猫の女王
ついで、ごろんとひっくり返った。
「おっかさーん」
仰向けになって、夜空に呼びかけた。
「おれは、とうとうやったぞ。日ノ元郷のやつらが全面降伏しやがった。鬼花郷のサビ猫党員になって殺戮隊に入ったおれたち隊員に、土地が分配されるんだ。もう俺はゴミ漁りの猫なんかじゃない。おれは広い活動地域をもらって、そこの草原に住む野ネズミを捕まえ、のんびり暮らすんだ。勝利の前祝で酒はふるまわれるし、明日は日ノ元の女を選んでいっしょに暮らせるようにもなれる。落ち着いたら迎えにいくからな。待ってろにゃ、おっかさーん……ぐうぐうぐう」
正式の宴会はまだこれからだというのに、すっかり満足し、眠りだした。
銀次郎たちは、胸をなでおろした。
招集された殺戮隊は、やはり普段から酒などたらふく飲んだことのない貧しい育ちのようだった。
公園では、奴隷(どれい)同然の身分らしき者が、それぞれ胸の内を発露し、騒いでいる。
しかし、それでも山の奥からの招集ではなかったようで、みんな猫の標準語をしゃべっている。
「鬼花郷は民主主義の国だ」
「だけど、いつも立候補者は一人だけだ」
「民主主義だから、その人を各自が選びなさいって」
「選ばないと、刑務所にいく」
「民主主義デモクラシイイって、どこがだ」
「言うとおりにしていれば暮らしいいんだよ」
その二匹のお喋りをさえぎり、口髭の牡が立ちあがった。
「日ノ元郷の連中は、鬼花郷からやってきた異国人のニャンコ・イビリヤーノさんの指導のもと、本日の戦闘でこの地を占領しようとしたら、あっさり向こうが全面降伏を申しこんできた。なんと、戦わないで奴隷(どれい)になりたいと頭をさげてきたんだ。世の中にはこういう猫族もいるんだな」
口髭の男は、いくらなんでもありえないと驚いているのだ。
まわりのサビ猫たちは、ごろごろにゃん、と肩をゆらして笑った。
「日ノ元族は争わない主義だから、それでいいんだよ」
「日ノ元に住む人間たちも同じだ。挙国一致(きょこくいっち)で人も猫も奴隷を目指しているんだ」
口髭の男は続ける。
「政治家も役人もみんな洗脳され、あるいはハニートラップされ、知恵をつけて賢(かしこ)くならないよう、武器を持って強くならないよう、経済成長して豊かで楽しい国にならないよう、歴史を学んで自分たちが他にない豊かな心を持った立派な民族であるというようなプライドを持たないよう、もしそうなったらまた原子爆弾を落としてやるとか、大地震をおこしてやるとか、責任者は丸裸にしてヘリコプターで逆さ吊りにし、極寒(ごっかんの)のアラスカ上空を飛び回り、最後は注射で殺してやるとか、滅茶苦茶おどされる」
はあはと息が荒い。
「そんな事実を知らず、嘘ニュースの新聞を読み、タレントのおしゃべりテレビしか見ないまじめな住民は、自分たちに影響するさまざまな事件があちこちでおこっているにも関わらず、なにも知らされず、自分たちが考えなければならない現実から切り離され、先進国に押しつけられた毒性の食品を食べ、家からせっせと職場にかよって働き、夜遅くに帰ってきてまた朝はやく働きにでる」
息もつかさず、まくしたてる。
「そのくりかえしだ。団地にかぎらず全国的にみんなそうだ。奴隷と同じだよ。奴隷は奴隷でも、自由に金を稼ぐまじめな奴隷だ。稼いだ金はみんな税金とやらで持っていかれ、極秘の使われ方をする。本当は自分たちが突出した知力と覇気(はき)と勤勉さ、そして平和を尊ぶ豊かな心を持つ金持ちの民族であることに気づいていない。
やられるだけやられているのに、まだ怒ろうとしていないのだ。どうかしてるよ。実は日ノ元郷の猫族も、ここの人間とそっくりなんだよ。なにしろ日ノ元の猫は、大昔から米作りをはじめた日ノ元の人間に、ぴったり寄り添って生きてきたからな」
口髭は肩をくいっとあげ、両手をひろげる。
そして、信じられないとばかりに首を傾げる。
「それでも昔、猫の女王がいたとき、日ノ元族はなんとかしようと頑張っていたようだけど」
隊員の誰かが応答する。
「女王は、二十年くらい前、ふいにいなくなったって聞いたけどな」
「ふいにいなくなったのなら、ふいに現れることもあるな」
「まさか。とにかく、女王とやらがいないでよかったな、みんな」
指揮官らしき口髭の男は、まわりを見回し、髭をなでる。
シロアシを含めた藪(やぶ)のなかの六匹は、白猫のうらら、待ってろよ、いま迎えにいくからな、と互いにうなずきあう。
もしおれが、女王様の亭主になって子供を産ませ、このままこっちの世界に住んだらどうなるんだろうと、銀次郎はふと思い、胸を高鳴らせた。