小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

化け猫地蔵堂 3巻 1話 殺人鬼

INDEX|3ページ/8ページ|

次のページ前のページ
 

 だが、左吉はひるまなかった。
「なんでおれの女房が殺されなきゃならなかったのか、おれは知りてえ。おしえてくれ」
 佐吉は尻からげの腰で力んだ。

「正直いってまだなんにもわかってねえ。でも探索は今後、ご内密になる。うんと上のほうの者が動き始めたらしいってことだ。どういう意味か、わかるな。とにかくかかわりあうのはやめな」
 筋肉で盛り上がった佐吉の肩を、目明かしが軽く手でたたいた。

3 
 荷台には俵が三つ。
 俵の陰に赤茶のトラとブチの猫がいた。
 ふさ毛を風になびかせている。
 佐吉は気づいていない。

 車が小伝馬町に入った。
 もう昼時である。
 道の左右に人足や駕籠かきたちがたむろしている。
 人足宿の軒下に、馬が尻をむけ、ずらりとつながれていた。

 小伝馬町は江戸の荷物の集積場だ。
 大通りから横に入った二本目の道で、左吉の車がとまった。
 横長の店家(たなや)のまえだった。

《着いたようだよ》
《よし》
 跳び下りるトラとブチの猫。
 店家のまえには、四台の荷車と馬が一匹ならんでいた。

 左吉が店屋の土間に入る。
 五人の男が鍋を囲い、飯を食っていた。
「親方、おかえんなさい」
 声がかかり、男たちが腰をあげようとした。

 佐吉は猪首にかかっていた手拭いを払い、みんなを手でとめた。
 左吉も木の長椅子に腰をおろし、鍋の横の椀を一つ、手にとった。
 杓文字(しゃもじ)で雑煮をすくう。
「どうだった勘兵衛?」
 さっそくとなりの中年の男に訊いた。

 勘兵衛は椀を置き、すでに姿勢をととのえ、まっていた。
「棒手振りや名主や女中のおかね、畳屋のお豊も朝右衛門も素人の仕事じゃねえ。手足(てだれ)の仕業でさあ。今朝の細川家の江戸家老の一件は、もしかしたらもう知っていると思いますが、殺されたのは滝沢元右衛門と言うんだけど、これも後ろからばっさり。共の二人も一緒で、相手は並の者じゃねえってことです。

大名の重臣がやられたということで、もう大騒ぎです。神田の追い回し馬馬場にも侍が一人、殺されていたそうで、こっちはまだ身元がわかっていねえということで。それから仙吉のやろうが、殺された乞食一家を川むこうの竪川(たてかわ)で見たって言ってやす。だけど、こっちのほうは関わりはねえと思いますが。念のため」
 勘兵衛が報告する。

 左吉が太い首をぐいと横にひねった。
「仙吉、話してみな」
 勘兵衛のむこうどなりの若い男だった。
 かぶりついていた丼から顔をあげ、腫れぼったい目をしばたたいた。
 頬が赤く肉づきがいい。

「おらの、さっきの話、また話すのかあ?」
「そうだ。親方がおめえから、じかに聞きてえんだ」
「おらぁ、こんどお様のおやしきに、おにもつとどけにいったんだ」
 膝の上に丼を乗せた仙吉が顔をあげ、大声で話しだす。

「たて川のほりぞいにいくと、こまどめ橋のしたで顔みしりのこじきの子が泣いていやがったんで、どうしたんでえ? ってきいたら、まんじゅう食ったら、みんな死んじゃったって。橋のしたをのぞいたら、こじきの二親(ふたおや)と子供が一人、あわふいて白目になってひっくりかえってた。泣いてた子は、はらがいたくてまんじゅうが食えなかったそうなんで」

「饅頭食って死んだってか?」
 左吉が押し殺した声でつぶやく。たしかにほかの殺しとは違う。
「まんじゅうを『きれいなおねえちゃんにもらった』って子供が言ってたことも、話すのか?」
 仙吉が、となりの勘兵衛にきく。
「そうだ、それもだ」

