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猫の女王

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「刑事さん、行方不明の15号棟109号室の米田トメさんを見つけましたよ。おれが殺して、どこかに埋めたんじゃないかって疑っていたんだろうけど、ネコババアはここの二階の檻(おり)のなかにいます」

二階にいるネコババアを連れてきてくれ、と頼むまでもなかった。
公民館を取りもどした日ノ元の猫たちは、隅々まで駆けめぐり、二階の檻に入れられていた薄茶猫を案内してきた。
「この方、大事そうに捕えられていましたけど」
八田に報告してきた。

足をふらつかせている。歳がいっていそうだった。
銀次郎が、さっそく薄茶猫に話しかけた。
「もしかしたら、あなたはネコババアでしょうか?」
「そういうあなたは誰です? 私はネコババアではありません」
おばさん猫は、毅然(きぜん)と言い返した。
しかしくたびれ果て、全身の毛が汚れ、艶(つや)を失っていた。

「すみません。私はとなりの14号棟に住んでいた高田銀次郎です。ネコババアなんて失礼しました。米田トメさん、お元気でしたか?」
「にゃお」
トメさんは、小さくおどろき声をもらした。

「実は、紅葉の木の下に埋められたマタタビを探していたとき、ちょっとした手違いで粉を吸ってしまったんです。それで私は、猫になってしまいました。そのときの仲間が、こちらの七千代署の刑事課の八田与吉さんと、もう一人別行動をとっている同じ七千代署の刑事課の白猫の春野うららさんです」

「それはそれはまあ。私が埋めたマタタビで猫になってしまい、申し訳ありません。でも、あなたはやはり思ったとおりの人だったのですね。猫を眺めるあなたの目が優しさにあふれていました。一目で信頼できると思いました。この人なら何かあったとき、私たちを助けてくれるのではと、つい私的な秘密をもらしてしまいした。きてくれてありがとう」

なんの考えもなく、日々をぼんやり送っていた銀次郎だ。
ほめ言葉が、ちょっと恥ずかしかった。
「そして私のために、わざわざ捜査までしてくれてありがとう。でも人間にもどれるマタタビがあるので心配しないでください」

米田トメは、三毛猫の銀次郎のとなりの灰猫の八田に顔をむけた。
「私は七千代署(ななちよしょ)の刑事の八田与吉(はったよきち)です。捜査とはいえ、高田銀次郎君を疑ってすまないことです。複雑な事情を勘案(かんあん)し、私はいま三毛猫の銀次郎君に協力させていただいております」
八田は自己紹介をかね、謝罪する。
「もう一人の白猫のうららさんは、現在、ドラ猫合唱隊についていき、本部なりに潜入中です」


銀次郎は、猫になってからの今までのいきさつを米田トメに報告した。
銀次郎が説明をしているその間、日ノ元の猫におさえつけられている鼻黒のじじいが、ひえーと悲鳴をあげていた。

「こら、日ノ元族の元リーダーが、なんで異国人の猫語を話すやつの家来になりやがった」
「お前のために、訳の分からない連中や刃物を持ったやつとか、下手な歌を大声で唄って行進するドラ猫合唱隊だとか、その他のやつらにさんざ苦しめられてきたんだぞ。分かってんのか」

「庭の木の枝に縄かけて、首吊って見せしめにしようぜ」
「リンチだ」
「この、糞じじい」
このやろと、殴りつける者がいる。

ひーっと鼻黒の悲鳴が、またあがる。
元会長の鼻黒と分かった時点で、あちこちから、ふーっと怒りの唸(うなり)り声がわきおこった。
「わー、勘弁かんべん)してくれー。たすけてくれー」
鼻黒のじじいは、喘ぎながら言い訳をはじめた。

「日ノ元郷では珍しいサビ模様の俺は、鬼花郷のサビ猫とたちまち仲良くなった。すぐにハニートラップに引っ掛かって、自治会の裏の物置小屋の床下に毎晩毎晩いい女よこされた。だけど、いつ俺の寝床に仕掛けたのか、やってるところ、みんなビディオに撮られてて、ユーチューブに流すぞって脅された。

