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猫の女王

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銀次郎は、腕を取られながらも掲げた袋は放さなかった。
「なんだこれ」
「別になんでもないです」
「見せろ」
袋を掴もうと体を寄せ合い、三人が一固まりになった。

息を詰め、爪先立ち、同時に袋を引きあった。
ぱつん、と音がした。
同じ態勢の三人が、あっと同時に口を開けた。
無理に引きあった袋が、破裂したのだ。
霧状の粉が三人の顔面をおおった。
息継ぎのため、胸をふくらませ、息を吸っ瞬間でもあった。

「やばい。吸いこんだ。ひゃあ」
銀次郎は叫んだ。
三種のマタタビの効能が、頭にひらめいた。
もしこれが赤い実の粉だとしたら……。
銀次郎は力いっぱい前腕をひねり、八田刑事の手をふり払った。

かがみこみ、口に入った粉を、かあと吐きだした。
間違っても、まだ死にたくなかった。
「おい、なんだこの粉」
八田と女刑事のうららは、それでも身柄確保のつもりで銀次郎を押さえつけようとした。
「もしかしたら死ぬぞ。刑事さん、口に入った粉、吐きだせ」

銀次郎の必死の訴えだった。
刑事たちはぎょっとなった。
銀次郎から手を放した。
そして、同じように腰をかがめ、かあっと唾液を吐いた。
銀次郎はぜいぜいと喘ぎ、涙のにじむ眼をまばたいた。


果たしてどうなるのかと、身体におこる変化をまった。
五秒、十秒、十五秒……しかし、なにもおこらなかった。
自分たちに妙な忠告をした銀次郎を、刑事たちがかがんだ姿勢で見守った。
「おい、説明しろ。どういうことだ」
八田刑事が、前かがみの体をおこした。

うららが、唾がついたかもしれないシャツの胸をハンカチで拭う。
昼間、ちらり警察の略帽(りゃくぼう)をかぶった横顔を眺めただけだったが、帽子をとった私服の今、街灯と月明りに照らされたうららは、かなり可愛らしかった。
瓜実顔(うりざねがお)で色が白く、猫の目のように、ぱちっと目がはじけていた。

銀次郎は呼吸をととのえ、にわかに現われた二人の刑事を見守った。
「高田銀次郎さん、話してくれませんか?」
女刑事のうららが、おだやかな声で命じた。
疑いを持っているのだ.
庭の隅や、部屋が見えるちかくの棟から見張っていたのだろう。

米田トメの事件に関係ない自分である。
しかし、妙な対応をするとパトカーに乗せられないとも限らなかった。
「いま頭から浴びたのは、マタタビの粉です。いなくなった米田トメさんが、ここに埋めたと教えてくれたんです。本当かどうかを確かめるため、掘ってみたらそのとおり瓶が埋まっていました。そして、なかに袋が入っていました。ただし、今のように奪いあってしてしまったので袋が破け、入っていた粉が空中に散ってしまいました」

「マタタビだあ? それでそのマタタビが何だっていうんだ?」
きょろっと八田の目が動いた。
まさかマリファナじゃねえだろうな、という光りかただった。

「ただのマタタビではないんです。米田トメさんの話では、ここには三種類のマタタビが埋まっていて、そのマタタビの一つは猫が人間になるもの、二つめは人間が猫になるもの、三つめは生き物を殺してしまう毒性のものなのだそうです。毒のマタタビは赤い色をしているそうで、この三種のマタタビは、人間社会で暮らすようになった猫の発祥(はっしょう)の地であるリビアという遠い砂漠(さばく)の国の山で採れるのだそうです」
銀次郎は知らされた事実を素直にのべた。

「猫が人間になる? 人間が猫になる? そして死んじゃう?」
「はい。米田トメさんはそう言ってました」
「……」
二人の刑事は下唇を噛み、銀次郎を見守った。

「おまえ、面白いこと言うねえ。昼のとき、なんでそれを言わなかったんだ」
「あまりにも突飛(とっぴ)な話なので、頭が変と思われそうで遠慮したんです。それで今、自分も気がついたんですが、ちょっと話してみていいですか」
銀次郎は二人の刑事の返事も待たず、喋りはじめた。

「米田トメさんは、死んでしまうマタタビと猫になるマタタビの二つを舐(な)めてしまったんです。だからあんな猫の姿になってしまったんです。そこの木の下を掘り返したとき、瓶(びん)に入っていた袋は一つだけでした。三つのうちの二つを米田トメさんが使ってしまったんです。だから残っていた袋のなかの粉は、猫が人間になるマタタビだったので、今ここでみんなが吸ってもなんでもないんです。ただし、これは憶測ですので、本当かどうかは分りません。もし私たちが吸いこんでしまったマタタビが、人間が猫になるものだとしたら、私たちは猫になってしまいます。もしそうなったら、どうしますか?」

「面白そうなお話しだなお前。それ、本気で言ってんか?」
銀次郎の説明に八田刑事は大声で応じ、女性刑事のうららに目配せをした。
「この穴は夜が明けたら改めて調べるとして、とりあえず七千代署と関連している病院がちかくにあるので、そこでちょっとばかり診てもらおうか高田銀次郎さんよ。うらら手配してくれ」
「はい」
うららがスマホを取りだした。
作品名:猫の女王 作家名:いつか京