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化け猫地蔵堂 3巻 1話 殺人鬼

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 褌いっちょうの若い男が舵棒をおろし、入口からあたふたと入ってきた。
「親方」
 戸口にしゃがむ左吉を見つけると、すぐに声をかけた。

 若い男は、全身から汗の匂いを立ち昇らせていた。
「おかみさんのお種さんが育った呉服橋の大工町の団衛門長屋ってところに、今も一人だけ、昔から住んでる婆さんがおりやしたぜ、おっと」
 足もとの猫をよけ、膝を抱えるようにかがみこみ、親方とむかいあった。

「あのう、親方。外から見えたんですけど、親方は猫と話しができるんですかい?」
「ばかやろう」
 親方が立ち上がった。
「そうだ。そういうことじゃねんだ」
 若い男も背中を伸ばした。

「おどろいちゃいけねえですぜ親方。殺された棒手振りの新太郎、畳職人のおかみさんのお豊って人、みんなお種さんと同じ長屋に住んでたっていうじゃねえですか。それでそこの長屋の持ち主が、これもなんと殺された名主の大川団衛門だっていうんですぜ」
 一気にしゃべった。

 二人はにらめっこでもするかのように、顔を見合わせた。
「やったな」
 左吉が低くつぶやいた。
「とうとうつながりやがったじゃねえか。それで?」
 佐吉がうながす。

 が、若い男は顔を曇らせ、首をふった。
「ほかには別にねえですけど。どこから見てもただの長屋で、そこに住んでたからって殺される理由があるなんて、考えられねえけど」

《ねえ、大工町の長屋に住んでいるそのお婆さん、あぶなくない?》
 ブチが緑色の目をしばたたかせた。
《そうだ。あぶねえ》
 すると車屋の親方の左吉も、息をのんだ。
「おい、もしかしたらその婆さんの命、あぶねえぜ」








4 
 赤茶猫のトラとブチは、団衛門長屋の木戸をくぐった。
 右手の路地の障子戸のまえに、尻をはしょった一本差しの男が立っていた。
子供たちが、見馴れない男を遠まきに眺めている。
 トラとブチが尻はしょりの男の横をとおったとき、開いたその家の障子戸の内側から、お婆さんと男の話し声が聞こえてきた。

《ここだよ?》
《入ろう》
トラとブチは軒下に立てかけられた炭俵から、屋根に跳び上がった。
 屋根に登って、わずかに開いた窓の隙間から忍びこむ。

 窓の横の箪笥の上に、そっと座る。
箪笥の上には、息がつけないほど埃が積もっていた。
「ばあさん。だれだい、その、いろいろ話を聞きにきたっていうやつは? いいかい。さっきも言ったが、わたしは公儀のお役目で話を聞きにきてんだよ」

 侍は十手もなにももっていなかった。
ただし、腰に刀を二本差していた。
 婆さんは、公儀と聞いておそれ入ったのか、上がり框の畳に両手をつき、綿のぬけた座布団のように伏している。

《目明かしが言っていた隠密同心のようだよ》
《もう動いているのか》
 息をつくだけで綿埃が舞った。
トラとブチは口と鼻を手でおさえ、懸命に咳をこらえた。

「車屋だって言ってやしたです。ちかくを通ったので、子供のころここに住んでたお種について聞きてえってことでやんした」
 畳に這ったまま、婆さんがぐもった声で答える。
佐吉に用を頼まれ、昼飯どきに佐吉に報告をした若い男について述べているらしい。

「そいつは車屋の左吉って男かい?」
「わしゃ知りません。お種はしっかり者で、おとっつあんが車引きをしていたので、子供のころから車引きの旦那のところに嫁にいくんだって言ってたって、話してやりやした。ところがその車屋の話を聞いているうち、このまえ、名主の大山団衛門さんが殺されたって話を耳にしたばかりなのに、さらにお種のやつが殺されたうえ、棒手振りの新太郎、おかね、お豊まで殺されたってわかったんで、わしゃもう、ただただ、おどろいてばっかりでごぜえやんした。

