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猫の女王

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13 猫の赤ちゃん

公民館の廊下の床板が、ごとごとと動いた。
ネコババアこと米田(よねだ)トメや銀次郎や八田(はった)や鼻黒のじじいなどが、話し合っている座敷部屋の廊下だ。
幅十センチ長さ三十センチほどの羽目板(はめいた)が、がらんとはずれた。

なかから、頭の禿(は)げかかったサバトラの猫が顔をのぞかせた。
全体がぼんやりした柔らかな感じの毛並みで、薄いグレイに薄い黒縞(しま)が入っている。
魚の鯖(さば)に似た色相いなのでサバトラだ。
「なんだよー、うるじぇーなあ」
眠そうな目をしばたたいた。

口の端からよだれを垂らしそうな声だった。
薄毛の頭をふって、あたりを見回す。
「お父さん」
呼んだのは、ネコババアの米田トメだった。
「ヨボジイ」
鼻黒のじじいも声をあげた。

「ああ、おめえ鼻黒じゃねえかよー。天下の悪党のお前が、こんなとこで、なにしてんだよー」
ヨボジイと呼ばれたサバトラ猫が、言いかえした。
鼻黒は赤茶のサビ猫だったが、通常は鼻黒でとおっている。
「あのお、このたび改心しまして、また日ノ元族のために働くことになりました」
首を長くし、鼻黒はぺこんと頭をさげた。

「お父さん、こちらの三毛猫の高田銀次郎(たかだぎんじろう)さんと灰猫の八田与吉(はったよきち)さんも協力してくれるんです。三毛猫さんは牡(おす)ですからとても強いんです。鬼花郷(おにはなごう)のサビ猫の殺戮隊(さつりくたい)や公民館の警備隊を一匹でやっつけてくれたんです。人間のときに会ったんですけれど、この人はきっと味方になってくれるって、そのとき私感じたんです」

「それはそれは、どーも。娘が世話になって」
羽目板から首だけだしたサバトラのヨボジイは、銀次郎に顔を向ける。
「トメの知りあいだったなんて、ありがとー。そーだなー、14号棟の庭のツツジの陰で、三毛猫のあなたと灰猫と白猫見たよー。わし、悪いやつらだと思ってマタタビ持って逃げたけど、なーんだ、味方だったのかー」

ヨボジイは娘のトメにたのまれ、14号棟の庭の三本の紅葉の木の下に埋めたマタタビを回収にいったのである。
「お父さん。そんなところから首だけだしてないで、はやくあがってきてください」
「あいよーよっこいしょー」

ヨボジイが、左右に両手をついて這いあがった。
腰に巻いた紐に、半透明の袋が二つくくられていた。
埋められていた、マタタビの粉にちがいなかった。
「お父さん、マタタビ、回収できたんですね?」
「おい、それ、マタタビの袋かよ?」
「ああ、そーだけどよー」

袋のなかには、青い実からできた粉と赤い色の粉が入っているはずだ。
「やった」
「帰れるぞ」
「帰れる、帰れる」
八田と銀次郎が、座敷から飛びこむように廊下に腹這った。
そして顔をつきだし、座っているヨボジイの腰をのぞきこんだ。
今にも袋に手をのばし、なかの粉を確かめそうな勢いだ。

「お父さん、黄色の実の粉はどうしたんですか?」
娘のトメも腰の袋をのぞく。
袋を眺めただけで中味が分かるようだ。
「人が猫になる粉はよー、ここにいる二人がなー、袋ぱあーんて破裂させて、全部ぶちまけたんだとよー。あ、もう一人、かわいい娘がいたそーだけどなー」
今朝、銀次郎たちがマタタビを探しているとき、会話を聞いていたのだ。

「そうだよ、それでおれたちは猫になってしまったんじゃねえか」
八田がとなりで肩をよせる銀次郎に、な、とうなずいて見せる。
「お父さん、もう目が覚めたでしょう。だから、あーあー喋(しゃべ)るのやめて、ふつうに話してください。では、今はもう黄色い実の粉がないので、人から猫にはなれないんですね?」

「リビアの政治情勢が悪くて、次はいつ届くか分かんないけど、使いがくるまではないよー。だけど赤いのはたっぷりあるよー。ほとんど使い道がなかったので、公民館の庭の鳥居(とりい)の下の土にも埋めてあるよー」

「青いのも、ここにあるぞう」
八田が、のぞきこんでいた袋を手の先で突いた。
青い実の粉は猫が人間になるマタタビだ。
「うららにもマタタビを発見したって、知らせなきゃあ」
銀次郎は、クロにハニトラを仕掛けているうららが心配だった。
右足が無意識のうち、貧乏ゆすりになっている。

「ちょっと失礼します。おうかがいしますが、銀次郎さんたちはいつ人間におもどりになるつもりでしょうか?」
米田トメが心配そうに訊ねた。
「もちろん、こうなったからには奴らをやっつけてからです。そのときは白猫のうららさんも連れて帰りますので」
「ああ、そのときはみんなでいっしょに帰ろうな。すぐシロアシが戻ってくるから、うららがどうしてるかも分かる」

「うららさん、マタタビが見つかったよ。帰れるよおー」
銀次郎が、勝手にうららに呼びかける。
「気が強いし、利口だからうまくやってるさ。おれの部下だものな」
銀次郎と八田の二人が気勢をあげ、握った拳固(げんこ)をガチンコさせる。

公民館の前庭のほうからも、歓声があがる。続いて演説だ。
「いいか、みんな。地上最大の悪人である鼻黒のじじいが、みんなの総意の首吊りの刑をまぬがれ、奇跡的に心を入れかえた。我々は、拾った財布を届ける正直でおとなしいお人好しだけの日ノ元族(ひのもとぞく)ではない。黙ってちゃだめだ。声をだせ。勇気をだせ。戦うんだ。勝負だ。鬼花郷のサビ猫をやっつけろ。奇跡をおこせー」
「にやわーっ」

歓声があがった。
鼻黒のじじいは、褒(ほ)められているのか貶(けな)されているのか判断がつかなかった。
しかし現在、ここにいる日ノ元族の猫は、怖くてボロを被っているような状態ではなかった。

「やつらは偉大なる鬼花郷帝国の復活だなんて言ってるがあー、笑わせるんじゃなーい。鬼花郷族が帝国なんて築いたことはなーい。帝国は他の異国人のモモンガル族がつくったー。その百戦錬磨(ひゃくせんれんま)のモモンガル帝国軍はまだ海岸があったときの日ノ元郷を手に入れようと五千艘もの軍艦で海から攻めてきたがあー」
どうやら、こんな歴史的な話ができるところから、スピーカーはここにきたときに、初めて会った茶白のマダラのようだった。

「なんと日ノ元族はー世界を制覇(せいは)し、連戦連勝のモモンガル帝国軍と正々堂々と戦い、勝ったのだあー。神風(かみかぜ)が吹いたなんて言ってるがあ、確かに台風はあったけど、台風はほとんど関係なーい。日ノ元族わあ、戦略練って真っ向から戦い、堂々と勝ったのだあー。日ノ元軍は、ほんとに強くて勇敢なのだあー」

「そうだ、そうだ」
「だまってちゃだめだ」
「みんなでやるんだー」
「力をあわせろー」

「わー、わー」
「にやーおおーん」
「ぎゃんぎゃん、わー」
「やるぞー、おー」
 そして、日ノ元の歌がはじまった。

作品名:猫の女王 作家名:いつか京