 勘兵衛がうなずく。
「きれいなべべに、きれいなおびむすんだおねえちゃんが、かごに乗ってやってきて『たけぞうさんの一家かい?』って聞いて『おまんじゅうやるよ』って言ったんだってよ」

「きれいなおねえちゃんだと?」
 左吉が聞き返す。
「どんな駕籠だったい? わかるか?」
「男の人がかついでいて、そばに女の人がついてたってよ。もしかしたら、大おくから来たんじゃねえかってよ。えへへへ」

 仙吉は大奥などと言って、みんなを笑わせようとした。
 ありえない話をしたつもりだった。
 だが、親方の左吉もほかのみんなも笑わなかった。
 親方の佐吉は、椀と箸をもった手をとめたまま、重たそうに目を細めた。

「あのう、親方。こんなこと言っちゃなんですが、お種さんの冥福を祈って、あとは仕事に精をだしましょうぜ。そのほうがお種さんだって、喜ぶんじゃねえかと」
 勘兵衛は仲間うちでいちばん年上だった。
「ばかやろう」
 左吉の腹にひびく声。

 表で馬がひひんと鳴き、鬣(たてがみ)を左右にふった。
「お種は殺されたんだぞ。ほかにも同じように何人も殺されてんだぞ。まるでお種になにか秘密でもあったみてえじゃねえか」
 胸まで赤くし、佐吉は怒った。

《そうだよ》
 ブチが頬毛をふくらませ、緑色の目をうずかせた。
 トラとブチは、車屋の戸口の敷居の上に腰を下していた。
 敷居には、藁と馬の小便の臭いが滲みていた。

《殺されたみんなには、隠されたなにかがあるんだよ。本人たちの知らないうちに、なにかを目撃していたとかさ》
《橋の下の乞食から細川家の家老までがか?》
 トラが口を横に結ぶ。顎鬚をむぐっと動かす。
《乞食と細川家の家老が、どう関わりあっているかはわからないけれど、わかってみれば、なあんだってね》

 にゃあにゃあ鳴き合う戸口の二匹を、奥から左吉がふと眺める。
 佐吉は椀と箸を置いて席をはずし、かがみこむような姿勢で二匹にちかづいた。
「あのな、おまえら。もしかしたら吉原にもいたような気がすんだけど。こんなところでなにしてる?」

 膝をかかえ、しゃがみこんだ。
「ひょっとしておめえら、駿河台下のお助け猫地蔵から遣わされた猫か? もしそうならちょっと聞きてえんだけど、いまあちこちでおこってる一連の殺しは、お種と関わりあいがあるのかどうか、教えてくれ──さあどうだ? 関わりあいがあるのかないのか?」

 いきなりの問いかけだった。
 トラとブチの二匹の猫は、つい揃ってうんとうなずいてしまった。
 「あっ」
 左吉はしゃがんだ姿勢のまま、どすんと尻餅をついた。
 が、手をつき、すぐ腰をあげた。

「ま、まさか。ほ、ほんとうかよ、おい。じゃあ、もう一度きくぞ」
 左吉は膝頭に手をあて、二匹のまえにまたしゃがみなおした。
 すーっと息を吸い、はあーと吐いた。
 みんなの箸が止まり、なにごとかと、入り口のほうに顔をむけた。

「いいか。聞くぞ。あのな、お種はな、事件に巻き込まれただけなのか、それともなにか深い関わりをもっていたのか。さあ、どうだ」
 赤茶のトラ猫とブチ猫は、もう知らん顔だった。
 二匹そろってぼさぼさの毛で、眠たそうに表のほうを眺めていた。

 佐吉はぐいと顔をちかづけ、二匹の目を、横から奥のほうまでのぞく。
 息を凝らし、じっと観察したあと、ちっと舌打ちをした。
「猫地蔵だからと言っても、お助け猫がいる訳じゃないし。それによく見ると、どこにでもいるただのぼさぼさの赤毛のトラ猫と白ブチの猫だものな」
 ふうんという目で二匹を見なおした。

 そのとき店家の表に一台の荷車が止まった。