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化け猫地蔵堂 2巻 1話 仇討ち新之助

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《ほんとうに、十四、五歳くらいだよ》
《妹は十歳というところだろ。この二人で仇討かよ》
 トラとブチはおどろき、地面に腰を落としそうになったほどだ。

 新之助は似顔絵をかかえ、膝に乗せていた。
 似顔絵の男は目が細く、鰓(えら)が張り、みるからに乱暴そうだった。
 似顔絵の下には、つぎのように文字が書かれていた。

『此の男、遺恨にて我らが父梶原甚兵衛を殺害致し、逃亡中、元三河松平藩士、熊谷壇衛門(くまがわだんえもん)也』
「この絵の男を目撃いたした者がおりましたら、ご一報ください。わたしはいつもこちらの日本橋におります。ここにおらぬときは神田鍛冶町の富五郎長屋までご一報いただきたい」

 少年が大人の口調で告げ、妹と一緒に頭をさげた。
 落ち着いた態度だった。
「だけどおまえ、その男と果たし合いをやって、勝てんのかあ?」
 見物人の一人が訊いた。

 骨の細い色白の少年である。
 似顔絵の男と見比べたら、だれだってそう思う。
 だが、新之助に迷いはなかった。
「わたしはいままで、剣道の試合で負けたためしがありません。じゅうぶんに闘えます」 頬を赤く染め、きっぱり宣言する。

 あのな、とばかり道具箱を足もとにおろした大工職人が口をだす。
「剣道の試合と真剣で斬りあう果たし合いとでは、訳がちがうんじゃねえか?」
「たとえ返り討ちの恐れがありましても、わたしは武士の子、やらねばなりません」
 新之助は語調を強め、唇をひき結んだ。
「死んで本望です」
 眉に皺をよせ、ふっと横をむく。

「そうだ、がんばれ」
「それでこそ侍だ」
 かけ声がとんだ。
「兄上、がんばろうね」
 妹のお千が、澄んだ瞳で兄をはげます。

 一人が茣蓙(ござ)の上に小銭を置く。
 ほかの者も懐から小銭をだす。  
 二匹の赤茶の猫が二人のまえに座り、人間と一緒になってうなずいたり、首をかたむけたりしている。

《派手に宣伝しているようだけど、熊谷という男を見つけたとしても、どうなるんだろうねえ》
 果たし合いの結果についてだった。
《勝てないだろうな》
 トラが断言する。

 死んで本望と応える少年の心意気が、はかなく思える。
《なんだか、かわいそう》
 ブチが、寂しそうに眉をよせる。
 かすかに目が潤んでいる。
《世の中、強い者が勝つようになってるんだから、仕方がないだろう》

 少年一家は、決着をつけなければ二度と故郷には帰れないのだ。
 二匹がしんみりしていると、頭の上から人間に言われた。
「おい、トラとブチのぼさぼさ猫。こんなところにしゃがみ込んで、にゃあにゃあ、鳴きあってねえで、あっちにいきな。邪魔だ」
 足で横に払われた。

3 
 仇討ち探しの兄と妹は、夕暮れまえに日本橋をあとにした。
 新之助は丸めた茣蓙と似顔絵をわきにかかえ、腰に赤鞘の刀をさし、お千の手をひいた。
 少年の腰に、赤鞘の刀が重たげだ。

 日本橋の通りをぬけ、鎌倉町で魚を買った。
 二人のあとを、二匹の茶猫が尻尾を立て、ついていく。
 とちゅう何度か敵意を見せる犬に出会ったが、そのたび二匹は、はあっと息を吐きかけた。

 それだけで犬たちは頭と尻尾をさげ、逃げだした。
妖気を感じるのだ。

 二人が帰ってきたのは、地蔵堂ちかくの富五郎長屋だった。
木戸小屋の横の長椅子に、痩せて骨張った番太郎のおやじさんが座っていた。
「蝋燭と麦粉菓子をください」
「おう、お帰り。どうだった。いい知らせはあったかい?」
「いいえ。今日も駄目でした。でもあきらめません」

