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化け猫地蔵堂 2巻 2話 永久のひと

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 一行を探せないと判断したトラは、人の流れに沿い、一緒に歩きだした。
 人々はやがて石段を登り、赤い鳥居をくぐる。

そこはもう浅草観音寺の参道である。
参道の左右に並んだ土産物屋を通りぬけると、左手の寺の塀際に石燈籠が並んでいた。まっすぐにいけば本堂である。お参りの善男善女の目的はそっちだ。

 トラは、左側の石燈籠の道にそれる。
ぱらぱらと人影がちらつく寂しい通りになった。
人よりも半身高い、一抱えもある石燈籠が一つ二つ三つと、ひんやりした列になっている。

トラは足を止めた。
三つめの灯篭の陰に、人影があったからだ。
座った姿勢で、てるてる坊主のように頭から布を被っていた。
その坊主頭には二つの目がついていた。
そしてその目が、足音もなくちかづこうとするトラを、じっと見ていた。

〖あなたは、ただの猫ではありませんね〗
 そして、ふいに声をかけてきた。
トラは四本の足をとめ、動けなくなった。
〖からだに妖気が漂っておりますよ〗

その声は、彩乃(あやの)かと思わせるほど清楚で落ち着いていた。
《いや、ちょっと待てくれ。声が頭の中に聞こえてるじゃないか。なんだ、これは》
 トラは、あわてて二つ目の女を見返した。

〖人間のことばが話せるんですね〗
二つ目の女が話しかけてくる。
《話したんじゃない。頭の中で考えただけだ》
 そう答え、トラは、え? と首をすくめた。
〖あなたの頭の中のことばを、一言一言、私の目が読んでいるんです〗
 二つ目の女が説明した。

《目で頭の中を読んでいるだと……妖気が漂っているのは、この女のほうだ》
トラは布の穴からのぞく二つの目から顔を逸らし、ずさりをしようと後ろ足を動かそうとした。
〖逃げないでください!〗
 女がトラの頭のなかで叫んだ。

 トラの足が止まり、動けなくなった。
見返す視線が、女の目とぶつかった。
女の目は、刺すように輝いている。

〖聞いてください〗
間違いなく頭の中の考えが、そのまま会話になっている。
〖あなたの妖気は、悪のためのものではありません。それを私は感じます〗
 目の女が、化け猫の妖気についての感想を述べた。
 事実を良い意味で指摘されたトラのからだから、ふわっと力みが抜けた。

 目の女も頭巾をゆらし、こっくりをする。
〖私はもう十二年も物陰に隠れ、この目で人を見てきました。十二年のあいだ、目で生きてきたのです。黙って人を眺め、五、六年ほどたったとき、人の声が頭のなかに聞こえてきたのです。その人の考えているさまざまな内容が、その人の言葉になって聞こえるようになったのです。その人が口を閉じていても、なにを考えているのか、どんな人間なのかがわかるようになりました〗

《そんなばかな……》
 トラはおどろいて、一言もらした。
〖はい、確かにそんなばかなです。でも聞いてくだい。以前は参道のいちばん前の灯篭の陰に私はいました。それで、人の心が頭のなかに入りだしてからは煩わしくなり、人通りの少ないこっちの陰に移りました。ときどき頭巾を外し、お顔を見せてお布施をいただくだけですから、ここで充分なのです。ところで、今日はとても嬉しいです。こんなふうに話せる相手なんて初めてなのです。あなたは猫だから、私がなにを話しても世間に噂をばらまいたりはしません。もちろん、あなたはただの猫ではなく、化けて人を助けたりしていますよね〗

頭の中の声は、一言一言はっきり聞こえていた。
《そうです。私はたしかに人を助ける化け猫です。神田駿河台下の地蔵堂に、雌のブチ猫と一緒に住んでいます。ブチ猫も私と同じ運命を担った猫です》
 目の女の真摯さを感じたトラは、素直な気持ちになって答えた。

〖なるほど。世の中には、あなたのような化け猫さんもいるんですね〗
目の女は、自分が化け物であることを忘れたように感心する。
〖それで、化け猫さんがわざわざ私を覗きにきたその理由を、お聞きしたいのですが?〗
 トラは成り行きに任せ、不思議な力を持つ、その目の女に彩乃について話してみようと覚悟を決めた。

何人かの人が通るが、一人と一匹の猫の会話には声がないので、気づかない。
トラは、彩乃についてのいきさつを話した。
〖その美しい奥方様を、私のようにですって?〗
話を聞いた目の女が、二つの目を猫の目のように大きく見開いた。

《それで、家来たちがやってきてお堂の前から連れていかれそうになったとき、『たすけてください』、と口を動かしたような気がしたのです》
〖たしかに左衛門とやらの彩乃様への執着は並々ならぬ気がします。でも、まってください〗
 目の女はそこで黙り、前かがみになっていた姿勢を正し、背筋を伸ばした。
そして、二度三度、胸を反らして呼吸を整えた。

〖左衛門さんは初めはちょっとした体調の悪さで、医者を呼んで薬を飲んだ。そうして何日かたったらいよいよ悪くなり、何人もの見舞い客がきたが病気にかこつけ、美人の彩乃の見物だったのだと分かった。そして左衛門さんは、ついには肝臓の病で余命一ヶ月と診断された……というのですね〗

目の女は話に出てくる人物を、頭の中で想像するかのように、瞼を閉じた。
そして目に浮かぶ光景を確かめてでもいるのか、眼球をせわしく上下左右に動めかした。
その目が、二つ並んで輝いた。目を開けたのである。

〖わかりました。ただし勝手な想像になります。実際に本人に会ってみればもっとはっきりするでしょう。でも、だいたい間違いはありません〗
《間違いない? なんのことだ?》
 会話ではなく、頭でそう考えた。

〖犯人です〗
目の女が答えた。
《犯人だって?》
 なんなのだとトラは途惑い、尾の先をひねった。
《なんの犯人ですか?》

〖三千石の旗本、朝倉左衛門を不治の病にさせた者です。トラ猫さんのおっしゃるとおり、奥方様があまりにも美しすぎたのです〗
 頭の中の会話だという事実を忘れ、トラはつい、にゃあと声にだしてしまった。
左衛門は不治の病にされたのである。

 すると足音がして、ここだ、ここだと本物の人の声がした。
「猫のやつが鳴いて教えてくれやがったぜ」
 三人づれの町人だった。

「目の観音様、いらっしゃいますか。ちょいと拝ませてください」
 一人がそんな声をかけてきた。
そして三人の中年の男が、石灯篭が並ぶのひんやりした空間に首をつっこんできた。
〖私を拝みたいのなら、一分(三千五百円)が必要です……はい、これはこれは三日前にいらした方、金兵衛さんとおしゃいましたね〗

 今までの人間を超越した態度をどこか押しやり、いつしか遣り手ババアのようになった。
 目の観音様は、てらてらした顔の金兵衛に向きなおり、金兵衛が連れてきた二人の男を二つの目でさっと観察した。
〖いいでしょう。悪い人ではなさそうです〗
 金兵衛の知人らしき二人の男は、困ったような仕草で頭をさげた。

〖薄日でも日の光に触れると痛みますので、一瞬でございます。さあ〗
 目の観音様と呼ばれた女は、被った布の裾を左手で探ってめくると、頭のてっぺんの膨らみに右手をかけ、さっと横に払った。
 頭巾の裾が宙に舞い、その下から赤い皮膚の顔面が露出した。