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オオサカタロウ
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novelistID. 20912
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Ironhead

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「あいつも、どうなるんでしょうね」
 菅原は、テーブル席に座っている自分たちと距離を置くように、カウンターで立石と話している。どこにいても特別扱いが好きな奴だ。外山はソウマに言った。
「銃の腕はいいらしい。ゲンチョーも中々器用にこなす奴だよ」
「必ず、弾に道を譲れ」
 コースケが呟くように言い、外山と目を合わせたまま続けた。
「結局、これだと思うんですよね。ホローポイントでもフルメタルジャケットでも、弾に意思はない。ただ、銃身からまっすぐ飛び出すだけです。でも、その通り道が見えない人間は、あっさり死にます」
 ソウマが炭酸水をひと口飲んで、うなずいた。
「味方の弾でも、敵の弾でも、同じことですね」
 外山はメモ帳を取り出す手振りをして、笑った。
「メモはダメだな、胸に刻んどくよ。それは、誰の言葉だ?」
「うちらに仕事を教えた人っすね。城見さんです」
 三好兄弟の師匠は、城見。古いロックを爆音で鳴らしながら速い車で蜂のように走り回る若手のモズで、ホテルで初めて会ったときも死刑を宣告するような顔で『おはようございます』と挨拶されて、このまま銃を抜いて撃ってくるのではないかと身構えたぐらいだった。気難しい見た目の通り、アドバイスも難解だ。
「いい人間に教わったな」
 そう言って、外山は菅原の背中を盗み見た。菅原は組織に入った時点で殺しの経験があったから、誰も教える必要がなかった。だから、師匠にあたる人間がいない。三好兄弟のように指針となる言葉を授けられていないのは、不幸にも思える。
 コースケが逆向きに巻いた腕時計に視線を落とし、言った。
「そろそろっすね」
 ソウマが残りのクラッカー二枚を放り込んで怪獣のように噛み砕いて飲み込むと、カウンターに向かって大声を張った。
「菅原、飲みに来てんじゃねーぞ。仕事だ」
 菅原は跳ねるように立ち上がると、すでに立ち上がった三好兄弟の後ろをついて、店から出て行った。外山は、立石と自分しかいない状態がエアポケットのように生まれたことに気づいて、目を合わせた。立石は小さく首を横に振った。外山はうなずくと、店の外に出た。夏が近づいていて、太陽が隠れて久しい夜なのに蒸されているように暑い。
 三好兄弟は、全員が店から出たことを確認してから黒のランドクルーザーに乗り込み、エンジンをかけた。菅原がシルバーのFTOの前で待っていて、外山が追いついたことを確認してから運転席のドアを開けた。外山は助手席に腰を下ろし、段取りを頭に浮かべた。現場の残土処理場までは、一時間半。入口は、こちらから狙いやすい二カ所に絞った。菅原はこの仕事で、モズとして独り立ちする。ゆっくりと動き出すFTOの中で、外山はその横顔をちらりと見た。立石の見立てでは、長くは生き残れない。
 だとしたら、もう一年ぐらいゲンチョーをやらせた方がいいのかもしれない。

    
― 現在 ―

 喫茶パールには、十時に到着するように指示があった。咲丘は白のスイフトスポーツを駐車場に入れると、小さく息をついてからエンジンを停めた。午前九時五十分。大きめの上着の下には、傷だらけのV10ウルトラコンパクトが隠れている。レザーホルスターは馴染みすぎて、つけていないと腰に違和感を感じるぐらいまでになった。練習で撃ち過ぎて銃身が一度ダメになったが、ツグミが海外から程度のいい中古品を仕入れてくれた。
『次に壊れるころには、もう部品はないかも』
 ツグミの言っていた『次』というのは、モズとしてひとり立ちして何年後のことを指しているのだろう。ホテルの人間はずっと同じ場所で、モズの生き死にを眺めている。ツグミは、わたしの消費期限についてどう思っているのだろうか。まだ何も始まっていないのか、それともすでにスタートの号令は鳴ったあとで、終わりかけているのか。咲丘は深呼吸をすると、鍵を手に持ってスイフトから降りた。何かが手に乗って後押ししてくれれば、引き金を引ける気がする。つまり、他のモズたちが自然に持っている何かが、まだ自分にはない。
 重いドアを開くと、場違いなぐらいに効いたエアコンの冷風が吹き出してきて、咲丘は思わず目を細めた。モーニングとランチの間の時間で客はおらず、立石がカウンターの後ろにいるだけだった。
「いらっしゃいませ」
 言いながら立石が会釈し、咲丘はカウンター席まで歩くと、立石のほぼ真向かいの位置に腰掛けた。メニューを見ることなく、咲丘は立石の目を見据えて言った。
「ローズヒップティーと、レモンパイをください」
「かしこまりました」
 立石が小さく頭を下げたとき、奥からボウズが現れて、冷蔵庫の方へ首を伸ばした。立石はお湯の温度を確認しながら、目線を逸らせたまま言った。
「ボウズが送りますので、スイフトの鍵はここで預かります」
 咲丘は素直に鍵をカウンターの上へ差し出した。立石はそれを恭しい手つきで受け取ると、咲丘の目を見ながら言った。
「外山との仕事は、楽しいですか?」
「はい。ずっとやっていたいですよ」
 咲丘が素直に本音を言うと、立石の表情がほとんど父親のように柔らかく変化した。咲丘は口角を上げると、首を小さく横に振った。
「でも、それじゃダメだっていつか言われそうで。今日も怖いんですよね」
「外山も、昔は同じことを言ってましたね。あいつは現地調査のために組織に入った男ですが、その殻を破ろうとしてました。人を殺せない限り、組織には長くいられないと思っていたからでしょう」
 茶葉を敷いたティーポットに沸いたお湯を注ぎながら、立石は言った。先走るように薔薇の香りが立ち込めて、咲丘は目を細めた。
「残土処理場での仕事の話は、昨日教えてもらいました。でも、そこにいた人たちは誰も生きてなくて、ゲンチョーから仕事デビューした菅原さん? って人も、そこで死んだらしいです。本当に容赦がない世界だなって」
 立石は何度もうなずき、ティーポットの中身をカップに注ぐと、カウンター越しに差し出した。咲丘が受け取ったとき、細く切り分けられたレモンパイを皿に盛り付けたボウズがカウンターから出てくると、カップの隣に置いた。
「へい、どうぞ」
「ありがとうございます、いただきます」
 咲丘が小さく頭を下げたとき、立石は言った。
「菅原に聞かれたことがあります。そのカウンターの後ろに立つには、どうすればいいのかと」
 カップのリングに指を通しかけた手を止めて、咲丘は立石の顔を見上げた。
「パールの従業員になるには、ってことですか?」
「まあ、包まない言い方をするなら、私の代わりという意味ですね」
 立石が苦笑いを浮かべ、咲丘は真似ようとしたが感情は上手く抑えられなかった。
「それは……。立石さん本人を目の前にして、失礼な気がします」
「若い人間の特権です」
 立石はそう言うと、ボウズに下がるよう目で合図をした。咲丘はローズヒップティーをひと口飲んでから、言った。
「じゃあ、わたしも聞いて構わないですか? 立石さんの代わりになるのは、どうすればいいんでしょう」
 立石は謎かけを提示されたように目を丸くすると、言った。
作品名:Ironhead 作家名:オオサカタロウ