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猫の女王

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地上最大の悪人だった、日ノ元のサビ猫の鼻黒のじじいもいる。
女王の侍女だった、ネコババアの米田トメもいる。
その父親であり、耄碌(もうろく)のふりをして日ノ元を陰で支え、トメを育ててきたヨボジイもいる。
そして主だった日ノ元の仲間たちと、牡の三毛猫の銀次郎、七千代署の刑事、灰猫の八田だ。

うららはどうしてた? と口まででかかったが、銀次郎はひかえた。
全体に関する、重要事項のほうが先である。
「降伏の式典には、応じたのか?」
「はい、応じました」
やったあ、と一堂が声をあげる。

「だけど、緊急行動法の発令だぞ」
「日ノ元団地に住むサビ猫に実行されたら、日ノ元郷は大混乱になる」
「あちこちで、いっせい蜂起だ(ほうき)からな」
「住民のなかに、大勢のテロリストが送りこまれているってことだからな」
「でもな、テロリストのほとんどが鬼花郷の娘だから分かりやすい」
「いや、日ノ元の亭主を追いだしたり、やっつけたりして後釜についた鬼花郷のサビ猫の牡(おす)もあちこちにいるぞ」

「そいつらは多分、臨時の殺戮隊としてにわかに出現したサビ猫だろう。それだったら一部だけど、おれがやっつけた」
銀次郎は、棟のベランダからばらばらとこぼれ落ちてきた、サビ猫たちを思いだした。

「日ノ元の猫はすごく弱いと聞いていたのに、ものすごく強いじゃないかって。それで完全にびびってしまった。だから新しい殺戮隊が出動したときは、二街区に勇志の防戦ラインを敷いて、徹底抗戦の姿勢を見せるんだ。そして多少の犠牲者を覚悟に、突撃隊を組んで何匹かを血祭りにあげてやれば、百八十の殺戮隊といえども、まちがいなく逃げだす。だから今は集中し、エサバー出身のセクシーなサビ猫の行為を防ぐとともに、いっしょに暮している日ノ元族の牡猫を救うんだ」

鼻黒のじじいが、本気で言いだす。
エサバーで、何人もの女性を団地に送り込んだ張本人だ。
殺戮隊を指揮していた責任者としての提案だ。

「やつらは、陽動作戦を決行しようとしている。日ノ元郷に混乱状態をつくりだし、まとまりを失わせ、その隙に攻め、あるいは言うことを聞かせ、リーダーとおぼしき者を買収し、そいつを使って住民をコントロールしようとしている。だけど、そんなことはさせるな」
少し前まで、敵として活躍していた鼻黒じじいは、どうやら本気の本気で心を入れ替えたようだった。

「みなさん。三街区から四街区の者は、鼻黒のじじいとともにテロリスト殲滅(せんめつ)の作戦を、即座に開始しましょう。ただし気をつけてください。鬼花郷からきたサビ猫がすべて敵とは限りません。みなさんと普通に暮らそうとしている者もたくさんおります」
そう告げたのは、女王の侍女として働いていたネコババアの米田トメだった。

口調には、女王が不在の今、代わって日ノ元郷を主導し、救わねばという決意が現れていた。
「五街区から六街区の者は、この公民館で式典にだす料理や飲み物を用意してください。七街区と八街区の者は、マダラ猫のもとで公民館の警備を担当してください。いちはやく情報を聞きつけ、団地の外から駆けつけてくれた日ノ元郷の方はこのグループに入ってください」

さらに米田トメは、こんなことを言いだした。
「みなさん、日ノ元団地には鬼花郷からきた牡猫も潜入していますが、かねてより私は、連中の居所をチエックしておきました。リストがありますので、腕に自信のある勇敢な者は、臨時に特別緊急隊を組みますので集まってください」
日ノ元の猫たちはあわてるようすもなく、いっせいに動きだした。


