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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Tread

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「役割を与えられている生徒が一部いるだけで、果たすべき役割がない生徒に存在価値がないかというと、それは違うと思います。意義は、この学校に在籍しているということです」
 高落は、自分が話したのと同じ分量の答えが返ってきたことに驚き、瞬きを繰り返した。なんかすごい。しかも、めっちゃ人の話を聞いている。朗読大会のような会話をさらに続けるべきか考えていると、カーテンがふわりと開いて絹山の顔に光が当たった。ネムが顔面の良さを指摘する理由が分かる。絹山の顔は鏡に映したみたいに左右対称だ。高落は思わず見惚れかけて、気づいた。眼鏡のレンズが指紋だらけだ。こんなんだったっけ? それを口に出すか迷っていると、絹山は道具箱のようなカゴとバインダーを持って来て、机の上に置いた。
「備品のチェックをお願いします。これなら動かなくていいし、楽だと思います」
 気さくだとは思わないけど、邪険にされている感じもしない。そんなに、あっち側だとは思われていないのかも。高落が腰を下ろして松葉杖を壁に立てかけると、絹山は自分の顔を照らしたカーテンの裏側に入り込んで、窓をぴしゃりと閉めた。
「全部あるよ」
 ざっと目を通した高落が言うと、絹山は振り返った。
「そのチェックを、ひとつひとつお願いします」
 高落は運命を受け入れたように、バインダに挟まれたチェックリストにひとつずつレ点を書き込んでいった。絹山があちこち移動するのが視界の隅に見える中、最後のチェックが終わったのと同時に顔を上げると、ひと仕事終えたように教室の中心から全体を見渡す絹山と目が合った。
「チェックした。全部あったよ」
「これで、日直の仕事は終わりです。助かりました」
 絹山はそう言うと、鞄を肩から掛けた。高落は同じように鞄を背負って、松葉杖を使って立ち上がった。廊下に出たとき、二つ隣のクラスから抑えた笑い声が聞こえてきて、高落は口角を上げた。二人分の声。片方は尚美で、もうひとりはバスケ部の塚田くん。付き合い始めてから、二人とも雰囲気が明るくなった。
「妬けますなあ」
 独り言を言ったとき、風が目の前を切って高落は思わず瞬きをした。絹山が早足で教室に向かっていくのが見えて、高落は松葉杖を大振りで動かしながら追いつき、絹山の肩を掴んで止めた。
「待って、待って。あれ、尚美と塚田くんだよ」
 絹山は振り返ると、指紋だらけのレンズ越しに大きく開いた目を向けた。
「放課後に一時間以上残るのは、特例がない限り禁止されています。仕事をさせてください」
「多分、今日で三カ月だって。そっとしといてあげてよ」
 高落が必死に引き留めると、絹山は眼鏡のフレームを掴んで、ぐいっと引き上げた。
「ご懐妊ですか?」
「んなわけねーよ、付き合って三カ月ってこと」
 高落が声を張ったとき、尚美が教室からひょっこりと顔を出した。
「お、やっぱ沙也加じゃん? わっ、絹山さん!」
 尚美は幽霊を見たように後ずさり、一緒に出てきた塚田にぶつかった。塚田はバウンドしてきたボールを受け止めるように尚美を支えながら、言った。
「珍しいコンビじゃね?」
「放課後に一時間以上残るのは……」
 絹山が言いかけたとき、塚田は尚美の背中から手を離して、うなずいた。
「ごめん、ちょっと盛り上がっちゃって。時間忘れてた」
「分かる分かる、大事な話だった?」
 高落が理解を示しながら話を合わせると、絹山は氷のような視線を塚田に向けたまま、首を横に振った。
「先月、時間外に備品が盗まれるということがあったばかりですよ。それでルールを徹底するようにと、先週も担任から通達があったはずです」
「いや、フツーに話してただけだって」
 塚田が食い下がり、尚美がスマホを鞄から取り出したとき、高落は絹山の肩を掴んだ。
「絹山さん、ちょっと足が……。あー、痛いかも」
 振り返った絹山は、両手で松葉杖を支えながら言った。
「どこですか?」
 絹山の注意が逸れていることを確認して、高落は尚美と塚田に目で合図を送った。尚美がスマホを鞄に仕舞いこみ、二人は静かに階段を下りていった。絹山がどれぐらい怒るつもりだったのかは分からないが、尚美はなんでもスマホで撮影する。怒っている姿を広められたら、ネムタイプの生徒が喜んで食いついて、さらに拡散させるのは間違いない。そう考えながら、高落はふっと笑った。『ネムタイプ』か。頭がいつの間にか、親友だったはずの丸尾音夢をそういうカテゴリの生徒に切り替えてしまっている。その笑顔に気づいて、絹山は顔をしかめた。
「今、笑ってますよね? どこが痛いんですか?」
「えーっとね……、全体的に?」
 高落が肩をすくめると、絹山は汚いものに触れたように体を引いた。
「あなた……、足が痛いと嘘をついて、私が気を取られている隙に、あの二人が抜け出すまでの時間を稼いだんですか?」
 いや、そうなんだけど、全部口に出す必要ある? 高落が肩をすくめると、絹山は指紋だらけの眼鏡を定位置まで押し上げて、細く息を吸い込んだ。怒らせてしまったが、尚美と塚田くんが備品泥棒なわけない。
「絹山さん、あの二人が犯人なわけないよ」
「そういう問題じゃないんです!」
 絹山は掠れた声を張り上げた。感情が表に出るのは、見たことがなかった気がする。高落はその剣幕にたじろぎながら、呟くように言った。
「ごめん……」
「ひとり見逃すと……、この場合は二人ですが、それが噂で広まり、特例が普通になってしまうんです」
 絹山が力説している姿を見て、高落は違和感に気づいた。ずっと夕日に照らされているから、景色のほとんどが淡いオレンジ色に染まっている。でも今は、絹山の顔だけが白っぽく見える。目を凝らせたとき、夕日が雲の後ろに隠れて、高落は思わず口元を手で押さえた。
「ちょっとさ、絹山さん。顔色……」
 血の気が引いて、真っ青だ。高落が松葉杖を投げ出したとき、絹山は真横にぐらりと身体を傾けて、そのまま床に倒れ込んだ。


 自分に許している序列は、たった二つ。それは、一位かそれ以外。
 三位に価値はない。何が原因だったか、色々と思いつくことはできる。しかし、何を思いついたとしても、それは自分を甘やかすだけの屁理屈だ。一位は犬井さんで、二位は藤山くん。二人に負けたというだけのことだ。原因は全て自分にある。夢を見ていた気がするが、天井から見下ろす蛍光灯の光が眩しくて、忘れてしまった。絹山は自分の目が開いていることに気づき、身体を起こした。保健室にいるということが分かり、薬師寺が座ったまま丸椅子をキコキコ鳴らしながら近づいてきて、言った。
「急に起き上がったらダメだよ。貧血なんだから」
 薬師寺先生は、ソフトボール部の顧問をやっている大橋先生の妻だ。ショッピングモールで、二人が歩いている姿を見たことがある。そこまで思い出したとき、絹山は自分が倒れる前に最後に見た光景を思い出して、一度横になった身体を再び起こした。
「自分を試してんの? ほんとに危ないからやめなってば」
 薬師寺が言い、目線を明後日の方向に向けた。
「高落さん、ありがとね」
 絹山はその名前を耳にしてようやく全ての記憶を取り戻し、四角い枕に頭を預けた。高落は力なく手を振り、言った。
作品名:Tread 作家名:オオサカタロウ