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剣豪じじい 1章

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「わはははは」
「なんだよ、おめえらは」
苦しそうに腹を抱えた。
「くそじじいがよ。三人もそろって、こんな山の中でなにしてやがる」
「夜だぞ。おめえら耄碌(もうろく)して三人連れで、仲良くこの山で迷ったか」
「わはははは」

逞しい五人の男は、抜き身の刀を手に大笑いだ。
「もしかしてここは、爺(じじ)捨て山か」
逃げてきた娘も、胸前に小刀をにぎりしめ、三人のじじいの出現にどうしたものかと眉根を寄せていた。

「おい、そっちの背の高いじじい。この山の棲み処でそのあばら骨使って洗濯でもするか。おめえ、そんなに痩せこけてて、いざというときのお楽しみで、助けたその娘とナニができんのかよ。いひひひひ」
山嵐のごとく黒髭を頬に盛り上げた大男が、一刀斎をあざける。

ようようと首を左右に振り、一人が油断のないようすで進み出る。
そして、一刀斎の背後に回り込もうとする。
同時に娘が、三人のうちの一番若い一人、木の棒をもった七十歳の寅之助のほうににじり寄る。

寅之助の鼻孔に、汗の匂いにまじり、白粉の香りが触れる。
まさしくそれは、年頃の娘の匂いだった。
寅之助は、近づく女の手元を眺め、傷だらけであることに気付いた。
細い獣路で、背後から迫る五人の盗賊と戦いながら逃げてきたのだ。
幸い路が細く、五人の男たちは、娘の背後に迫ったが、先頭の一人しか近づけなかった。
女は、自然の地形を利用しながら、男たちを小刀で撃退し、自らの危機を防いでいたのだ。

ただの娘ではない。
手の傷は、剣術に心得のある修行者の証拠だ。
「観念しろ。さんざおれたちをじらしやがって。いい女だと思って、遊び気分で追ってきたんだぞ。やいこっちにきて、着物を脱げ」
手を伸ばし、おいでおいでをする。ほかの男たちもここにこい、と手招きをする。
この時点で、山賊たちは完全に三人の老人を無視していた。

そのとき、一刀斎の肩がかすかに動いた。
影がかすみ、白刃が月明りに閃いた。
おいでおいでの正面の男、ここにこいの男の首が、胴体からほろりと離れた。
悲鳴をあげる暇もなかった。

が、もう一つ、血塗られた首が、ごろんと寅之助のまえに落ちてきた。
合計三つの首が転がったのだ。
最後の一つの首は髭だらけで骨張っている。
「一刀斎殿」
七十歳の剣豪、寅之助が思わず叫んだ。
なんとそれは、一刀斎の首だった。

寅之助は自らの眼(まなこ)がとらえた残像を再生した。
正面の賊の首を落とすと同時に、一刀斎の剣は回転力をつけ、隣の賊の首も落とした。
そこまではよかったのだが、百歳超の脚の踏ん張りが効かなかった。
刃(やいば)がそのままの勢いで加速し、左肩側から自分の首にまでぐるうっと回って、自分に届いてしまった。

名刀の切れ味は抜群だ。
触れただけで、肉も骨も二つに切り裂く。
握力も衰えていたのか、久しぶりの実戦で勘が狂ったのか。
人は常に完璧ではあり得ず、わずかな力のずれが、百戦錬磨の一刀斎を終焉に導いてしまった。
一刀斎の手からすり抜けた名刀が空を飛び、くるりと回転し、寅之助の足もと深く突き刺さった。

広場の反対側では青雲斎が、二人の賊を袈裟(けさ)がけに斬り倒していた。
あわてて逃げかかる一人を、跳ねて頭の先から真っ二つに斬り倒す。
からだを縦に割られた最後の一人は、そのまま三歩ばかりを別々に踏みだし、左右に分かれて笹原に倒れた。

