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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Ironhead

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「ある日、ぽっかりと穴が空く。そして、タイミングよく近くにいた人に声がかかる。ポストというのは、そういうものです。そのときには、文字通り私の額に穴が空いている可能性もありますが」
 咲丘は顔の筋肉が引きつったように笑った。一般論で、上手く答えを躱された。結論に腕を掴まれそうになったときにするりと抜け出す癖や、自分の命を簡単に冗談に組み込むのは、立石が元々モズだったからだ。
「そのタイミングも含めて、選ばれるのは特別な人なんだと思います。でも、自分がそうだなんて、分かりませんよね」
 咲丘が言うと、立石はいい話し相手を見つけたように、少しだけ姿勢を楽にした。
「それが分かるのは、特別扱いでなくなったときです」
「今までずっとそうだったってことが、初めて分かるということですか」
 咲丘は言いながら、肩をすくめた。それだと、気づいたときにはもう遅い。会話から逃げるようにレモンパイに意識が向いてフォークを手に取ったとき、立石は記憶を辿るように目線を宙に浮かせた。
「外山がモズとして仕事をした残土処理場ですが、近い内に車両倉庫に転用されます。これから仕事で出入りすることになると思うので、時間があるなら現場の確認をしておいてください」
 すでにレモンパイをひと口放り込んだところで、咲丘は口元を押さえながら、ぼやけた口調で答えた。
「わかりまひた」
    
 外山は店の裏に広がる狭い空き地で、シャンパンゴールドのソアラ4.0GTの前に立った。モズとの付き合いが生まれてからは、ずっとこの車だ。モズはこの手の速い車が好きで、話を合わせるために雑誌を読んでいたら自分も運転したくなって、買ってしまった。燃費は悪いし、街中を走るのに4リッターのエンジンは必要ない。咲丘の50ccスクーターで充分だ。しかし、この無駄の塊は背伸びのためには必須のもので、今でも無限の可能性を感じさせてくれる。人を殺した実績がないと、長く生きられない。それは、組織の不文律のひとつだった。そして、そのチャンスはそれとなくホテルが与えてくれる。
 自分にとっては、それが四年前の残土処理場での仕事だった。菅原が『なんで夜なんすか』と言っていたのが懐かしいし、今なら可愛いとすら思えるのだから、時間がやってのける仕事というのは計り知れない。思い返す限り、まあまあ生意気なやつだった。咲丘の前で『生徒』のことを悪く言いたくはないから、この感情を外に出すことはないだろうが。
 誰にだって、自分だけの場所がある。
 ソアラの運転席しかり、店の裏にある物置しかり。外山は物置の引き戸を開き、スポーツバッグを抱え上げると、ソアラのトランクを開けて中へ入れた。ファスナーを開けて、S&W431PDのグリップが覗いたとき、無意識に深呼吸をした。32H&Rマグナムは予備の六発も入れて、十二発ある。銃身を弾倉と同じ位置まで切り詰めてピストルグリップに換装したレミントンM870と、バックショット二十発。人を殺すのに申し分ない装備だが、ひとつ問題があるとしたら、ツグミが用意した装備ではないということ。個人で装備を調達することは、ホテルが固く禁じている。しかし、自分だけの場所があるのと同じように、誰だって自分だけの考えを頭の中に飼っている。
 立石から耳打ちされた、残土処理場の話。
 あれが本当なら、もう時間も機会も残されていない。
 
 沖浜グランドホテルのロビーに入るなり、咲丘は肩をすくめた。ボウズが七七番にスカイラインを停めて待っているから、長居はしたくない。でも、ヒバリとすれ違ったときに渡されたメモを見る限り、そんな簡単には終わらない気がした。
『食堂でアザミさんと話してから、寄ってください』
 ツグミの字だった。一年前も、こうやって色んな人間に引き合わされた。嫌な予感しかしない。咲丘はフロントをやり過ごして、呼吸を整えながら食堂に顔を出した。厨房の近くの定位置にスーツ姿のアザミが座っていて、黒縁眼鏡の位置を調節しながらノートパソコンを眺めているのが見えた。咲丘がそろそろと近づくと、アザミはイヤホンをしたまま突然顔を向けた。
「びっくりさせようとしてた?」
「いえ、そんなつもりはないです」
 咲丘が向かい合わせに腰を下ろすと、アザミはイヤホンを両耳から外した。いつも古い曲を聴いていて、外の世界が入り込んでくるのをシャットアウトしているように見える。咲丘は音漏れしている甘ったるい歌声を聞いて、言った。
「ブルー……。すみません、なんでもないです。五十年代ですか?」
 咄嗟に年代の話に切り替えて、咲丘は愛想笑いを浮かべた。岡部兄弟からは、アザミが聞いている古い曲を先に当ててはいけないと言われている。当てたモズは長く生きられないというジンクスがあるからだ。
「惜しいね、六十年ちょうど。ブルーベリーヒル、歌ってるのはブレンダ・リー」
 そう言うとアザミは口角を上げて、ノートパソコンの画面を咲丘に見えるようにひっくり返した。
「ここ、分かるかな」
「はい」
 咲丘は、地形を頭に呼び起こした。画面には映っていないが、東の端には、四年前に外山と初めて外食したイタリアンレストランがある。外山は店員さんに『スパゲッティー』と言って『パスタですね』と訂正されていた。アザミは細長い指で地図の真ん中を指した。
「この三叉路。ここが現場ね。日中だから、銃は使わない。モズには車で突っ込んでもらう」
 アザミの指示は短いが、そこには読み取れるだけのヒントが全て入っている。咲丘は地図を見つめた。鍵になるのは、信号のコントロールだ。そして、モズがどんな車を使うか。
「交差点の角度が深いので、スピードは乗らないですね。逆に相手を殺せる速さだと、自分も壁に突っ込む可能性が高いです。モズが使うのは、トラックですか?」
 アザミは咲丘の気迫に圧されたように顔を引くと、歯を見せて笑った。
「それは、ツグミが決めることだよ」
 気まずそうに頭を下げた咲丘の表情をしばらく眺めてから、アザミは言った。
「あなたは、何を任せても熱心だね」
 咲丘は言葉通りに受け取っていいか迷いかけて、その間を見せることすら危険かもしれないと思い直し、笑顔を作った。
「ありがとうございます」
「外山さんから聞いてるよ、優秀だって。あの人は、滅多に褒めないことで有名なんだけどね」
 アザミの言葉を聞いたとき、咲丘は思わず歯を見せて微笑んだ。どちらかというと、外山は褒めて伸ばすタイプだと思っていた。アザミは静かな手つきでイヤホンを机からどけると、言った。
「現地調査は倍率が高い。そういう噂は聞いたことない?」
「どこかで、聞いた覚えがあります」
 言いながら、咲丘は記憶を辿った。去年、岡部兄弟の兄が言っていた。いつまでもゲンチョーというわけにもいかない。あそこは、厳しい世界に飛び込むまでの下準備をするところだ。アザミは少しずつ下がっていく黒縁眼鏡を持ち上げながら、言った。
「拠点はいくつもあるけど、あの椅子に座り続けるのは結構大変なことなんだよ。菅原くんにも聞かれたことがある。どうやったら、ああいうポストに就けるのかって」
作品名:Ironhead 作家名:オオサカタロウ