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化け猫地蔵堂 2巻 2話 永久のひと

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焼けただれた頬の肉が、うまい具合にふっくらとなめらかに固まっている。
実は二つの目は、頭巾を剥いでみると眼窩のへこみに沿ってやや左右に垂れ、口は半分が塞がり、左右の端にエクボを作っている。
鼻は穴が二つ、顔の真ん中で小さな空間をのぞかせ、耳は焼けたまま、ぴたっ側面にひっついている。

覆面をして、目だけを見せたときの研ぎ澄まされた緊張感とは異なり、頭巾を剥いだ時に浮かび上がったその像は、頬のふっくらした、穏やかに笑みをたたえた観音様にも見えた。
手を合わせ、思わず拝みたくなる光景だった。
それゆえここ浅草で、密かに目の観音様と呼ばれていたのである。

 その観音様が、さっそく一人の男に助言する。
〖右のからだの大きな方は、何人もの人を使って商売をしているようですが、人を呼ぶときや何かを命じるとき、言葉の頭に『おい』とつけるのはやめたほうがいいです。おい、なしの方がみなさん気持ちよく言いつけを聞いてくれ、店が活気づきます。それからそちらの背の高い方、奥様のなにかの間違いをいちいち怒鳴りつけてはいけません。奥様は毎日つらい思いで暮らしております。間違いはだれにでもあるものです。その癖をあらためれば、とてもにぎやかな楽しい一家になります。一人一人がみんな幸せに包まれるでしょう〗

 手を合わせ、観音様を拝んでいた二人の参拝者は、はい、と苦い顔で返事をした。
家庭でしか知らないはずの自分を、見事に指摘されたのである。
 目の観音様は、本当はもっと大きな助言をしたかったが、噂になって人がたくさんやってくるようになるので、控えていた。
二人とも商売人であるが、一人は三年以内に大金持ちに、もう一人の方は没落する。

「ありがとうございます」
 三人はそろって頭を下げた。
 そして懐からそれぞれが一分銀をだし、観音様の平らな肉に変わった掌に落とした。
あのう、とからだの大きな男が観音様に問いかけた。
観音様は、お参りに来る者のそんな帰りぎわの問いかけを心得ていた。

〖私がこのようになったのは十二年も前です。例の江戸の大火です。あのときは江戸の住民の三分の一が焼け死にました。私も焼かれ、大川(墨田川)に飛び込みました。何人もの人々が水に浮き、川を流れていきました。私も流されたのですが、運命と申しますか、川岸の小さなお寺の前に流れ着き、そこに収容されました。お寺で何日も何日も呻き苦しみながら、命をとりとめました。お坊さんの熱心な介助のおかげです。私の火傷は上半身が中心で下半身は奇麗なままでしたので自由に動けるようになると、頬かぶりをして家族を探しました。結局、家も家族もすべてが失われておりました……〗


 めでたい日なのか、少し離れた背後の浅草寺の参道にますます人出が多くなった。
その人の気配の重なりの中から、なにかが飛び出してきた。
白に黒のブチの猫だった。
〖あなたの仲間がやってくるようですよ〗
 観音様がトラに教えてくれた。

今ごろブチは地蔵堂で自分の帰りを待っているはず、とトラは思っていたところだ。
〖どうやら探していた彩乃さんは、屋敷のどこにもいなかったようですよ〗
 観音様が教えたくれた。
 トラがふりむくと、にぎやかな境内の道からそれた石灯篭の横道に、白と黒のブチの姿があった。

《おーい、ここだ》
 トラの呼び声にブチが気づいた。
ほっとしたように尻尾を立て、元気に駆けてくる。
《彩乃さん、どこにもいなかったんだって?》

 やってきたブチは、やはりおどろいた。
《なんで知ってんの? あれ? この人、もしかしたら例の女の人?》
 ブチは、トラとその向こうの二つ目のてるてる坊主を見比べ ?を頭のてっぺんに三つも並べた。

〖はじめまして。私は目の女です。あるいは密かに目の観音様とも呼ばれています〗
 観音様が、頭の中で挨拶をした。
《え? 話してもいないのに》
 ブチも知らずに、言葉をかえした。

《ブチ、この人はなあ……》
 トラが目の観音様について説明した。
トラとブチの会話は、口でのおしゃべりである。
 ブチはふんふんとうなずき、猫の目をしばたたく。

《変な話だけど、トラが信じるんだから私も信じるよ。あのう、それで彩乃さんだけど、どうなったの》
 化け猫であるブチは、やはり彩乃のほうが気になっていた。
《うん、あちこち走り回ったけど、とうとう見つからなかった》
〖見つからなかったのは、どこかに行ってしまったからです〗
 観音様が二匹の会話に加わり、あたりまえの事実を指摘した。

《どこかって、どこだ?》
トラが、即座に問う。
〖たぶん秘密の場所でしょう〗
《秘密の場所ですって?》
ブチも反応する。

 トラとブチの声は、ちょっとふるえた。
彩乃は逃げたのではなく、どこかに連れていかれたのだ。
ひょっとして屋敷内の関係者しか知らない部屋とか地下室とかがあって、そこで……という憶測が頭に浮かんだ。

《でもさっき会ったとき、殿様の左衛門にそんな気配はまったくなかったけどな》
 トラは左衛門の剣さばきを思いだし、腹のあたりをぞくっとさせた。
〖家来が命じられていて、殿様の左衛門が知らないうち、帰った彩乃をそのまま連れていったのです〗

《やっぱり、彩乃さんがあまりにも美しすぎたんだ》
 ブチが口髭を揺らし、無念そうに首をふる。
《それで、彩乃さんを横取りするため、亭主の左衛門が薬を盛られたと言うんだな》
 トラがたしかめるようにつぶやく。

〖出入りの医者を使えば、たやすかったのでしょう〗
《医者は、だれかに頼まれたんですか?》
〖頼まれても断れない人物です〗
《徳川様かな》
 ブチが、思いつく絶対的な人の名をあげた。

〖将軍様は、望ましい女性があれば、大奥に献上せよと一言命じればそれで済みます。薬を盛ったりなどはいたしません。私はここで、いろいろな人を見てきました。旗本の二千石、三千石の地位であれば、江戸町奉行などの重要なお役につけます。お役のない旗本たちは、普段から幕府の要人に賄賂を贈ったり、付け届けをしたり、いろいろな工作をし、機会を待ちます。

何の地位にもつけない旗本の場合は、出世や栄華の可能性はほとんどありませんので、必死です。無役の朝倉左衛門もごたぶんにもれず、幕僚の有力者に請願していたでしょう。このとき、その要人が彩乃さんの噂を知っていてその気になれば、当然よこせと条件をだしてくるはずです。

しかし左衛門は要求を受け入れません。だから出世はあきらめます。しかし彩乃さんの美しさを知ってしまったその要人はあきらめきれず、左衛門の屋敷に出入りする医者を使い、薬で夫を病死させる方法を考えたのです〗
 頭巾を被った二つ目の観音様は、社会に起こる真実の一編を語った。

《だれなんだ、その要人は》
 当然、ブチとトラは知りたくなる。
〖私にはそこまでしか推測できません。あとはお助け猫のあなたがたが、事実を追っていくしかありません〗

 観音様の目が、トラとブチをうながすように瞬く。
《ようし、医者を捕まえるぞ。そしてここに連れてきて、観音様に頭の中を覗いてもらおう》
トラが、思いついた決意を口にした。