「青雲斎様、青雲斎様……一刀斎殿が」
之助が師匠を呼んだ。
刀の先から鮮血をしたたらせ、青雲斎が笹を踏んでやってきた。
三人を斬り捨てた直後の、太股も尻の筋肉もまだぴくぴくと躍動している。

「これを……」
寅之助が、足元の首と胴体を指さした。
流れている血は、押し倒されている笹の下に消え、臭いすらしていない。
首の切り口からは、うっすらと湯気が立ち昇っている。
そうやって改めて観察してみると、瘦せこけてはいるが、筋肉の付いた逞しい体だった。

のぞきこんだ青雲斎は、おどろいて息をのんだ。
眉間に皺をよせ、鋭い眼光を放ったまま押し黙った。
しばらく腰をかがめた姿勢で死体を観察していたが、あきらめたように顔を上げ、寅之助と目を合わせた。
「おまえがやったのか?」
意外な問いかけだった。

その一瞬、青雲斎の目に、敵意のような光が射した。
さきほど、師匠の一刀斎に不意打ちを食らわし、失敗したばかりだ。
「いいえ、違います」
寅之助は手にした木の枝を見せた。
熊の肉を焼くための長い棒、薪である。

「信じられないことが起きたのです。二重斬りで、返す刀の勢いがあまりにも強すぎたのです」
寅之助はそのときの演じて見せた。
刀を横に払い、足を踏ん張り、返す刀を振るいながら、よろよろとよろける寅之助の様をながめ、青雲斎は溜息をついた。
「自分で自分の首とな。百歳をとっくに越えていたからなあ」
自分の歳を忘れ、青雲斎は無念そうに唇を噛んだ。

すると、話し合う二人を見守っていた娘が言葉を発した。
「そこのご遺体は、あの一刀流の伊藤一刀斎殿なのですか?」
澄んだ眼(まなこ)に、驚愕の色があふれた。
二人は、あなたはだれで、夜のこんな時間に、なぜこのような山で五人もの男に追われていたのか、という問も忘れていた。

白い肌の怜悧そうな娘だった。
いつしか、傷ついた右の手に白い布が巻かれていた。
月の光に照らされながら、二人の老人をじっと見比べている。
はっとなった青雲斎が、息をのんで二度三度とまばたき、応じた。
「この方は、一刀斎ではない」
青雲斎は、突然そんなことを言った。

「でも、今、お二人で話し合っておりました。これは伊藤一刀斎であると」
「話していたが、ふと気づいた。一刀斎様はこんなヘマはしないだろうと」
「では、この人は?」
「一刀斎と名乗る偽物です。伊藤一刀斎殿は、あれからずっと行方が知れぬままだ。謎を残し、この世から去っていったのだ」

師匠の青雲斎の主張に、寅之助も即座に同調した。
実は、目の当たりにした一刀斎の剣さばきに、納得がいかなかった。
「そうです。この方は、だれかは分からない年寄りでした。でも、あるていどの剣の名人でした」

「わたしも確かに見ました、二人の首を一瞬に落とす見事な剣さばきを」
娘さんも感想をのべ、双眸を力強く輝かせた。
青雲斎と寅之助が娘さんを見返す。
「あなたも剣の修行を?」
当然、寅之助が訊ねた。

「修行というほどのものではありません。多少剣道の稽古をしていたので、山道で盗賊に会っても地の利を生かし、対応することができました。でも私につき従っていたお供の二人は、五人の男と戦い、討ち死にをしてしまいました」
そう告げてから、改めて二人の老人を観察でもするように見守る。

「こんな人も住まない山奥に、三人もご老人がいらして、しかもみなさん剣豪のごとく鋭い剣のさばきで五人の荒くれをあっという間に斬り倒してしまわれ……一体あなたがたは……」
娘は布を巻いた手を胸に当てた。
「この山で剣の修行をしておる、山田青雲斎輔矩と申す」
青雲斎が改まって名乗った。
作品名:剣豪じじい 1章 作家名:いつか京