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猫の女王

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「勇気をだし、公民館から鬼花郷のサビ猫を追いだした。ここに屯(たむろ)していた異国人の男達も消えた。変な猫語を話す男もな」

「日ノ元の猫は、もともと強かったんです。みんなの歌声が聞こえてきたので、これはまずいことになるぞ、といちはやく察し、異国人は逃げだし、それを見て気力を回復させたんです」

米田トメが、日ノ元の歌におおわれた公民館の天井を誇らしげにあおいだ。
「高田銀次郎さん。女王様が人間になったそのとき、夫と生まれたばかりの赤子と三人の供の者をつれていました。しかし、その日以来一行は行方不明になってしまったのです。待っていても猫の世界にはもどってきませんでした。女王様が存在しなければ、日ノ元の猫族は心の支えを失ってしまいます」
米田トメは、息もつかずにしゃべる。

「日ノ元猫族は昔から女王様のもとで規律を守り、当たり前のように生きてきました。古代よりこの地域で人が米を作り、ネズミ対策として猫と暮らしてきて、周囲の丘には幾つもの神社が建てられ、猫族も人間とともに神々をたたえてきました。しかし時がながれ、団地の開発という事態が発生し、古くからの住民は一部を残してこの地を去りました。

でも日ノ元郷猫族は残り、周囲の神社を拠点に女王様とともに生きてきたのです。ですが、女王様が不在になるや侵入者が跋扈(ばっこ)するようになり、リーダーたちはたちまち買収され、ハニトラにひっかかり、なにもできなくなってしまったのです。勇気をだし、連中と対決する者もいなくなりました」

「米田トメさん、女王様は何年前に人間になったのでしょうか?」
銀次郎は、マタタビを持ち去ったヨボジイについて聞きたかったが我慢した。
「二十年程前のことです。団地のどこかに住む予定でした」
二十年前といえば、銀次郎はまだ六歳だ。
「女王様は、なんのために人間になったのですか?」

「人間社会の規律や道徳を学ぶためです。同じ地域に住みながら、双方は言葉も日常行動も異なり、気紛(きまぐ)れな主従関係以外、意志の疎通(そつう)はなかったのです。人間社会からなにかを得ようとするには、人になるしかなかったのです。

でも人間になったその日の朝、女王様の一行は消息を絶ってしまいました。そこで、長く女王様に仕えていた私が人間になり、日ノ元族の猫に手伝ってもらいながら探したのですが、見つかりませんでした」

「二十年間も探しているということなのですか?」
銀次郎は、人間のときの米田トメのくたびれた姿を思いおこした。
「はい。でもとちゅうですこし事情が違ってしまいました」
銀次郎は、米田トメの説明に耳をかたむけた。

「これらは、人間にならなければ分からなかった事実なのですが、十年ほどたったある日、ふらりと寄った公民館でお年寄りクラブの方と知りあったのです。猫の話になったとき、十年前におこった猫の焼死体の事件の話をしてくれました。その話を聞いた私は図書館に行き、当時の古い新聞を調べてみました。

そして発見したのです。『ドライバーはどこへ!? 国道16号の奇妙な事故』『車両火災で五匹の猫の焼死体を発見』『〇月〇日未明、国道16号で自家用車が横転し、炎上する事故がおこった。消防と警察が駆けつけ、消火にあたったが、車のなかには五匹の猫の焼死体があるきり。運転手の姿はどこにもなかった……』という記事です。明らかに女王の一行だとすぐに分かりました」

「あ、そうか。あの事件か」
刑事の八田が、大声で相槌をうった。
「米田トメさんの部屋で干乾びた猫の死骸を見たとき、なにかが閃(ひらめ)いたような気がしたけど、これだったのか。俺が刑事になって五、六年したころの事件だったな。担当ではなかったから新聞を読んで焼け跡の写真を見ただけだったけど、その後どうなったんですか米田トメさん?」

八田が米田トメをうながした。
「刑事の八田さんに、当時を思いだしてもらってうれしいです。とにかく、伝統のマタタビを使って人間に変身した日ノ元の猫は、亡くなるときはまた猫にもどってしまうんです。

あのとき、一行は六人のはずだったのですが、新聞には五匹の猫の遺体と書かれていました。一匹足らないのです。生まれたての女王様の赤ちゃんです。しかし、赤子の遺体については新聞になにも書かれていませんでした」

米田トメはしゃべり続ける。
「女王様の家系は、子を産んでもたった一匹なので、片時も放さずに育てます。もちろん牝猫の赤ちゃんです。当時の新聞社や警察や消防関係者をあたっても、五匹の猫が焼け跡に残っていた不思議な事件として記憶にあるだけで、もう一匹、子猫がいた事実に誰も気づいていないのです。もしかしたら、横転したときに車から投げだしたされた可能性も考えられます。

車から放りだされたのでしたら、そのときは人間の子供ですので、泣いていれば誰でもすぐ気づくはずです。念のため、地域の子供を引き取る児童施設などにも当たりましたが、消息はつかめませんでした。私はこのように人間としての二十年間の半分は、子孫存続のための抗議と女王様の消息を探す時間で、後の半分は女王様の赤ちゃんを追跡する時間でした」


銀次郎は日ノ元団地に引っ越してきたとき、となりの棟から聞こえてくる、ぼそぼそ声に眠りをさまたげられた。
そのとき、足元の猫に『……はどうしたのか』『……はまだ見つからないのか』などと話しかけていたネコババアを思いだした。

「おい、そういうことなら事故のあった近辺をあたれば、必ずなにかでてくるはずだぞ」
灰猫の八田が、金色の目玉をきょろつかせる。

「燃える車のなかから赤ん坊を助けたけど、あまりにも可愛いので自分の子にしたとか、あるいは野次馬として駆けつけ、投げだされている赤ん坊を発見し、さらっていったとか、現場の近辺はあたったのか? そもそも国道16号のどこなんだ、事件の現場は?」

刑事の癖なのか、問いつめるような言いかたになった。
「はい、新川(しんかわ)にかかった橋のたもとでした。川べりなので周囲に民家はありません」
米田トメは、人間であった時と同じように静かに応える。

団地中央の六街区のバス停から16号の国道に出、五分も歩けば新川だ。
そこにかかっている橋のたもとを左に曲がると、道の駅がある。
地産の野菜などを求め、車でやってくる買い物客でぎわう。
銀次郎も時々散歩気分で、新川の川面を眺めながら道の駅にでかけた。

「車でとおりかかった者が拾っていったのかもしれないなあ。赤ちゃんにはなにか特徴でもあるのか?」
「実は、赤子は女王以外に誰も姿を見た者はおりません。厄除(やくよ)けのため、一歳になるまで布でくるまれ、育てられるのです」
「なるほど、探すのは難しいようですね」
銀次郎は自分のことのように、溜息をついた。

「そうだ、忘れないうち米田トメさんに聞いておこう」
八田刑事が、ふいになにかを思いだしたようだった。
「15号棟の109号室にいた猫だが、どうして、あなたのパジャマを着て、布団の中で死んでいたんでしょう?」
「ああ、あのことですね」
米田トメは落ち着いて答えた。
作品名:猫の女王 作家名:いつか京