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猫の女王

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「管理事務所前の広場で全面降伏の式典と宴会をおこなうので、異国人の方もいっしょにどうぞ、とのことです。今は式典の準備で、日ノ元の連中は大わらわです」

「いいね。だけど式典の場所だけどな」
背をむけて座った片耳の声が、丸めた背中から発せられた。
「降伏式典も宴会も、ここでやる。裏口のシャッターの鍵を見つけたから開けとく」

「おれ、オブザーバーとして出席するだわ」
猫語を話すモンゴロイドのニャンコ・イビリヤーノも、頭上から会話に加わった。
「以上、これを伝えに公民館にいってこい」
片耳が、右肩の乱れた毛並みをぺろんと舌で舐め、ふり返る。

「それから料理よりも、たっぷり酒を用意しろとな」
クロも、シロアシに命じる。
「そうだ、新たに任命した公民館警備隊隊長、鼻黒もどってこないな。なにか情報探ってるか。それとも、捕まって首吊られたあるか」
ニャンコ・イビリヤーノが思いだして問いかけた。

「さあ、見かけませんでしたけど」
シロアシはすまして答えた。
「殲滅隊やられた。警備隊やられた。恥ずかしいの責任者、顏だせないのな。まあ、そのうち帰るな」
「シロアシ、とにかく行ってこい」
クロが命令しなおした。

シロアシはその時、壁の時計を大げさに見あげた。
「そうだ。うららさんですけど、十時半になったらトイレにいく時間なので教えてくれと、頼まれていました。ちょうど十時半なので公民館にいくまえに、教えにいってきます」
片耳もクロも、うららと聞いて警戒心の紐がだらりとゆるんだ。
「そうか、それなら、ちゃんとトイレまで案内してやれよ」

クロは、カウンターで扇子をかかげて踊る笑顔満面のうららを見あげる。
「はい。トイレに案内し、そのまま伝令にむかいます」
そう告げるとシロアシは、デスクの天板にあがり、一気にカウンターの上まで跳ねた。

カウンターのむこう側のサビ猫たちが、飛び入りのシロアシに、わっと歓声。
歴史研究会の若い三匹も語学生も歓声にあわせ、必死に腰をくねらせている。
せまい猫の額の毛先に、汗の玉が光る。
清潔そうな若い娘の汗の香り。

シロアシは、得意の足技で小刻みにステップを踏みながら、中央で扇子をかかげて踊る白猫のうららにちかづいた。
うららがシロアシに目をくれる。
合唱隊には加わらないが、部下としていつもクロの側に控えていたすらりとしたサビ猫だ。
利用できればと、このシロアシにもハニトラを仕掛けた。

話してみると、かなりまともで純情なようすで、うららをしたう素振りを見せた。
だから一か八かで、知り得た情報を託してみた。
ちかづくそのシロアシが、親指と人差し指を丸め、OKのサインをだしてきた。伝令は成功したという合図だ。

さらに接近してきたシロアシの口から、意外な言葉がうららの耳に飛びこむ。
「トイレで八田さんと銀次郎さんが待ってます。ここから逃げだします。おしっこしたくなったふりして、下に降りてください」
ステップを踏んで離れていくシロアシを見守る。

クロの下で走り使いをしている、と自ら語ったシロアシだ。
もしかしたらこれは炙(あぶ)り出(だ)しではないか、信じていいのかと一瞬迷った。
しかし、自分を見るときシロアシの目に、羨望(せんぼう)の色があった。
罠(わな)を仕掛けたときの、なんでもないよと言わんばかりの無色の光ではない。

ネコの気性がだんだん合ってきたようで、熱い血が頭のてっぺんに登り、渦を巻いていた。
その熱気で興奮し、今にもニャオーンと叫び、バンザイ踊りで暴れかねない勢いだ。

しかし、いつまでも踊ってはいられない。
いろいろな情報をつかんだし、そろそろいいかな、とうららは決心し、カウンターの裏側のほうによった。
踊りながら、掲げていた扇子を腰巻の股間にあて、声にださず『おしっこ』と大きく口を開け、クロと片耳に告げてみる。

そうしてつぎに表側にでると、観客に向かい、同じ仕草をした。
そのあとでカウンターの端により、シロアシが待っているフロアの床に飛びおりた。
「こっちです」
シロアシはあわてる素振りも見せず、先に歩きだした。

カウンターが途切れ、ならんでいる接客用の個室の前をとおりすぎた。
通路にぶつかる。そこを左に折れる。警備のサビ猫の姿はない。
頭上にトイレの標識が見える。
そのむこうの廊下のつき当たり、シャッターの下側の隙間に月の光が射している。

トイレにちかづくと、シロアシがぴっと小さく口笛を鳴らした。
うららは緊張した。もしかしたらそれを合図に、警備係が飛びだしてきやしないか。
男子用のトイレのドアが開き、三毛猫の銀次郎と灰猫の八田が姿を見せた。

わあっと嬉しさのあまり、悲鳴をあげそうになった。
もう一ヶ月も二ヶ月も会っていないような気分だった。
銀次郎と八田は、うららの心理などにおかまいなく、二匹そろってこっちと顎をふった。

そして、背後のシャッターのほうに歩きだした。
案内されたシャターの隙間から外にでると、サビ猫たちがひっくり返っていた。
全面降伏のふるまい酒と、明日の戦利品の分配に酔っているのだ。

うららは、ピンクの腰巻を放りだした。
待っていた日ノ元族の三匹の若者に守まれながら、走りだした。
その背後に、三毛猫の銀次郎と灰猫の八田がついた。
幸い、まだ誰にも気づかれていない。

「私は、大事な用件があるので、先に公民館まで一気に走ります」
全面降伏式典の場所の変更を伝えに、シロアシは先に跳びだした。
両手足を駆(か)って疾走するその影が、みるみる月明かりのなかで小さくなった。
作品名:猫の女王 作家名:いつか京