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猫の女王

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11 国道16号に消えた女王


公民館は、ぼちぼち木の生えた林のなかにあった。
二階建てのしゃれた日本家屋風の造りで、庭が広い。
庭の片隅には小型だが、お馴染みの赤い鳥居(とりい)が建っている。

公民館の周囲に警備隊の姿はなく、しんとしている。
殺戮隊(さつりくたい)と同じように逃げだしたのか。
公民館を乗っ取っているはずの、異国人の姿も見当たらない。

三毛猫の銀次郎が、抜き足差し足、庭からのぞいてみる。
緋鯉(ひごい)の泳ぐ池があり、そのむこうに日本家屋造りの建物があった。
正面の黒い瓦屋根のひさしの下に、廊下がある。
なんだか妙に静まりかえっている。

銀次郎は池の端から回りこみ、廊下に跳びあがった。
廊下と座敷は、白い障子(しょうじ)で仕切られている。
閉められた廊下の障子に、そおっと耳をよせてみる。
話し声が聞こえた。人と猫の話しあいのようだった。
人が猫語をしゃべっているのだ。

「それ、キンヌキされてないの、三毛の牡(おす)よな」
「そうだ。三万分の一の確率でこの世に生まれたやつだけど、スーパーマン気取りで、もう手がつけられねえ」
なんだ、おれのことじゃねえかと、銀次郎は苦笑(にがわら)いする。
人の相手をしているのは、少し歳のいった猫だ。

「それ、怪しい灰色猫捕まえるの邪魔して、後追う警備隊ほとんどやられたな。三毛猫急にでてきて、ありゃまあの心だわ。この辺のところ、なにあったか、鼻黒のあなた私に話すよ」
なんと人と話し合っている猫は、あのエサバーの二番目のボスの鼻黒のじじいだった。
そして人間のほうも、あきらかに異国人の言葉づかいだ。

「廃業の銀行本部に使いを走らせ、応援たのんだ。殺戮隊(さつりく
たい)もその他の臨時の戦闘員も、三毛猫と戦ってびびり状態で、腰ぬけて動けねえって言いやがった。だから、こっちにいた警備隊だして追いかけたけど、逆にみんなやられた。スーパーマン気取りのあいつがいると、どうにも手がつけられねえ」

鼻黒(はなぐろ)は、さっきまで殺戮隊を率(ひき)いていた。
変わり身がはやいのか、または片耳にこき使われているというのか。
今は公民館の警備隊の責任者になり、こっちにいたのだ。

「やばいのことな。なんでその牡の三毛猫、キンヌキしてないか。配ってるバカになる餌も食ってるはずな。餌に入ってる元気なくなる薬、なんで効いてないか」
「ボランティアの佐江子さんと植松さん、毎日まじめに日ノ元の猫に餌やって三年もたっているのに、効かない訳ないんだけど。どうしてかな?」

鼻黒は、銀次郎が今朝三毛猫として猫の世界に現れたことなど、知るよしもない。
また、たしかに薬は効いている。何匹かがおかしくなっているのを銀次郎も見ている。
訊いてみないと分からないが、みんなは気力を振り絞って行動しているのではないだろうか。

「鼻黒、この実験終わったら、内緒あるが、ある方法で日ノ元団地の住民にも同じことする計画ある。そのときは、みんな鬼花郷(おにはなごう)団地から日ノ元団地住む。日ノ元郷おれたちものな。まだ先あるだけど、そのとき楽しみな」
「はい……」

びっくりするような計画だった。
鼻黒は日ノ元の赤茶のサビ猫だったが、裏切って向こう側についたのである。
殺された茶トラが、そう教えてくれた。

「そうだ、例の『キンヌキやめろ、去勢(きょせい)やめろ、毒入りの餌食わせるのやめろ、日ノ元族が滅びる、誰の命令でこれやるか』としつこかった米田(よねだ)トメとかの薄茶のババア捕まえたの、あのババア、今どうしてるか?」

