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猫の女王

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妄想(もうそう)はくり返し、思い詰めているうち、もっともらしい物語性と現実味をおびてくる。
猫が人間になる……。
人間が猫になる……。
毒性があり、死にいたらしめる……。

まさか、と大きく息をついた。
米田トメの妄想を確かめるためには、紅葉の木の下を掘ってみればよかった。
そこに、三種類のマタタビを埋めたと話してくれたのだ。
銀次郎は立ちあがり、窓辺に歩みよった。

窓の外の庭の斜面には、三本の紅葉が仲良くならんでいる。
埋めたとすれば斜面の下ではなく、平坦な上側だろう。
するとその手前の芝の庭を、茶と白のマダラ猫がやってきた。
四本の足をゆっくり動かしながら、ふと立ち止まる。
銀次郎のほうに顔をむける。

茶色の顔に喉から腹にかけ、白毛がひろがっている。
茶毛の背中には白の縞(しま)が散っている。
丸い目が、窓ごしの銀次郎をじっと見たような気がした。
丘状の斜面は陽だまりだ。
あたりが縄張(なわばり)らしい。今日もそこで腹這うつもりだ。
なにをしているのか、ときどき数匹の猫と鼻をつき合わせたりしている。

猫は団地内にかなりいるようだ。
メインの大通りをぞろぞろ歩いていたり、夜じゅう大勢で騒いでいたりする。
だが住民は寛容(かんよう)である。
十匹ちかくが列になってわめきながら歩いていくのを、お年寄りがひょいと跨(また)いで通ったりしている。

銀次郎はサンダルをつっかけた。
マダラ猫の休憩所である芝生の斜面にむかった。
そこには、二十センチほどの太さの三本の紅葉がならんで生えている。
銀次郎の姿を察知すると、マダラ猫は腹這ったからだをおこし、背後のツツジ柵の茂みに消えた。

銀次郎は、マダラ猫がいた場所に立ってみた。
芝が陽を浴び、青く光っている。
ぐるっとならぶ団地の建物が見渡せた。
足元に目を凝らしたが、なにかがある訳ではなかった。

そこから眺めた米田(よねだ)トメの部屋の窓は、ブルーのシートで塞がれていた。
警察の関係者は、一応ひきあげたようだった。
しつこいところもあったが、あっさり引き上げてしまった。
しかしそれは演技で、なにかの証拠を掴もうと自分を監視しているような気がし、そっとあたりに目をやってみる。

団地のなかだから、建物ばかりだ。
たくさんの窓が自分を見ている。
だが、ガラスのむこうの人影は判別できない。
銀次郎が住む14号棟やその左右に広がる棟のベランダ。

そこに洗濯物や布団が干されているが、人の気配はない。
四階や五階の窓やベランダに、カーテンも物干し竿(さお)もないところは空き家だ。
四階や五階に空き家が目立つのは、年寄りが多いからだ。階段が苦手なのだ。

銀次郎は散歩をよそおい、そこに立っていた。
三本の紅葉の真ん中の木の根元を、あらためて確認してみる。
芝が変にふくらんでいる訳ではなかった。
掘って、マタタビが埋められているかどうかを確かめよう。
今夜やろう、と心でつぶやき、部屋にもどった。

この団地に住んでから、米田トメ以外の住民とのつきあいはなかった。
部屋の上の人たちとは、出会えば挨拶ぐらいはするが、話したことは一度もない。


やがて、窓から眺める紅葉に、西陽がさした。
誰にも邪魔されず、いつもの日没がやってきた。
会社勤めのサラリーマンたちは、まだ通勤電車に乗ったばかりだろう。
都心から離れたこの団地にもどるには、日が暮れてから一時間半ほどが必要だ。
駅からバスにゆられ、団地にたどり着くと食事をすませ、風呂に入り、テレビやネットを見て床につき、明日の出勤にそなえる。

