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猫の女王

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戦わなきゃ殺されるだけだ。いま走って行ってこのことをみんなに伝え、日ノ元族の有志者を集めてくれ。団地の外の郷の連中にもな。集合場所はここだ。日ノ元郷が滅びるかどうか、瀬戸ぎわの戦いだ」
酒と女と金に漬かっていた、鼻黒のじじいのどんよりした目に、炎がゆれた。

「いいだろう」
三匹は、鼻黒のじじいの熱意を感じた。
反省度は、かなり高そうだった。
「そうと決まったら、すぐ行ってくれ。急ぐんだ」

よし、と三匹は廊下を跳ね、公民館の庭に飛びだした。
「こんなとき女王がいたら、一声で日ノ元の全員が立ちあがってくれるんだろうになあ」
改心した鼻黒が、無念そうに顎をひねる。

「私にも考えがあります」
なりゆきを見守っていたネコババアこと米田トメだった。
急に目つきが鋭くなった。

「私の家系は、ずっと女王様のおそばに仕えておりました。みな様もご存じのように女王様は交通事故で亡くなりました。中心人物がいなくなり、ほとんどの者が気力を失くしてしまいました。でも決して日ノ元族は滅びません。

私たちの祖先は、遠いアフリカ大陸の地中海側の国、今でいうリビアから、日の昇る国を求め、やってきたリビア山猫です。そのリビアからは三年に一度、赤青黄の三色のマタタビが送られてきます。女王様がいなくなった今、私がこのマタタビを管理しています」
ネコババアの目が、光った。

「女王様には赤子がおりましたが、人間になったまま行方不明です。それゆえ私は、赤子だった女王様をずっとさがし続けてきました。しかし現在、女王様不在の日ノ元郷には、占有地の拡大をはかる鬼花郷のサビ猫たちがじんわりと侵入しつつあります。

私欲のためならば、残酷なことでも平気やらかす連中です。生きたまま手足ばらばらし、腸(はらわた)引き出したりします。私はこれらにどう対処すべきかをずっと考えてきました。連中に侵入されたら、もう手がつけられません。結論は『赤いマタタビで皆殺しにする』です。それしかありません」

米田トメは、一言一言はっきりそう宣言した。
最後のその一言で、場はしんとなった。

「むこうは、日ノ元族を皆殺しにする機会を狙っているんです。そして、誰が吹きこんだのか『自分たちは偉大なる猫族だ』などと主張し、平和慣れした日ノ元でいい気になって動きまわっているんです。ためらっている場合ではありません。あの連中は一匹残らず殲滅(せんめつ)すべきです。これは戦争なのです。どっちが生き残るかの戦いなのです」
ネコババアの米田トメは、毅然(きぜん)として言い放った。


「俺は、片耳のやつに焚きつけられた。『やつらのなかにスパイを潜ませてある。だから、なにかきっかけがあったらそいつらを使って大暴れしろ。日ノ元族を皆殺しにして、一気に団地を乗っ取れ。大手柄になるぞ』ってな。だけど、三毛猫さんのおかげで‥‥あのう、ところでその赤いマタタビって何ですか?」
鼻黒のじじいが、説明をとちゅうで質問に切り変えた。

「失礼ですが、これは詳しくは申しあげられません。とにかく赤いマタタビは奇妙な毒性を持っていますので、粉末を溶かして飲ませる作戦がとれればと考えています。注意して欲しいのですが赤いマタタビは、すぐに相手を殺せるわけではありません。微量でじっくり効き、口に入れても毒とは気がつきません。いったん眠りつき、目が覚めるときに、ようやく効果を発揮するのです」

「おい、シロアシ、帰ったらこう報告するんだ。『日ノ元の猫族は全面降伏する。たった一匹強い者がいたところで、多勢(たぜい)に無勢(ぶぜい)勝ちめはない。降伏の式典を管理事務所前の広場でおこなうので、ドラ猫合唱隊や鬼花郷からきた新たな殺戮隊員、それに猫語を話す話さないにかかわらず、偉大な帝国を目指す異国人様にも参加いただき、酒と食事でねぎらいたい。ぜひ、ご出席ください』というのはどうだ?」

はい、と鼻黒のじじいが、また手をあげた。
「付け加えてくれ。『なお、広場では、お持ち帰り自由の日ノ元郷猫族の美女軍団、大喜び組で歓待いたします。もちろん他に、各自には封筒に入った長四角の付け届けもご用意いたしております』目には目をだ」

鼻黒のじじいはつん首をとのばし、むっと唇を噛む。
その件では、嫌というほど身に覚えがあったのだ。

「やつら、喜んでやってくるぞ。意地が汚いし、歴史のある日ノ元族に憧れているところもあるからな」
鼻に皺(しわ)をよせ、ふふと笑う。
「そうだ、ちょっと待ってください。いま大変なことを思いだしました」
米田トメだった。はっとしたように息を飲んでいる。
「もしかしたら鬼花郷の猫族は、『緊急行動法』という奥の手を使うかもしれません」

「緊急行動法?」
「なんですか?」
集まっている日ノ元の猫が、いっせいに米田トメの言葉に集中する。

「緊急行動法は、こうです。鬼花郷の猫は本部から指令がでたら、デモでも放火でも暴動でも殺しでも、なんでもいいからやらねばならない。背けば故郷の父母や兄弟が処刑されます。今回は日ノ元族の壊滅作戦ですから、発令されれば、惚れていっしょになった日ノ元の旦那に、サビ猫である女房が、出刃やトンカチなどで亭主に襲いかかるとか、あるいは、刃物で見境なく日ノ元猫を刺したりして暴れます。目的は、相手を混乱させ、組織的な反抗ができないようにすることです」

女王に仕えていた米田トメは、そこまで口にし、恐ろしそうに首をふるわせた
「おい、お前んとこは本当にそんなことやんのかよ」
灰猫の八田が、話しを聞いていたシロアシに目を剥く。

「故郷で身内が人質になっているのです。やらなければb父母はまちがなく処刑されます。やらざるを得ません」
シロアシは、なんでもないように答える。
そして、ごくんと唾を飲んで続けた。

「私は日ノ元郷にきて、みなさんと直に接して分りました。鬼花郷では『日ノ元族は悪いやつらの集まりだ』が常識です。昔、鬼花郷の娘がだまされて連れていかれ、娼婦にされた。男は奴隷として肉体労働をさせられた。また日ノ元族は軍を組織し、周囲の猫族の国々を襲い、そこに住む猫族を殺しまくり、財産を奪った──など、嘘の言いたい放題です。日ノ元郷の猫族を憎んでいるのは鬼花郷ばかりではなく、猫が住む他の地域のすべてだと……」
シロアシはそう言いながら、ぐるっと回りを見渡した。

「そう教えこまれているから他の猫族は、いつか復讐してやるからなと、子供のときから心火をたぎらせています。でも、実際に日ノ元郷で日ノ元猫族と暮らし、日常の生活を見ていると、そんなことをする種族には思えなくなります。そして気づくんです。これは誰かの意思でフェイクニュースを積み重ね、敵を作りだしているんだなと。地位のある者が大威張(おおいば)りで、自分や身内たちのために好き勝手をやり、保身のために嘘をつき、デマをばらまき、なにかがあると殺しあう鬼花郷と比べたら、日ノ元郷は天国です」
シロアシは、澄んだ目で一気に訴えた。

どうやらシロアシは、性欲だけでスパイになったのではなさそうだった。
作品名:猫の女王 作家名:いつか京