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猫の女王

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14 うらら奪還作戦


こうなったからには、日ノ元郷の猫の女王様に、ハニトラをやらせるわけにはいかなかった。
一刻も早く助けだすのだ。
白猫のうららがいくらしっかり者だとしても、相手はドラ猫合唱隊の隊長のクロだ。そして陰のボスの片耳だ。

かと言って大勢でおしかけ、奪還するわけにもいかない。
なにしろ日ノ元郷猫族は完全降伏し、今や無気力状態であるとシロアシが報告し、油断をさせる作戦をとっていたからだ。
しかも、うららが日ノ元族のシンボル的な猫だと分からないように、そっとやらなければならない。

「大変なことになった」
灰猫の八田も三毛猫の銀次郎も、胸がふるえた。
春野うららは、二千五百年以上も続く日ノ元猫族の女王様だったのだ。
三毛猫の銀次郎が奪還作戦の主役に選ばれた。

もっとも、銀次郎ははじめからその気だった。
ネコババアの米田トメとヨボジイの要請もあった。
うららは自分の部下だからと、八田も加わった。
それに、腕に自信のある日ノ元族の三匹が選ばれた。

廃業の銀行まで、裏道を案内するのはシロアシだ。
シロアシが、うららを銀行の外に誘導する手だてをする。
あとは助人である銀次郎と八田たちとともに、ひたすら逃げる。

追手があったとき、三毛猫の銀次郎と灰猫の八田の出番になる。
もしかしたら討ち死にし、猫のまま人生を終えるかも知れない。
しかし、うららのため、日ノ元郷のため、はもちろんだが、そこには銀次郎にも八田にも男の意地があった。

鼻黒のじじいと米田トメの指示を受け、緊急行動法を警戒する日ノ元の猫から、次々にテロのサビ猫を捕まえたという情報が入ってくる。
「殺さないでください。娘たちも男たちも洗脳されているんです。やがて目覚め、日ノ元に馴染(なじ)んでくれます。みんながみんな敵だとは限りません。この地でいっしょに生きていこうとしている普通の鬼花郷の者も大勢いるんです」
同情は禁物だと分かっていながら、米田トメは助言した。


シロアシを先頭に一行は、棟の一階のベランダの下を潜りながら進んだ。
建物の下の半トンネルの通路だ。
一階の居間は窓で仕切られ、ベランダがある。

夜の九時過ぎ、半数が居間に明りを灯し、半数がテレビの音もなくカーテンを閉めきっている。
日ノ元猫のねぐらは、日ごろからカーテンが閉められているそんな一階の部屋のベランダの下だ。
または、物置の片隅や枝が密集した分厚い垣根のなかなどである。

住民に飼われている家猫(いえねこ)は、夜歩きを終えたら家に帰る。
もともと日ノ元の野良だった猫が餌をあたえられ、家で可愛がられているのだ。
家猫化した猫だから、一階の場合は外に出たがるので、居間のベランダ側の戸が少し開けられている。
時々その隙間から入りこみ、他の猫も居間をねぐらにする。

先をいくシロアシが足をとめた。
背後の五匹も立ちどまる。
「ここの一階の日ノ元猫は、野良(のら)が家猫化したやつだが、まちがいなく鬼花郷からきた美人猫と暮してる」

話していると、にゃあとベランダの手すりの柵から噂の美人猫が顔をだした。
「まあ、皆さんおそろいで。この時間になあに?」
噂どおり、きりっとしたかなりの美人だ。
ちゃんと猫の共通語も話す。
銀次郎と八田とあとの三匹が、手をうしろに回しているその美人猫の背中に、あわてて目をやる。だが、出刃包丁とかトンカチとか、凶器らしきものは持っていなかった。

