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化け猫地蔵堂 3巻 2話 一日殿様

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「どんなふうに、わがままになるのだ」
「殿様をやめたいと」
「やめたい? やめてどうする?」
「町人になりたいと」
「なぜだ」
「町人は自由だからと。殿様は窮屈だから、いやだと申します」

 厳格なはずの殿様は、町人になりたいとごねて家来を困らせ、ときどき檻に押し込められるというのだ。
「すると余は、ときどき城下にでかけたりしていたのか?」
「どこにいらしていたんでしょう。朝帰りをするときもございましたよ」
ほほほっと全員が小さく笑った。

「それよりも、はやくお食事をお召しください。本日はお急ぎの用があるのでしょう?」
「そうだ。食事などしている場合ではないのだ」
 殿様は、かしゃりと膳に箸を置いた。
「食事はあとだ。ご対面所に案内いたせ」

6 
 小姓(こしょう)に案内され、廊下を渡るとご対面所だった。
 死んでからもう六、七時間がたっていた。
 いくらトラ猫が操っていても、肉体がおかしくなってくる。
 はやく世継ぎを決めなければならない。

 ご対面所の広間には、家老の高橋、側用人の蒲生(がもう)、城代家老の森田など四十名ほどの重臣たちが集まっていた。
 床の間を背に、上座に腰をおろした殿様が一堂を見渡す。
 重臣たちも神妙な面持ちで、生き返った殿様と対面する。
 どの家来も、不可思議さと戸惑いの色を目に漂わせている。

「みなの者ご苦労。さっそくであるが、それぞれの意見を聞こうぞ」
 殿様がきりだした。
 広間に正座をし、十人が四列で横にならんでいる。
「余の世継ぎはだれがよいか」
 瞬間、全員が、もじもじっと肩をゆすった。
 が、だれも口を利かなかった。

「江戸からの報らせで、答えを用意してまっていたのであろう?」
 全員がなにか言いたそうな顔つきだった。
 だが、すぐに口にはだせない雰囲気だった。

「それでは余のほうから言う。家老の高橋の伜はどうか」
 前列の中央にいた家老の高橋が、はっと顔をあげた。
「あれは、例えを申し上げたまででございます。ちなみに私の伜はもう四十近い年でございます」
「では側用人の蒲生の伜にしよう。家老の高橋の伜よりも賢いそうだな」
 あふっと膝をうごめかし、今度は側用人の蒲生があわてた。

「あれも例えを申しあげたまでのことで、そんなに頭が良いわけではありません」
「それでは、このなかで頭脳の明晰な伜をもっている者はだれか」
 すると一人が、はあ、と口を開いた。
「わたしめの伜ではございません。橋爪殿のご子息の吉兵衛はかなり賢い子供でございます」

「よしそれに決めた」
 殿様が、あっさり即断する。
「と、殿」
 家老の高橋が腰を浮かした。
「そんな簡単に決めてよろしいものかと」
「ほかに意見がないのであれば仕方がないであろう。簡単も複雑もない。だれか意見のある者はおるか」

「あのう、賄い方で諸役の役をいただいております橋爪という男の子息は、どんな難しい計算も即答できる天才だそうでございます」
 最後列の重臣が遠慮がちに提案した。
「このたびは身分は問わぬことにする。ほかに意見がなければ、吉兵衛に決めるぞ。どうだ」

「それであるならば、紺屋町の酒屋の伜が、寺子屋でとんでもない記憶力を発揮しているとの噂でございます」
「酒屋の倅か、それは面白い。ほかにはどうだ。自由に申せ」
「城代家老の森田様の分家には五人のお子がおられますが、下の子供が頭脳明晰才気煥発との評判でございます」
「城代家老の息子というならば、町奉行の藤田殿の二番目の子息、二郎殿の評判もなかなかでござる」
 ほかの者も言いだした。

「いや、勘定頭の国丸殿の子息も三拍子そろった賢い子供と聞きました」
「ならば日頃殿に仕えている近習(きんじゅう)の小姓の小林殿のご子息はいかがかと」
「小林殿は、殿より謹慎をいいつかっている身、適切ではござらん」
「ならば城代家老の森田様の子息で決まりでござろう」

「森田殿の子息であるが、親に似ず、軟弱すぎやしないか。さいぜん道場の試合にて四才も下の六つ子供に面を打たれ、泣いてござったが」
「今は戦国の時代ではない。剣の力などはどうでもよい」
「いやいやいや、勘定頭の国丸殿の子息であれば、頭もよく武道に長じておる」
「わたしは酒屋の伜でもいいとおもう。民のための政治をおこなうには民の出がよろしかろうと」

 みんなで自由に騒ぎだした。
 すると、殿さまの膝元がふんわり暖かくなった。
 ブチ猫だった。
 にゃあ、白い歯を見せ、そっと一声鳴く。

《どこに行ってた》
《気になったのでちょっと城下まで。殿様、安心しなよ。ちゃんと殿様の子供がいるよ。しかもおちんちんのついた立派な男の子だった》
《どこにいる》
《さっきの町家。赤ちゃんを空に投げあげた女の人》

 ブチ猫は殿様の膝にぼさぼさの毛のからだを寄せ、にいっと笑った。
《ほう、やっぱりな。証拠もちゃんとあるのか》
《あの女の人、お春さんて言うんだけど、殿様の印籠を持ってるって言ってた。でもいまのところ、内緒で育ててるんだそうだ》

《どうして》
《五歳になるまでは城下で育てた方がよい、という殿の方針だそうで》
《そういうことなら一日殿様はすぐにやめて、さっさと江戸にもどろう。後継者が見つかったんだからもういいじゃないか。どうも、さっきから息苦しくなってきた気分でかなわん》

 重臣たちは、猫とたわむれる殿様そっちのけで議論を白熱させていた。
「そうだ。だいじな一件を忘れ申していた」
 急に一人の若年寄りが膝でたちあがり、全員を手で制した。
「殿には二十人からの女性がおる。もしかしたらいま妊娠をしている者がいるかも知れぬではないか。ちゃんと調べたのか」

 すると大奥担当の奉行が背を伸ばして答える。
「殿と床を共にした女性は、係がお調べもうしております。今のところ、報告書を読んでもそのような兆しは見受けられないと……」
「ちょっと気になったのだが、さきほど町家を殿様の籠が通過したとき『とのさま~』と呼んでいた女性がいたが、あれは何者なのか」
 やはり見ていた者がいたのだ。

「あの女は横町(よこまち)札の辻に住むお春という女だが、それがどうした?」
 一人が応じる。
「あの女が放りあげた赤ん坊は、殿様の子供ではないのか」
 するとまた誰かが応じる。
「いえ、あの女が赤ん坊を空に投げたのは、お殿様の行列のまえでああすると、立派に育つと信じられているからです。それだけのことでございます」

 すると大奥担当の重臣が付け加える。
「あの女性は、殿様の好みの色白でふっくらした容姿であった。こんな子が欲しくはありませんかと、殿様を誘っているのです。こっそり町にでていくという噂があるので、期待をしているのです。それよりも殿、すでにあの女性に手をつけ、投げあげたあの赤ん坊が殿の子で、男の子であるならば話しは簡単ではござらぬか。殿、あのときの女性に覚えはございませんでしょうか。殿、猫と話などせずに、思いだしてお答えください」

《あんなこと言ってるけど、どうする? あれはわしの隠し子だと正直に白状して、さっさと江戸に帰ろうか》