「はい。神出鬼没(しんしゅつきぼつ)で、ふいに消えたりしていたので、なかなかうまくいきませんでしたけど、やっと捕まえました」
障子にからだを寄せ、聴き耳をたてていた銀次郎は、危うく肩をぶつけるところだった。

米田トメは生きていたのだ。
昼には人になり、夜になると猫になり、こっちの世界で活動をしていたようだ。
だから当然のごとく『猫語が分かる、なぜなら私は猫だから』なんて言うわけだ。

「おーい、誰か、捕まえたの二階の米田トメ、ここにつれてこい、おおーい」
大ボスが呼んだのだが、返事はどこからも返らなかった。
灰猫の刑事の八田によれば、公民館は異国人と鬼花郷のサビ猫に乗っ取られ、大賑わいだったはずだ。

だが、しーんとしたままだ。
どうしたんだろうと、銀次郎も耳をすます。
「しょうがないあるな。弱い相手だとすぐ威張る。強いのいる、すぐ逃げる。これ、鬼花郷の猫族も異国人も同じ文化な。猫が夢中で逃げたの見て、これはやばいと人まで大あわてで逃げたのな。三毛猫そんなに強いか?」

「俺が指揮していた殺戮隊や必殺警備隊隊員の刃物うばって『高田銀次郎、剣道よんだーん』て怒号して、つぎつぎに隊員を斬った。力も強く、捕まえた猫、地面に叩きつけるし、ぴょんぴょん跳びあがって空を飛びやがるし、目にもとまらぬ速い動きで手がつけられねえ」

「保健所の所長と団地の自治会の会長に金やった。だからここの猫、去勢決まった。日ノ元族のゼネレーションもうない。ボランティアで毒入りの食べ物くばって猫で成功したら、今度は日ノ元の人でやる。そのとき、私の国から毒の食料品仕入れてスーパーで超安売りする。

そして、悪い風邪はやってるとワクチン打たせる、日ノ元の猫族みんな病気になる。私が投資した製薬会社の薬どんどん飲んで、どんどん病気悪くなる。とにかく『お前ら乱暴者で世界中で憎まれてる猫族な。プライドない』あちこちで言いふらす。それ信じて、日ノ元の人間すっかりしょげて元気なくす。頭なぐられてももう怒らない。感情もなくなる。

世の中がどうなろうと、無関心になる。選挙にもいかない。そこで私の国の元気な若者いっぱい移り住む。戦争しなくてもここ日ノ元、私たちのものになる。いろいろ考え、いろいろやるあるけど今回のスーパー三毛猫、突然の核兵器みたいな。面倒あるよ。ここにもくるあるか?」

「怒って日ノ元族の猫大勢つれ、もしかしたらだけど……くるかなあ」
そう鼻黒が答えたとき、日ノ元の歌が聞こえた。
八田刑事を先頭に、行進してきたのだ。
「あ、もうきたよ」
「ひいっー、逃げろ」
偉そうにほざいていたが、その男は鋭い叫び声をあげた。


がっしゃーんと、玄関の戸を開けっ放しにする音。
たたたた……と外を走る足音。
あっという間だ。

しーんと静まりかえった空気が、余韻(よいん)でかすかに震える。
よーしと三毛猫の銀次郎は決心し、歯を食いしばった。
「えいっ」
障子紙をつき破り、頭から部屋に飛びこんだ。

わっと両手をひろげ、鼻黒のじじいいがのけ反った。
銀次郎が鼻黒の喉に嚙みつき、畳におしつけた。
「こら、米田トメさん、どこにいる」

すると今度は、背後に乱れた音がどたどたとせまった。
去っていく音ではない。侵入してくる足音だ。
「銀次郎、戻ってこねえからみんなときちまったぞ。あれ、こんなところでじじいの咽なんかになんで噛みついてんだ?」

三毛猫の銀次郎は、鼻黒のじじいの喉から口を離し、顔をあげた。
八田刑事である。
作品名:猫の女王 作家名:いつか京