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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Tread

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「子供のころは遊びましたが、何年も経つので相手は覚えていないと思います。あと、両親同士が仲がいいので……。私が出過ぎた真似をするわけにも、いかないんです」
「いや、相手の出過ぎた真似で、こっちが被害食らってんじゃん。おかしくない?」
 高落がはきはきとした口調で言うと、絹山は気圧されたように顔を引いたが、『こっち』という単語に気持ちを動かされたように、頬を緩めた。高落は畳みかけるように続けた。
「両親って、相談できるタイプ?」
「できると思います。でも、防音する方法はネットで調べたら結構書いてあって……」
「こっちが対策するの? なんか納得いかないなあ。そういうのはバーンって言ってやったらいいと思う。大人同士が知り合いなら楽じゃん。後のフォローは任せたらいいんだって」
 高落は自分が早口になっていることに気づいて、息を整えた。怪我でペースが乱れてから始まった台風は、どこに向かおうとしているのかすら分からないぐらいに頭の中で吹き荒れていて、それまで関心を全く向けなかったことが、今はフルカラーで飛び込んでくる。
 絹山はじっくりと咀嚼するように高落の言葉を聞いて、深くうなずいた。
「今回、三位に甘んじて、気づかされたことがあります。私は勉強に専念しすぎて、そういう社会的な部分や、色々なことを逃してきたのではないかと思うんです。高落さんはソフトボールに専念してきて、それでもお友達が多くてすごいです。私は、両方は無理でした」
 確かに、絹山が誰かと談笑している姿は見たことがない。そこには必ず『公式の関係』がある。例えば、生徒と教師だったり、委員長と文化祭の実行委員だったり。何も接点がないのにただ会話をするなんていう関係性は、実は貴重で難しいものなのかもしれない。それは自分だって同じだ。ソフトボール部のエースという肩書が外れたら、平均身長より少し背が高くて派手な高校生。それがわたしだ。代わりは二番手の夏原が務めるだろうし、今までの遠慮がなくなった分、派手に成長するに違いない。高落は言った。
「友達かあ。確かにわたしの周りって人が多いと思う。で、みんな高落は試合だけしてりゃいいって、言うんだ。その、勝って当たり前の期待っていうの? わたしはそれで、がんじがらめなんだよ。今日薬師寺先生と話したことだって、大橋先生に絶対伝わる。わたしが弱気になってる、ってね。そうなったら大騒ぎだよ」
「治らないかもしれないという、話ですか? 本当に悪いんですか?」
 人の話を全部記憶しているな、この人は。高落はそう思いながらうなずいたとき、瞬きが重くなった気がして、咄嗟に上を向いた。こんなことで涙が出てくるなんて、絹山のことをいつもと違うなんて、口が裂けても言えない。
「治ったとしても、もうソフトボールはやらないかも」
 高落の言葉に、絹山は眼鏡のフレームにかかるぐらいに目を丸く開いた。
「どうしてですか?」
「一年生だったら、まだ時間はあったけど。これから復帰して、試合で結果を残すだけの時間はないかなって感じがする。あとさ、元エースって立場はマジで辛いからね。でも、ここまで持ち上げてくれた親には言えないなー。もう土下座通り越して、土下寝って感じ……」
 高落がそう言って伸びをすると、絹山は委員長然とした凛々しい表情に戻って、言った。
「大学を出た先の方が、人生は長いですよね。今やっていることがこれでいいのかと、不安になることがあります」
「分かる。何をしてたって、どっかで企業に就職して仕事するわけじゃん。なんか、そういうのも見えてきて、あーって感じ。そういう意味では絹山さんの方が有利だな。勉強は役に立つでしょ」
 高落が制御の利かない早口で言い終えると、絹山は殆ど聞き取れないぐらいにか細い声で呟いた。
「あんなの、役に立ちませんよ……」
 空気が入れ替わったように重くなり、高落は伸びをやめた。宙ぶらりんになった手がテーブルの上に戻ったとき、絹山は自分にうんざりしたように、首を横に振りながら続けた。
「仕事中、上司の気持ちを十五文字以内で答えよって言われると、思いますか? 大人になって家庭を持ったとして、中臣鎌足が誰かなんて話題に上がりませんよね。時々、何をしているんだろうって思うんです。だって私の頭の中身って、全部何かの答えだから。自分には、全然関係のないことなのに」
 レンガがぼろぼろと崩れるように語尾が砕けていき、高落はシェイクを両手で握りしめる絹山の手に触れた。
「多分、勉強のために全力で自分の頭を空けたってことが、偉いんだと思う」
 絹山に向けて投げつけたはずの言葉だったが、放ったときに自分の手も深く抉っていった。だとしたら、ソフトボールに全ての時間を費やした自分がやってきたことも、価値があることなのだろうか。雨粒が落ちるように、絹山の眼鏡に涙が一滴落ちたのを見て、高落は笑った。
「これ、なんの集まりだよって思われてそう。ガリ勉とスポ根が同じシェイク飲みながら同時に泣いてんの、ヤバいでしょ」
「ほんとですね。でも、根本の部分は同じな気がします」
 絹山が言ったとき、それまで間に籠っていた会話の熱がすっと引いていき、周りの音が急に聞こえるようになった。高落は冷静になった頭で、絹山に言った。
「不束者ですが、委員会の仕事頑張りますので、よろしくお願いします」
 絹山は丁寧な仕草で頭を下げ、いつもの委員長顔に戻って言った。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
 駅の一階で別れて、エレベーターでホームまで上がると、絹山は同じ方向の電車を待っていた。ひと駅しか違わないことが分かり、先に下車した絹山は電車のドアに挟まれるギリギリまで頭を下げていた。
 家に戻ると、こっちが本来の居場所のはずなのに、どこか空気がふわついているように感じる。委員会の仕事を頼まれたことを話すと、両親ともに担任の先生を褒めちぎっていた。よく気のつく先生だと。自分ごとになると、どうしても冷静に聞いていられない。結局は、足の骨折から始まった話だから。晩御飯を一緒に食べていても味は分からず、すぐに、仮住まいにしている一階の書斎に引きこもった。がらんとした空間にスマートフォンと制服だけがあって、社会実験の被験者になったような気がする。昨日までは早く寝ることだけを目的にしてきたけど、今日は違った。絹山との会話が、頭の中をぐるぐると巡っている。『お絹』は、めちゃくちゃストイックな人だ。最初は看病のつもりだったけど、気づいたら話が止まらなくなっていた。座布団を枕代わりにして横になっていると、お腹の上に乗せたスマートフォンが震えた。
『委員会の手伝いしてる感じ?』
 ネムからだ。高落はそのトーンで悟った。尚美から聞いたのだろう。同じグループに属しているが、ネムは尚美とそこまで仲が良くない。あくまで本音の話で、表面上は付き合いを続けている。特に尚美がバスケ部の塚田くんと交際し始めてからは、その『本音』すら人前では話さなくなった。高落は感情をできるだけ排して、返事を送った。
『内申点が足りなくなるから、実績を積めって。岡ちんの告白ではありませんでした』
『告白? なにそれ』
作品名:Tread 作家名:オオサカタロウ