そのころ、この長屋に住んで元気に遊びまわってた仲良しの餓鬼どものうち、たった一人だけを残して、みんな呪われてしまったんでねえかって。なんだかもう恐ろしくって、ただただ、こうやって念仏唱えておりますばかりでごぜえやす。おとろしや、おとろしや。なむあみだぶ、なむあみだぶ」

 婆さんを見おろす侍が、ガマ蛙のように横長に口を結ぶ。
「昔ここに住んでた子たちがつぎつぎに死んで、そろって祟られるなんて、わしにはさっぱり訳がわからねえでがんす。なむあみだぶ、なむあみだぶ‥‥」

 婆さんは腰を二つに折ったままの姿勢で、ひたと畳に額をつけ、頭の上で手を合わせた。
「婆さん、いまちょっと口の端にでたようだけど、仲良しのうちの一人だけを残して、てってのはどういう意味なんだい?」
 隠密同心が、冷ややかな刃のように目を細めた。

「あの娘は賢くて美人で、長屋のみんなの自慢の種での。この長屋の界隈は何度か火事にあって、昔から住んでた人たちはいつのまにかばらばらになっちまって、その娘の一家もこの近くに一軒家を借りて住むようになったんだけど、ときどき遊びにきてくれやんしての。

だけど、日本橋の料亭の丸屋にあがると話したあと、いつのまにか親兄弟までが姿を見せなくなってしもうたんじゃ。あの娘さんは楓っていうんだけど、恐れおおくも、お役人様が御目見えいたしましたから一つだけお訊ねしてえんでやんすがの。

死んだ棒手振りの新太郎がここに来たときに言ってやしたけど『楓は、紀州藩の中屋敷から、さらにお殿様の住む大奥にあがった』って。本当なんでございやしょうか。もしあがったとしたら、楓のやつは元気にやっておりやすんでしょうか。お役人様ならご存知でねえかと思っておうかがいいたしやすだで。へえ」

「婆さん、そういう話を、さっきの車屋の男にも話したっていうのか?」
 婆さんは、からだを半分起こしかけた。
そしてふっと考え、あげた首を縦にふり、横にもふった。
話したのか話さなかったのか。自分でもはっきりしないのだ。

「ま、いい。今日はいろいろご苦労をかけたな婆さん。模屋さんの饅頭は好きかい。さあ、食ってくれ。長々とご用をうかがったお礼だ」
 侍は饅頭を懐からだした。
 包んだ紙をわざわざ剥き、婆さんの目の前に差しだす。

《あっ》
 二匹は箪笥の上で、おどろいてしまった。
その瞬間、ぐらっと頭が揺れ、埃とともに落下してしまった。
が、ぱっと腕を伸ばし、かろうじて箪笥の上部に爪を引っかけた。
 二匹が箪笥の上に這いあがったとき、侍がうしろ手に玄関の障子戸を閉めたところだった。

 婆さんが饅頭を手に、上がり框に座っていた。
《やめなさい》
 ブチが叫んだ。
《食っちゃだめだ》
 トラが、箪笥から跳び下りた。

 トラは埃でごほごほ咳きこみながら、婆さんの饅頭をめがけ、突進した。
 ふりむいた婆さんはぎょっとなった。
にゃおー、にゃおー、と鳴くとともに、がほがほと咳こみながら猫が突進してきたのだ。

 猫に取られるとでも思ったのか、婆さんはあわてて饅頭を口に押し込んだ。
 あぐあぐあぐと、夢中で三噛みばかりしたとき、婆さんの動きが止まった。
 膝で立った姿勢のまま、棒状に、どでんと後ろにひっくりかえった。
 後頭部が、ごごんと畳にはずんだ。

 と、表に足音がした。
「婆さん、いるかい」
障子戸に二人の男の影が映った。
首に手拭いを巻いている。
 戸が勢いよく開いた。