「鼻黒隊はこっちだ。こっちに集まれえー、すぐ出発するぞー」
庭にでた鼻黒のじじいが片手を掲げ、該当者(がいとうしゃ)を呼び集めている。
見た目より若い鼻黒のじじいは、テロ行為に走るかも知れない鬼花郷の女性を自ら始末しにいくつもりだ。

「いいかみんな。若くてぴちぴちの美人ばかりだけど、その気になっちゃ駄目だ。ちょっとでも油断しているとやられぞ。容赦しない覚悟で対応するんだ」
鼻黒は、注意を与えた。

「公民館の警備隊はこっちだ。玄関に集まれー。鬼花郷のやつらが攻めてきても一歩も引くな。戦え。日ノ元の新しい歴史をつくるぞー」
マダラの声だった。インテリくさい男だったが、体を張って闘争する覚悟のようだ。

「酒はよ―、ここはもともと神様を奉(たてまつ)る日ノ元神社だったから、寄り合いのために幾らでもあるよー。それで料理はよー、公民館の倉庫に地域の地震用の食料備蓄があるから、それを使うぞー。飲み物や食べ物に赤いの仕込むからおいしいよー。赤くても、溶けたら色はつかないから大丈夫だよー。料理の得意な者、集まれー。つまみ食いすると死んじゃうからなー」

ヨボジイは、サバトラのぼんやりした体毛と共に、半分惚けながら米田トメを指導し、また父親として日ノ元郷を憂いながら生き延びてきたじじいである。

「鬼花郷から招集されたサビ猫の殺戮隊が、どんなようすなのか気になる」
招集された殺戮隊を、自分の目で確かめてこようと銀次郎がシロアシと共に庭にでようとした。

すると、ちょっと待ちなさいと米田トメがとめた。
「密かに緊急行動法を発令もしたが、全面降伏の知らせで連中はすっかり舞いあがり、勝者の気分で酒盛りをしているでしょう。食事を作って配っているボランテアの佐江子さんや植松さんにたのみ、公民館に備蓄してあった酒を有志のみなさんといっしょに運んでもらいました。すこし前に私が二人にお願いしたんです。いちはやく祝杯気分を味わってもらい、志気を削いでおく作戦です。どうでしょうシロアシさん」

今や日ノ元側に完全に寝返ったシロアシは、日ノ元猫族の決起の歓声を心配そうに耳にしながら応える。
「酒などめったに飲めない隊員たちに、効き目ばっちりですね。とにかく日ノ元の全面降伏で抵抗はゼロ、あとは管理事務所前の広場で宴会を用意し、大喜び組のサービスで応対いたしますので、と重ねてクロに伝えます」
「緊急行動法はとめられないのか」
灰猫の八田がシロアシに聞く。

「クロにうまいこと言いたいけれど、緊急行動法の発令はあそこにいる猫語を話す異国人とクロが話しているのを屏風(びょうぶ)の陰に忍び寄って私が聞いていたのです。なぜそんなことを知っている、あのとき部屋にいたのは、俺たちの会話が聞こえないはずの席にいたお前だけだ、お前はスパイだな、とばれてしまいます」

「それならテロのサビ猫の女を捕まえて、そいつが喋ったことにしたらどうだ」
銀次郎の提案だ。
「ちかくにサビ猫の女と暮らす日ノ元の牡がいるだろうから、鼻黒のじじいにつれてきてもらおう。いま猫語を話す異国人と言ったけど、ここにいて逃げだしたやつか?」
八田が応じる。

「そうです。あいつ、廃業銀行の臨時本部まで逃げ帰って、全面降伏の知らせを聞いて嬉しくなり『わたしの名前、ニャンコ・イビリヤーノ、イタリア人あるな』なんて、冗談ほざいて楽しんでいたけど、あいつが鬼花郷に住む異国人のリーダーです。もちろんサビ猫たちは完全に家来です。日ノ元郷を異国人が支配する鬼花郷の領地にしたら、自分の天下がくると浮き浮きしてました」
作品名:猫の女王 作家名:いつか京