 うん、そうか、とおやじさんはうなずいた。
そして番小屋の窓に上半身を入れ、取りだした蝋燭(ろうそく)を新之助に、麦粉菓子をお千にわたした。
 木戸番は物売りも兼ねているのだ。

「代はいらないよ」
「すみません。でも今日は払わせて下さい」
 新之助は窓の縁に何枚かの小銭を置き、お千の手を取った。
 棟割の長屋である。

 細い路地の脇には溝板(どぶいた)がはめこまれ、頭上の左右の庇は、いまにも付きそうだ。
 富五郎長屋は名前とは裏腹に、あたりでいちばんの貧乏長屋だった。
 富五郎長屋の横の通りを、百メートルもいけば地蔵堂である。

 二匹の猫の住む地蔵堂はゆるい坂の上り口にあった。
 その地蔵坂を登りきれば、お茶の水の昌平橋にでる。
 橋のむこうは神田明神だ。
 二匹は今日、邪魔だと追い払われたあと、欄干の下の陽だまりに腹這っていた。
 だから、まだ腹や胸がぬくかった。

 その間、仇討の少女と少年は見物人や通行人からずいぶん銭をもらった。
『仇討ちか』『まだ子供じゃないか』『相手は強そうだぜ』『いつからさがしてんだ』『助太刀する者はいるのか』『まあ、がんばりな』『きっとうまくいく』『かわいそうに』『おっ母さんはどうしてる』『くじけんじゃないよ』
 みんなが言葉をかける。

『江戸に知りあいはおりません』『でもやってみなければわかりません』『わたしは侍の子です』『がんばります』『ありがとうございます』『負けません』
 二人もきっちり応えていた。

 トラとブチは、しっかり手をつなぐ兄弟の後について長屋の奥にむかった。
 どの家も障子戸の紙が破れ、なかは煤けたり、壁が崩れていたりしていた。
 畳のない家もあった。

 コメカミに絆創膏(ばんそうこう)を貼り、煙管(きせる)を銜(くわ)えたおばさんが、なぜか表をにらんでいる。
 男が腕まくりで酒を呑んでいる。褌ひとつだ。
 男と女が怒鳴りあっている。
 今にも取っ組みあいがを始まりそうだ。
 となり近所のさわぎをよそに、縫い物をしているおばあさん。
 部屋のまんなかに敷いた座蒲団にちょこんと座っている。

「母上、ただいま帰りました」
 新之助が足をとめ、障子を開けた。
 トラとブチは用水桶から長屋の屋根に飛び移った。
 そこは新之助のむかいの家だった。

 すぐに新之助が家のまえに七輪を用意した。魚を焼くつもりらしい。
 開けられた戸口から、なかが見えた。
 四畳半の壁ぎわに掻巻布団が敷かれ、浴衣着姿の細身の女性が座っていた。
 色が白く、目鼻だちがはっきりしていた。
 母親のお雪のようだった。まだ若い。

《ほう、美人じゃないか》
 トラが首をのばす。
 長屋に住む職人や浪人が助太刀をすると口にしていた。
 男たちはどこか興奮ぎみだった。
 むかいの家の庇の上にしゃがんだトラとブチも、にゃおうと頷きあった。
 なるほど、と納得したのだ。

 こほんこほんと、母親のお雪が咳をした。
 そばに座った娘のお千が背中をさする。
「今日はどうでしたか。親切な人はおりましたか」
「はい、おりました母上。銭もたくさんいただきました。もうすこしでお 江戸でいちばんのお医者さんに診てもらい、よい薬も買えます」
「苦労をかけ、申し訳ないねえ」
 母親のお雪がまた咳こむ。
 お千の小さな手が、せわしく母親の背中をさする。

 母親の白くか細い項が、どこか育ちのよさを思わせた。
 あらあらと声をあげ、隣からおかみさんがでてきた。
 七輪の煙に気づいたのだ。
「お貸し。あたしがやってやるから」
 新之助の団扇をひったくった。