相変わらず、外に人の気配はない。
誰一人として庭を横切る者もいない。
頭上に白い月が浮かぶ。

ときどきツツジの柵のむこうを、帰宅した通勤用の車がライトを照らして走る。
その車もやがて途絶える。
惰性(だせい)でつけているテレビが、お馴染みのタレントたちを取りそろえ、騒いでいる。
ただし、音は最小にしてある。

そろそろいいだろうと、銀次郎は息をととのえた。
台所の包丁棚から、肉厚(にくあつ)の出刃包丁を取りだした。
芝生を切って剥がし、その下の土を掘るのだ。
庭にでて、ゆるい芝の斜面を一歩一歩のぼっていく。
三本の紅葉は目の前だ。

ふり返ると、いつ帰ってきたのか、団地のベランダのあちこちに明かりが灯っている。
だが、相変わらず人影はない。
ときどき、遠くから響く子供の叫び声。
もちろんここには、若い夫婦も住んでいる。

銀次郎は、三本の紅葉の真ん中の木の下にひざまづいた。
それとなく辺りを見回す。それらしき怪しげな影はどこにもない。
一帯は、月の光と通路にならぶ街灯で、ぼんやり明るい。
木の根元の芝生に出刃包丁を突き立て、ぐいっと横にひいた。

芝を切り裂き、土を掘るのだ。
だが、芝の根で固まった土がとちゅうでふわっと軽くなった。
込めた力があり余り、横によろけた。
すでにその場所に、誰かが切れ目を入れていたのだ。
以前の切れ目と、銀次郎の出刃が重なったようだ。

手を横について姿勢を立てなおす。
切れ目を探ってみると、ぐるっと曲がり、楕円(だえん)を描いていた。
三ヶ月くらい前の切れ目なのか。
切れ目と切れ目のあいだに、芝が軽く根を張っていた。
米田トメさんだろうか。とにかく、マタタビが埋めてあるかどうかである。

芝生を剥がしてみる。根が土をつけ、分厚くめくれた。
その下の土のなかに、ちらっとガラスが光った。
手で土を払ってみると、蓋(ふた)のついた透明の瓶(びん)だった。
掴んで引いてみると、すぽっと抜けた。小さなコップほどの大きさだ。
なかにポリらしき袋が入っている。指二本ほどの太さで半透明だった。

「あれ、ほんとうだ……」
銀次郎は息をのんだ。
米田トメさんは、嘘をついていなかったのだ。
胸が鼓動(こどう)をきざんだ。

しかし、すぐに気がついた。
米田トメさんの話が事実だとしても、それぞれをどのように確かめるのか。
なかに入っているものがマタタビだとしても、猫が人間になるもの、人間が猫になるもの、赤いものは毒である。舐(な)める訳にはいかない。

銀次郎は瓶(びん)の蓋(ふた)を開けた。
半透明の袋のなかは、曇って見えない。たしかに粉状のものが入っている感じだ。
ふかふかしている。
その袋のなかに、さらに小分けした三種類のマタタビが入っているのか。

銀次郎は立ちあがった。
紅葉(もみじ)の枝の影を避け、三歩大きく横に移動した。
指でつまんで、袋を頭上に掲げた。
街灯の明かりに透かしたが、中身ははっきりしなかった。


「おい、なにしてる」
突然、背後で男の声がした。
同時にツツジの垣根がざわめき、足音が乱れた。
おどろく銀次郎。
その腕がぱっとつかまれた。掲げていた袋にも手がのびた。

「なにかやるんじゃねえかと睨んでた。やっぱりこんなもの隠してやがった。証拠品だ。うらら、この袋、確保しろ」
七千代署(ななちよしょ)の中年刑事、八田(はった)だった。
春野うららという、若い女性刑事をつれている。
やはりどこかから、銀次郎を見張っていたのだ。

女刑事のうららが、横から手をのばした。
そこは土が盛りあがり、一段高くなっていた。
作品名:猫の女王 作家名:いつか京