「いま、旦那さんはどこですか?」
シロアシは下から首をのばし、ベランダの床をのぞきこむ。
そこに、血だらけの日ノ元猫の旦那が転がっていやしないかと目をこらす。
「さっきだけど、うちの旦那は、表で歌が聞こえる、いつものドラ声とちがってなんだか元気なオーラを感じる。ちょっとようすを見てくるって、行ったきりだよ。おとなりの家猫も、そのベランダの下に住む野良も、歌声を聞いていなくなっちゃってさ、どうしたのかねえ」

美しい顔をかしげた。
「鬼花郷からきたサビ猫全員に、緊急行動法が伝えられたのご存知ですか?」
「あらあ、なあにそれ。キンキコドホって新しい化粧品?」
早く先にいこう、と銀次郎がシロアシに耳打ちする。
うん、その調子だ、おっかない法だけど、そうやってぼんやり暮らし、自然に日ノ元郷の猫になってくれればいいんだ、と銀次郎は心でつぶやく。

さらに少し先に行った棟の一階の美人サビ猫も、亭主はあたしの相手もしないでどこかに消えてしまった、と怒っていた。
「おい、分かったぞ。みんな公民館に集まってんだ。緊急行動法でまず旦那を殺させたり、家に火を付けたりして日ノ元を機能不全にしたかったんだろうけど、それよりもはやく日ノ元に大合唱がおこり、なんだろうとそっちに行ってしまい、役に立たなかったってことだ。いいぞ、いいぞ」

耳を澄ましてみると、確かに遠くから唄声が聞こえてくる。
刑事の八田は、意外ななりゆきに右手でグウを握って見せる。
「急ごうシロアシ。急ぎましょう八田さん」
銀次郎は、白猫のうららが日ノ元族の女王である以上、よりいっそうにドラ猫合唱隊の隊長との仲が気になった。

さらに、隠れボスの片耳も篭絡(ろうらく)したというシロアシの報告もあった。
新しい殺戮隊も、鬼花郷から招集されたという。
テロもあるだろうし、略奪グループも出動すると憶測された。
だが、あちこちから現れる影は、急ぎ公民館にむかう日ノ元の猫ばかりだった。

今のところ、放火も暴動もないようだ。
シロアシの案内で、くねくねと細い猫路とも思える通路をいそぐ。
やがて、花壇(かだん)の横に子供用自転車が置き忘れている公園のむこうに、横ひろがりのコンクリート造りの建物が見えてきた。
廃業中の日ノ元興業銀行だ。


垣根の藪(やぶ)に隠れ、前方をうかがうシロアシが、なんだろうとつぶやく。
どうした、と背中ごしに銀次郎も前方をうかがう。
「裏口に見張りの姿が見られない。金で買収してあるけど……いや違う。あそこにいる」

シロアシが、顎であそこを示す。
職員用の出入り口のシャッターの下で、三匹のサビ猫が器に顔をつっこんでいた。

「あれは配られた酒です。餌やりの左江子さんと植松さんたちが、女王に仕えていたおばさんに頼まれ、運んだのです。見てください。銀行の裏側の公園の砂場のまわりにも大勢のサビ猫がいて、みんな皿に首をつっこんで小刻みに頭を上下させています。飲み終わった何匹かが首に光る飾り物つけ、踊っています」

「いや、あれは飾りじゃない。刃物だ」
となりにならんだ銀次郎が、経験から訂正する。
「あいつらは郷境から呼ばれた殺戮隊だろう。よろけながらこっちにやってくるやつがいるけど、なんだろう?」
灰猫の八田が、声を圧し殺す。

一匹がふらふらと、奪還隊(だっかんたい)がひそむ垣根のほうにやってくる。
首には、光る刃物がさがっている。
いざとなったらそれをくわえ、暴れるための武器だ。
パンダのように、竹を持つときの握り手の練習をした者は、振りかざしてくる。

「やばい、勘づかれたか」
八田のつぶやきに、あとの五人が腰を引き、身がまえた。
だがそいつは、前足をそろえてのばし、ずるずるっと地面に腹這った。
作品名:猫の女王 作家名:いつか京