Ironhead
菅原は1201FPを構えて、真っ暗な残土の塊から少しだけ体を出した。外山は入口に近づく形で真っ暗な敷地内を抜けて、フォークリフトの陰に体を隠した。二人組が歩いてくるのが見える。ひとりは右手に拳銃を持っていて、自分に近いもうひとりは銃身が長い散弾銃を低く構えている。まだ警戒していないし、真っ暗闇にいるこちらにも気づいていない。普段と何かが違うということには気づいているかもしれないが、まだ『なんでもなければいい』と思っている。それは、二人のちぐはぐな歩き方からもよく分かった。お互い、真っ暗な場所にいることには違いないが、相手に気づかれていないだけでこんなに神経が落ち着いていくものだとは、思っていなかった。自分と二人組までの距離は、約十五メートル。二人組と菅原が隠れている残土までは、約二十メートル。菅原の背中が微かに見えていて、相手が姿を見せるのを待っているのが分かる。二人がさらに五メートル進んだとき、外山は右手に力が籠るのを感じた。
菅原、そろそろ撃て。
角度からすると、菅原が視認できる範囲まで来ているはずだ。外山はUSPコンパクトの引き金に指をかけた。二人の内、拳銃を持っている方の手が突然持ち上がり、残土の方を向いた。外山はその頭に銃口を向けて、引き金を引いた。銃声が鳴って糸が切れたように男が崩れ落ち、もうひとりが低く構えていた散弾銃の銃口が、瞬時にこちらを向いた。銃口からオレンジ色の炎が吐き出されるのが見えて、目の前に停まるフォークリフトの天井を支える柱から火花が上がった。外山が位置を変えて体を低くしたとき、男は形勢が不利だと判断したらしく、踵を返した。ここからだと、遮蔽物が多すぎて一発では仕留められない。
「菅原! 撃て!」
外山は言いながら走り出した。ほとんど間を置かずに銃声が鳴り響き、逃げていく男の背中から白煙が上がった。前のめりに倒れた男は肘を使って立ち上がろうとしたが、残土の背後から出てきた菅原がもう一発を背中に撃ち込むと、動かなくなった。外山が残土を回り込んで駆け寄ったとき、菅原は肩で息をしながらうわごとのように呟いていた。
「全然、見えなかった……」
― 現在 ―
午前九時、店に集合。車はソアラを使う。昼食は未定。現地調査に最適な場所は、近くにある公園と、その裏に広がる雑木林。全体を高い位置から見下ろせるから、車の流れや人の動きが分かる。
集合と移動は打ち合わせの通りに進み、今は朝の十一時。人の気配がない公園の入口でソアラを停めた外山は、張り紙を見て苦笑いを浮かべた。
「なんだよ、ブランコの緊急メンテナンスって。人が来ないんだから、緊急も何もねーだろ」
いつもの外山らしい口調。咲丘は助手席で笑った。
「わたしたちは、こうやって来てますし」
「ブランコ、乗りたいか?」
外山は笑いながら応じると、バックギアに入れてソアラを後退させ、雑木林の整備用道路に繋がる分岐点で停めた。エンジンを止めて運転席から降りると、トランクを開けてスポーツバッグを肩に掛けた。公園を迂回する形で雑木林に入り、後ろからついてくる咲丘を振り返って、言った。
「眠れたか?」
咲丘は首を横に振ってから、口に出した。
「いいえ、あんまり」
外山は苦笑いを浮かべると、前に向き直って歩き続けた。林の中で一番見晴らしがいいのは、元々展望台として整備されていた場所だ。あまりに人が来ないから閉鎖されて久しいが、昔は有名な夜景スポットだった。外山は登り切ってひと息つき、スポーツバッグから双眼鏡を取り出すと、咲丘に手渡した。
「メインでやるんだろ。まずはその目で見てくれ」
咲丘は、受け取った双眼鏡を両目に当てて、遠くに見える景色を眺めながら言った。
「ツグミから受け取った地図、見ました?」
「昨日、見てたよ。あいつ、本当は適当な性格なのに、仕事だけはきっちりしてんだよな」
咲丘は双眼鏡を覗き込んだまま相槌を打たず、しばらく景色を見下ろしていたが、確信したように言った。
「やっぱり、北進で追突するのが一番いいですよね。信号が一斉に赤にならない限りは、対向車が来るリスクがあるし」
「そうだな」
外山はそう言うと、スポーツバッグの位置を少しだけずらせた。咲丘は両手で支えていた双眼鏡から右手を離すと、言った。
「お昼、どうしますか?」
「気が早いな」
外山が言ったとき、咲丘は双眼鏡を下ろした。
「スパゲッティーって言って、店員さんに笑われましたよね。それも忘れたんですか。あの店は、もうないんですよ」
外山は、咲丘の声が震えていることに気づいたとき、スポーツバッグからS&W431PDを抜いた。咲丘が抜いたレンジオフィサーの銃口がまっすぐ向くよりも早く、引き金を引いた。咲丘は側頭部に固い破片が一斉に突き刺さるのを感じて、真横に倒れ込んだ。外山はスポーツバッグを肩に掛けたまま、雑木林の中へ飛び込んだ。
咲丘は体を起こして、側頭部に触れた。外山が咄嗟に撃った一発は、すぐ横に立っている木の一部を抉り取っていた。その破片を受けただけで、体には当たっていない。雑木林の中へ入り込みながら、咲丘は考えた。このゲンチョーを元にモズが失敗すれば、責任はわたしに降ってくる。外山はおそらくそのように思っているし、実際その通りだろう。外山は、自分のポストが空けば、その席に座るのがわたしだと思っている。かつて、菅原がそれを望んでいたように。擦り傷を負ったように痛む頭が、ギアを切り替えていた。咲丘は林の中をゆっくりと移動しながら、スポーツバッグではなく外山のジャケットの色を探した。この季節の雑木林には珍しい色だ。こちらは色を合わせているから、まだ見つかりづらい。西に向かったから、外山は整備用道路まで下りて浄水場の方へ抜けようとしている。
外山は、上着を脱いでスポーツバッグの中へ突っ込んだ。さっき引き金を引いたとき、咲丘との距離は二メートルだった。鼓膜が破れていなければいいが、銃身の短いリボルバーは相手の耳の調子など考えていない。
少なくとも咲丘は、スタートラインに立った。その号令をかけたのが、自分だ。
外山は雑木林の色に合わせたシャツ一枚になると、小走りで雑木林の中を抜けた。誰かに追われている気配は、今のところない。小さな岩場から飛び降りたとき、外山は一度振り返った。まっすぐ後を追っているわけではなさそうだ。浄水場に繋がる整備用道路まで下りたとき、外山は眼前に広がる景色を見て足を止めた。冬季閉鎖用のゲートが閉まっている。乗り越えられるような高さではない。
引きずった跡が新しい上に、チェーンでぐるぐる巻きにされていた。外山はそれに触れて、思わず笑った。
「あいつ……」
公園のブランコは壊れていて入口ごと封鎖、そしてこのゲートは閉まっていた。殺される側にとっては、とことんタイミングが悪くお膳立てされる。それがゲンチョーの仕事だ。昨日、咲丘は家に帰らなかったのだろう。その代わりに、この林の現地調査をしたのだ。だとしたら、おれは自分から狩場に飛び込んだことになる。全身から汗が噴き出る中、右足だけが痛み出して、外山は呟いた。
「成長したな」