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猫の女王

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「ニャンコ・イビリヤーノは式典に参加するんだろうな」
「もちろんです。酒と料理って聞いて、その気です。けっこう食い意地張ってます」
「やつら、宴会で毒盛られるんじゃないかって疑わないのか?」
当然警戒するはずだと八田が問う。

「やつら偉いさんは、完全に日ノ元族を舐めきっています。部下にもその考えは行き渡っています。なんの抵抗もできない気弱な猫族、というのが常識なんです。一匹のスーパーマンなんて言っても、勢力などとは考えていません。郷の境で訓練中だった殺戮隊百八十名を急遽呼びよせたので、すっかり安心しています。とにかく今までもずっと無抵抗だった日ノ元族が、なんらかの行動をおこすなんてあり得ないんです」

「なるほど、式典と宴会が楽しみだな」
全員が静かに笑った。
「ところでシロアシ、うららだけど、どうしてる?」
銀次郎はやっと、うららについて問いかけた。
うららに恋しているシロアシの反応も確かめたかった。

「うららさん、とにかくモテモテですね。美人だし、鬼花郷のサビ猫にはない色っぽさがあって、みんな憧れちゃうんです。合唱隊の隊長であり、鬼花郷から派遣されたクロにうららさんのどこがいいんですか、と聞いたら、なんて答えたと思いますか?」
知るか、と言いたいところをこらえ、なにかなあ?と銀次郎はとぼけた。

「あのね、うららさんの真っ白なお腹なんだって。真っ白なお腹にオデコひっつけて、うりうりうりってやったときの感じ、最高なんだそうです。それでそのお腹に小さな丸い赤い痣(あざ)があって、それが可愛くってチュウしようとしたら猫パンチ食らったって。あのちょっと恐い横広がりのでかい顔で、楽しそうに話すんだな。それで、この可愛い痣(あざ)はなんだって聞いたんだって。そうしたらうららさんが、赤ん坊の時の自動車事故でできた火傷の跡だって答えたんだそうです」

うらら、どこまでやらせてんだよ。
それにしてもシロアシ、おまえもうららに惚れてスパイやってんだろ。
嫉(や)かねえのかよと、問いかけたかった。
が、結構冷静だ。そればかりか、さらにこうも告げたのである。

「陰のボスの片耳のじじいも、うららさんのハニトラに引っ掛かったみたいで、でれでれしてましたけど」
まいったなあ、と銀次郎が声をあげそうになったとき、ネコババアの米田トメがきびしい口調で問いかけた。


「おなかの赤痣(あかあざ)は、赤ん坊のときの車の事故でできたですって?」
いつも落ち着き、表情をくずさない米田トメが、唇を震わせている。
「白猫の春野うららさんが、そう言ってたんですか? それは確かですか?」
「はい、自分がこの耳で聞きました」

「八田刑事さん。春野うららさんはあなたの部下だとおっしゃいましたね。うららさんは、どこの生まれでご両親はどんな人だったとかって、聞いたことはありますか?」
「履歴書(りれきしょ)は見たことないけど、あの子は確か施設育ちでね。だけど警察学校でも交番勤務でも刑事になるための刑事講習でも、優等生だった」

うららについて八田は、いつも嬉しそうに応じる。
「両親については、なにか話したことありましたか?」
改まってなんだろうと、八田が金色の目をぱちくりさせながら続ける。

「それなんだけど、あの子は可哀そうに、実はお母さんは赤ちゃんポストなんだそうでね。だけどうららは、引き取られた施設でも可愛がられ、ある日、施設の寮母(りょうぼ)さんがそっと教えてくれたのは、いつの間にかメモはなくなってしまったけど、書かれていた内容はこんなふうだった、と話してくれたそうです。

『あなたを拾ったそのお母さんは、子供ができないという理由で離婚されたばかりのとき、たまたま車が燃える交通事故の現場をとおりかかり、路肩の草むらに布でくるまれた赤ちゃんを発見した。とっさに自分のものにしようと、そのまま抱いて帰ってしまった」

八田は、金壺眼(きんつぼまなこ)に涙をにじませている。
「赤ちゃんは火の粉で焦げ、布に穴が開き、胸に火傷を負っていたが、医者にも診せず、どうやら市販の塗り薬で治した。けれど、働きながら内緒で一人で育てることができないのと、もし役所や警察に届けたりしたら自分が人攫(ひとさら)いの犯罪者になるかもしれないという怖さから、赤ちゃんポストに頼ることにした。ごめんなさい赤ちゃん』と、そんなふうに書かれたメモを残し、たぶん泣きながら別れた。

施設でもそのメモをもとに、交通事故の件などから赤ちゃんポストに預けた女性を内密で探したかったのですが、そんな行為は禁止でしたので、あきらめたそうです。それらの事情を知らされたうららは、車の事故で天国に行ったお母さんは安泰(あんたい)だけど、自分を育てようとがんばったが、ポストに入れざるを得なかったお母さんが可哀そうだと、涙ぐんでなあ。気の強いところもあるけど、やさしい子だよ」

「あああ、まちがいない。女王様の赤ちゃんだ。おおおー」
ネコババアの米田トメが叫び、にゃおおおうと鳴いた。
同時に、となりの部屋で話を聞いていたらしいヨボジイが、おぼつかない手つきでフライパンを持ったまま戸を開け、飛びだしてきた。
そしてネコババアの横に座り、ならんで泣きだした。

「こんなとき、こんなところで、こんなふうに見つかるなんて」
「この偶然は、神様が仕組んだんだよー。運命だったんだよー」
「にゃうううううー」
「にゃおおおおおー」
声をあげ、なおもそろって泣いた。
作品名:猫の女王 作家名:いつか京