小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

Ironhead

INDEX|3ページ/10ページ|

次のページ前のページ
 

 いかにもアザミらしい言い回し。それを百パーセント咲丘に伝えるのは、選択肢を残しているからだ。自分の顔を吹き飛ばされる方を選ぶなら、それでも構わないと。咲丘は、話題を切り替えるタイミングを窺うように目を伏せると、呟くように言った。
「モズをやったことが一回だけあるって、言ってましたよね? どんな感じでした?」
 お互いに詳細を話さなかった『エピソード』。咲丘が自分の分を開示したのだから、こっちも四年前の話をすべきだろう。いつかは話したかったし、ホテルに呼ばれているなら、今がちょうどいいタイミングだった。どう話し始めるか考えていると、咲丘が指を二本立てた手を近づけてきて、間が空き過ぎたことに気づいた外山は咳払いをした。
「起きてるよ、指は二本だ。面子はおれと、三好兄弟、菅原の四人だった」
 咲丘は手を引くと、お茶をひと口飲んで湯気に目を細めた。
「菅原さんっていうのは、わたしの前にここにいた人ですよね?」
「そうだな。優秀な奴だったが、この仕事が最初で最後になっちまった」
 外山の言葉に、咲丘は神妙な顔つきで目を逸らせた。三好兄弟も二年近く前に、森の中で蜂の巣にされて死んだ。弟の方は人差し指が吹き飛んでいたが、それでも中指で引き金を引こうとしたのか、指は銃に巻き付いたまま中々剥がせなかったらしい。そして、つい今仕入れた情報によると、菅原は最初の仕事であっさりと死亡。
「あっけないですね……」
 咲丘が言うと、外山は肩をすくめた。
「菅原と三好兄弟は、いわば駒扱いだったからな。ホテルの連中も、そういう奴らに対しては運を金で買い足すようなことはしないんだ」
「場所が悪かったんですか?」
 怖いもの見たさのような好奇心が入り混じる咲丘の口調に、外山は苦笑いを浮かべながら首を横に振った。
「現場は、残土処理場だ。先月廃業して、土地はうちが買い取ったらしい。見に行ってみな。殺される方が難しいってことが、分かるはずだ。三好兄弟は北側の出入口の百メートル手前にある交差点、おれと菅原は南側の敷地内に隠れてた。難しかったのは、ゲンチョーの方だったよ。北側に厄介な防犯カメラが一台あってな」
 外山がそこで言葉を切ると、咲丘は自分の頭の中でも解決方法を考え始めて、少しだけ口角を上げた。
「奥まった位置にあったんですか?」
「そう、アームが谷側に張り出してた。それを解決したら、あとは背後が森になってる東側の出入口を閉めて、西側から続く林道はマイクロバスを停めて塞いだ」
「で、残りの二カ所で待ち伏せですか。防犯カメラはどうしたんですか?」
「ランクルの天井にフォグランプを四つ並べて、カメラの前を通るときにまっすぐその方向を向くよう、角度を調節した。後は分かるだろ」
「光らせて、映像の方を真っ白にしたんですね」
 咲丘の自信に満ちた答えに、外山はうなずいた。
「そう、そのために時間は夜中になった。菅原は、射撃は上手かったが鳥目でな。昼の方がいいって、最後までぼやいてたよ」
「苦手な夜だったから、命を落としたんですか」
「見えないなら、どうしようもない。相手は二人だったけど、両方がおれたちのいる方から入ってきた。それも運が悪かったな」
 外山が言うと、咲丘は鍋の底に残っていたつみれ団子を掬い上げて、気まずそうに笑った。
「夜が苦手なモズって、その時点でなんか……、適性がないような。すみません」
 外山はうなずくと、同じように笑い出した。それは、鳥目だと最初に聞いたときに自分が思ったことと、ほとんど同じだった。昼の仕事なんてのは、ほとんどない。咲丘がつくね団子を回収したことで鍋が空っぽになり、外山は腹をわざとらしく叩きながら言った。
「激励は終わりだ」
「激励の要素、どこにありました? めっちゃ怖いんですけど」
 咲丘が言うと、外山は笑いながらガスコンロの火を消した。
「今、おれの話を聞きながら、自分ならどう立ち回るか想像してたろ?」
「はい」
 咲丘が表情を引き締めてうなずいたとき、外山は微笑んだ。
「それができるやつは、簡単に死なないよ」
 二人で洗い物を終えて、咲丘が裏に停めた原付でアパートへ帰っていくのを見送った後、外山は椅子に戻った。立石からの電話。用件はひとつしかないだろう。ようやく折返しの発信をすると、しばらくして電話口に出た立石が言った。
「例の残土処理場、何度かボウズに見に行かせたんですが。結構工事が進んでて、最近はショベルカーが入ってるそうです」
「車両倉庫にするっていうのは、噂で聞きました」
 外山が言うと、立石は小さく息をついた。
「最近は、忙しいですか?」
「一件、入ってきそうですね。明日、咲丘が資料をホテルに取りに行きます。そちらにも寄ると思うんで、よろしくお願いします。あの子も、これでゲンチョーは卒業ですかね」
「寂しくなりますね」
 立石は呟くように言った。外山は自分の本音がどこにあるかを探るように宙を見上げたが、諦めがついたようにうなずいた。
「できることは何でもしてやりたいんですが、立場が立場なので。気にかけてもらって、ありがとうございます」
 外山はそう言うと、通話を終えて椅子に体を預けた。現地調査を卒業してこそ、一人前だ。だとしたら、そこに留まり続けている自分は何なのか。そういう疑問が湧いてこないこともないが、今となっては楽さが勝つ。
    

― 四年前 ―
   
 三好兄弟は、兄がソウマで、弟はコースケと呼ばれている。顔は良く似ていて、左耳が半分ちぎれている方が兄、差し歯を庇うようにいびつな笑い方をするのが弟だ。二人ともスーツが嫌いで、暗い色のジャージを着ていることが多い。ソウマは、恐竜に齧られたような耳にイヤーピースをはめ込みながら、外山の方を向いた。
「ゲンチョーをやった本人に入ってもらえるの、実はありがたくて。マジ感謝っす」
 コースケが口角を片方だけ上げて、息を漏らすように笑った。
「うちらだけだと、修正が利かないんで。ミスったらマジで終わりですから」
 夜の九時。喫茶パールの照明は少しだけ落とされている。出入口に近い椅子だけが新品に換えられたテーブル席。卓上には醤油で軽く焦がしたオイルサーディンとクラッカーが並ぶ。モズは、仕事の前はほとんど食べない。外山は、向かい合わせに座る三好兄弟に言った。
「おれがいても、ミスったら終わるだろ」
 コースケがクラッカーを口の片側に押し込みながら、首を横に振った。
「リカバリーまでの時間が違います。いつもだったら、ホテルに連絡して指示をもらわないといけないんで。律儀に指示を待ってて死んだ奴もいます」
 モズには、モズなりの愚痴があるらしい。外山が苦い表情を浮かべると、コースケは続けた。
「そもそも、ホテルが下す判断って信用できないんですよ。じゃあその場で死んどいてってことも、あり得ますからね」
 ソウマは身に覚えが百個はあるように、含みのある笑顔を浮かべた。そうやって死ぬことを待ち切れないような鈍い光が目に宿ったのを見て、外山は思わず目を逸らせた。人間のふりをしているだけで、やはり別の生き物だ。事故現場のように散らばったオイルサーディンの破片を口に放り込むと、ソウマは目線だけをカウンターに向けて言った。
作品名:Ironhead 作家名:オオサカタロウ