Ironhead
ゲートから離れると、外山は林の中へ入り込んで岩場の近くまで戻り、腰を下ろした。
― 四年前 ―
外山は無線のボタンを押して、三好兄弟に現況を伝えた。
「二人とも、こっち側に来たよ。終わった」
菅原はまだ青い顔をして、死体を眺めている。外山はUSPコンパクトの銃口から細く上がる白煙を見ながら、独り言を呟いた。
「モズも、悪くねーな」
こんなにあっさりとカタがつくとは思っていなかったし、一発で頭を撃ち抜けた自分の射撃能力にも満足していた。立石に話したら、片方の眉を上げて感心したフリぐらいはしてくれるかもしれない。
「菅原」
外山は名前を呼んだ。菅原は、独り言を呟きながら振り返った。外山はその言葉を聞き取ろうと近寄った。
「なんて言ってんだ?」
「おれには無理だ」
菅原の言葉を聞き取ったとき、外山は咄嗟の反応で真横に飛んだ。菅原の構える1201FPが火を噴いたとき、右足が燃えるように熱くなった。外山は、自分の右手が反射的に動いたとき、頭の中で『止まれ』と指示を出したが、もう遅かった。一発の銃弾は頭にまっすぐ命中し、菅原はその場に崩れ落ちた。
「菅原、この馬鹿野郎!」
外山はそう言って立ち上がると、右足を見下ろした。膝の真下から血が流れ出している。残土処理場を見回して途方に暮れかけたとき、意を決して喫茶パールの番号を鳴らした。立石がこれをどのように解釈するとしても、その目に任せるしかない。
― 現在 ―
外山は岩場に張り付いたようになった体を起こすと、周囲を見回した。掘り起こされてすり鉢のようになった穴に菅原の死体を埋めたときも、こんな感じで辺りを気にしていた。立石は、散弾銃の銃創なら誰に撃たれたのか分からないと言っていた。菅原も同じことを思いついて、ゲンチョーのポストを空けるために外山を殺そうとしたのだろうとも。
そうやって、右足の銃創は敵に撃たれたことになり、菅原は最初の仕事で逃げ出したことになった。モズになることを嫌がっていたというのは、立石とアザミの両方が証言したから、すぐに受け入れられた。
あれ以来、銃を撃つ気は完全になくなった。外山はM870をスポーツバッグから抜くと、低く構えた。今だって、この引き金を引きたくない。岩場を回り込んだとき、砂利が土の上を転がる音が聞こえて、外山は銃ごと振り返った。咲丘はまっすぐ構えたレンジオフィサーを外山の胸に向けて、二発を撃ち込んだ。外山は岩場に背中から叩きつけられて、M870を地面に落とした。
「大した奴だ……」
咲丘は両目から涙を流しながら、間合いを詰めた。
「あなたのポストを狙うなんて、あり得ないのに」
外山は浅く息をしながら、咲丘の目を見返した。そんなことは分かっている。M870にゆっくりと手を伸ばしながら、外山は咲丘の反応を待った。四年前に一度決めた覚悟は、まだ有効だった。
『失敗しました。おれも、ここで殺してください』
四年前、立石が駆け付けたときに自分が言った言葉。あれが本音だったし、今でもその考えは変わっていない。一人前のモズとして送り出すはずが、反射的に自分の手で殺してしまったのだから。自分の銃の腕が通用するか確かめたくて夜を選んだのも、後から考えれば悪手だった。最初の仕事で自信を砕かれた菅原が次に考えることなど、頭の中でいくらでも予測できていたはずなのに。
立石は『外山さんだけにできることが、必ずあります』と言った。そして、入れ違いに入ってきたのが、咲丘だった。今回は、失敗しない。そう決めていたし、実際上手くいっていた気でいた。現地調査に入った新人に対して、モズとして出て行くまでにできることは何でもしてやりたいという気持ちは、ずっと変わっていない。しかし、あの残土処理場が買い上げられて、工事で地面が掘り起こされるとは予測していなかった。立石が先に警告をくれたのは有難いことだったが、その時点で自分の運命は決まっていたし、もう逃げるつもりはなかった。あとは、誰が引き金を引くかということだけだった。
そして予想通り、咲丘に白羽の矢が立った。ツグミが渡してきた地図は、交差点が歩車分離式に変わる前の版で、あのレストランの屋根もまだ残っていた。だとしたら、自分ができることはたったひとつしかない。
それは、この殺しを必ず成功させることだ。
どれだけ期待をかけられていても、いつかは時間切れになる。次もチャンスがあるとは限らない。外山がM870のグリップを掴んだとき、咲丘はレンジオフィサーの引き金に再び指を掛けた。その指が引き金を絞る瞬間を見た外山は、目を閉じた。自分に足りないものが何か、ずっと考えているのかもしれないが。
実際には、足りないものなんて、ひとつもない。まだ、捨てられていないだけだ。
そして、それがこのおれだというのは、光栄なことだ。だから、悪いことは言わない。
まずは、全てを失え。