。って、妹が言ってた」
 田川は語尾を早口でまとめると、真っ赤になって俯いた。自席に戻るとき、参考書を読んでいる絹山と目が合い、薄っすらと笑顔を浮かべていることに気づいた高落は、笑顔で応じた。ネムは席について以来、スマートフォンで誰かとやり取りをしていて、画面の外で何が起きているかは、全く気にしていないように見える。取り巻き達が戻ってきて、井戸端会議に腰を上げなかったネムを気遣うように、それとなく近くにやってきた。全員の物理的な立ち位置は変わっていなくても、空気は明らかに異なる。『委員会の一味になったこいつの前では、好きに話せない』というオーラが出ていて、普段から若干うんざりしていた自分からすれば、勝手に静かになってくれるのは正直ありがたい。
 放課後、空っぽになった教室で田川が掃除をひと通りこなす中、備品のチェックリスト埋めをやるためにバインダーを手に取ったとき、高落は教室に戻ってきた結愛とばったり出くわした。
「忘れ物?」
 高落が訊くと、結愛は首を横に振った。
「やるんだ……、日直」
「うん。いつも頼んでばっかで、悪かったなって。結愛も手伝ってくれてたよね。ありがとう」
「そうだね……」
 結愛はそう言うと、バケツにかかった雑巾を手に取り、教卓の上を拭き始めた。高落はチェックリスト片手に備品を確認しながら、言った。
「他の子はどうしたの?」
 結愛は雑巾を持つ手を一度止めて、すぐ思い直したようにまた拭き始めた。
「夏原さんと喋ってる」
「そっか」
 高落はそれだけ言うと、日直の残りを片付けて田川と結愛に挨拶をしてから、外に出た。絹山が鞄を肩に掛けて待っていて、これが日常になりつつある。
「勉強、そろそろ始まるんじゃない?」
 期末試験はまだ先だが、絹山曰く、二週間以上前から準備をしないと成績は伸びないらしい。高落の質問に、絹山は肩を落としながらうなずいた。
「はい、そろそろです」
「地獄の蓋でも開けようとしてんのかってくらい、テンション低いなあ」
作品名:Tread 作家名:オオサカタロウ