あんなとこ放映されたら恥ずかしいし、かっこ悪いし、今まで培ってきた日ノ元郷猫族のリーダや元猫族自治会会長の尊厳(そんげん)ゼロになるじゃないですか」
めんぼくないと言って鼻水なのか泪なのか、しゅっと手首の内側で鼻の頭をこすった。

「ついでに聞くが、相棒の片耳って何者なんだ」
エサバーの入口で伏せていたときは茶猫だったが、起きたとき、表側はサビ猫になっていた。
その半サビ猫の片耳が気になった。
「はい、あれは鬼花郷からきたやつで、こっちの日ノ元に住むサビ猫のトップです。ドラ猫合唱隊の隊長のクロがすぐその下の部下です」

「こっちではその片耳とクロが、中心になっていろいろな命令をだしているってことなのか?」
「はい、そういうことになります」
「あのエサバーも、ハニトラのために片耳とクロが仕組んだバーなんだな」

「そうです。ハニトラは武器の要らない軍隊です。たった一人の活躍で一国の乗っ取りも可能なのです。ですから鬼花郷から選りすぐりの超美人と毎晩」
真剣な顔で反省の意を示していたが、なんだかうれしそうに尻尾を揺らした。

「でも、ここにいる三毛猫さんに、殺戮隊や警備隊もやられてしまい、日ノ元団地にあった三か所のエサバーが閉鎖され、新たな態勢をととのえるため、俺は現在ここで待機中でもあるんです」
「ハニトラを捜査しようと思ったが、エサバーは閉鎖か。その閉鎖を命じたのは誰なんだ?」

「クロと相談した片耳です。でも、その片耳も実は自分の判断ではないんです」
「ほう。じゃあ、その片耳に命令してんのは誰だ」
「さっきまで俺と話してた猫語を話す異国人です」

「美人でかわいい女が寄ってきて『ねえあなた、わたしあなたみたいな人好き。今晩、あなたの部屋にいっていい?』なんて言われたら、男は美人との妄想があれこれ頭にちらつき、脳味噌がはち切れそうになる。でも俺、今から改心します。罪滅ぼしと思い、日ノ元郷の猫族のために全力で奉仕いたします。本当にもう……めんぼくない」

「なんだよこの話は。人間の世界でいえば、国の乗っ取り計画じゃねえか」
八田刑事の目が、先ほどのエサバー捜査のときのモモイロ帯びた光とちがい、鈍色に変わっていた。

「銀次郎さん、巻きこんでごめんなさい。でもきてくれて、本当にありがとう」
おとなしく話を聞いていたネコババアの米田トメが、銀次郎に礼をのべる。
「私が人間になった訳は、三つあります。日ノ元の猫族の絶滅につながる去勢手術の中止と、餌場の餌の毒盛りの中止と、人間になった女王様を探すことでした。女王様がいなくなってから、日ノ元の猫はすっかり覇気(はき)をなくしてしまいました」


米田トメが説明をはじめるその一方、久しぶりに公民館を奪還(だっかん)した日ノ元の猫たちは、うれしさのあまり、あちこちを駆け回っていた。
数十匹もの猫たちの先頭になり、茶白のマダラが廊下を走る。
庭で池をめぐり、おー、おー、おーと鬨(とき)の声をあげる。

他の仲間も加わり、その声がだんだん大きくなっていく。
すぐに日ノ元の大合唱になった。
怒鳴り声のドラ猫合唱隊とちがって、勇気の湧く力強い唄声だ。
「すげえことになってきたな。いくら殺戮隊といえども、みんなでやれば怖くもなんともねえんだ」

八田刑事もうれしそうだ。
三毛猫の牡の力を発揮した銀次郎も、気分がよかった。
作品名:猫の女王 作家名:いつか京