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猫の女王

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カウンターの内側、スチールデスクがならぶ事務エリアの通路からだ。

だだだだっと、スチールデスクの側面を叩くような音がした。
埃だらけの事務備品の隙間から、黒いかたまりが転がりでた。
大柄の猫と細身の二匹だった。
「ぎゃうー」
「があふー」

「おれの女にちょっかいだすな」
「うららはおれの女だ」
「うららはおれに惚(ほ)れてんだ」
「誰がジジイなんかに惚れるか」
「がうー」
「うぎゃ」

「おい、おい、おい。互いに追ったり追われたり、オフィスもう三周してるわな。おめえら現地のボスよな。だめあるな。百八十の殺戮隊(さつりくたい)の指揮、だれとるか」
猫語をしゃべる異国人の男、ニャンコ・イビリヤーノだ。

イタリア風の名前を名乗ってふざけているが、実態はモンゴロイド系のただの醜男(ぶおとこ)である。
占拠した公民館で最後までがんばっていたが、結局、疾風(しっぷう)のごとく逃げだし、新に設けられた廃業銀行の本部に居座ったのだ。

銀行の床で暴れていた二匹は、ドラ猫合唱隊の隊長のクロと、裏のボスと言われているエサバーの支配人、片耳である。
背中は茶毛だが、表はサビ毛であり、鼻黒と同じように半サビと呼ばれていた。

「もうやめだわな」
二ャンコ・イビリヤーノが止めに入る。
二匹は互いに噛んでいた相手の肩から口を放し、はあはあと息づく。
あたりにサビ色の毛が散っている。

「どれだけ、あの白猫いいか」
ニャンコ・イビリヤーノの問いに、二匹は喧嘩を忘れ、毅然(きぜん)と言いかえす。

「一度でいいからあの女と」
「ブスの女房しか知らないで、死ねるか」
クロと片耳が、交互に声をあげる。
口のなかに残っていた毛を互いにぷっと吐きだす。
その毛が薄暗い宙に散り、明かりに光る。

「日ノ元族、全面降伏申し込んできたな。緊急行動法も発令された。喧嘩してるといいことあるな。もっとやる、もっといいことある。もっと喧嘩やるか」
ニャンコ・イビリヤーノに焚きつけられた二匹は、首をひねり、肩の力を抜き、一息ついた。

「うらら命」
暴走族のながれか暴力団系なのか、クロが片腕をつきあげる。
負けるものかと、歳のいった片耳も宣誓(せんせい)する。
「うららで起立」
つきあげたゲンコを、ぐいっとひと捻りする。意味は不明だ。

どどどどどど……。
わあわあわあ……。
きゃあ、きゃあ、きゃあ……。
フロアは相変わらず大騒ぎだ。

指令をおび、日ノ元郷に潜入したサビ猫たち全員が集まっているのか。
八、九十匹ちかくはいる。隠れるように団地に住みついていたのだろう。
うまく言えないが、普通の野良と目つきがちがう。


現地の工作員はドラ猫合唱隊もふくめ、みんな血気さかんな若者だ。
緊急行動法で暴れられたら、大変な事態になっていただろう。
銀次郎は、うららを連れだすという大事な任務をひかえながら、うらら人気におどろき、ちょっとした思考停止状態になった。
シロアシも、貸金庫のボックスから首を出し、うっとりと見とれている。

二ャンコ・イビリヤーノが、幹部の二匹に話しかけている。
「このさいな、やつらこっちに呼ぶ。殺戮隊(さつりくたい)の連中も参加させ、宴会と調印式ここでやる。どうか」
「うらら命。それいい。速足(はやあし)のシロアシもどったら、すぐ伝令だす」

「うららで起立。それがいい。やつらここに呼んで支配式典だ」
取っ組みあいの二匹は、所かまわず噛みつきあったため、体の毛をあちこち乱しながらニャンコ・イビリヤーノに賛成する。
突然、名前の出たシロアシは、そうだ自分は伝令だったんだと使命を思いだし、腰を浮かした。

「銀次郎さん八田さん、わたしの出番です。降伏式典を管理事務所前の広場ではなく、ここでやりたいらしいです。どうでしょう?」
「いいね。日ノ元猫族殲滅隊(せんめつたい)として出動した全員と、使命をおびた者もここに集めると言うことだから、逆にチャンスじゃねえか。

公民館にいたはずの他の異国人のやつら、恐怖に関する勘(かん)が鋭いのか、とことん逃げて団地の住まいも捨て、鬼花郷の郷境(くにざかい)のほうまで遁走(とんそう)したらしい。だからここには今、あのイタリアだかの猫語をしゃべる男しか残ってないみたいだけど、とにかくやつらをまとめて始末できそうで一安心だな。しかし、その前にうららを連れださないとな、どうするかだ」

うーんと、部下のうららの運命を思案する八田が唇をかむ。
十秒ばかり鼻でうめいてから、そうだとばかりにうなずく。
「うららは比較的トイレがちかい。だからシロアシは下に降りたら、クロ隊長と片耳に『うららさんに頼まれていたんだ。廃業したここの銀行は初めての場所なので建物の内部をよく知らないから、夜の十時半になったらトイレに案内してちょうだいって』と告げ、うららに近づけばいい。ほれ、もうすぐ十時半だ」

廃業した銀行だったが、なにかのために電源は活かされていた。
壁の時計がちょうど十時半を示していた。

「トイレならおれが案内するって、どっちかが言いだしたらどうします?」
銀次郎は思いついて八田に訊ねた。
それはありそうだなあ、と八田はまたちょっと考えた。
「『トイレしてるとき、オナラがでるかもしれないので、聞かれると恥ずかしいから誰もついてこないようにって注意されてる。自分はトイレの場所に案内するだけです』ってのはどうだ」
思いついた八田の提案だ。

「うららのオナラか」
シロアシがつぶやく。
「八田さん、時間がないからそれでいきましょう。シロアシ、急いでくれ。気をつけてな」

「そうだ。その前にトイレの場所、聞いとかなきゃ。どこにあるんだ?」
気づいて銀次郎が確かめた。
「この下のデスクの前の通路を右にまっすぐいったところです。裏口の手前です。さっき来るとき、表をとおりかかりました」
「分かった。トイレにうららとお前が向かったら、おれたちもここから出てむこうで待ってる」

シロアシは銀次郎と八田がうなずくのを見、ひらりとボックスから飛びおりた。
ほこりだらけのスチールデスクの天板に、そこを利用しているシロアシの足跡がいくつも重なってついている。
足跡のあるデスクを三つほど踏み、大きなデスクの上に着地する。

「お、噂する、すぐ帰ったな。おい、シロアシ、そっちだ。そっちいけ」
ニャンコ・イビリヤーノは、尊大に眉根をよせた。
自分のデスクの前の谷間を、顎で示す
そこには、二匹のサビ猫がくたびれ果てた顔で互いに背をむけ、離れて座っていた。

大きな背中はドラ猫合唱隊の隊長のクロ、細い背中はエサバーの片耳。
二者が対等に戦ったのは、歳をとった片耳に多少の武術の心得があったからだ。
しかし『うららで起立』の号令のように、寄る歳には勝てなかった。
それでも必死に頑張ったのは、女性に興味がなくなれば人生はそれで一区切り、あとは死ぬだけ、という悟りがあったからだ。


「おう、戻ったかシロアシ」
シロアシの姿を見、クロが声をかけた。
「全面降伏を承知したと、日ノ元に伝えたんだな」
「伝えました」

「で、反応はどうだった?」
作品名:猫の女王 作家名:いつか京